映画文化と街をつなぐ。映画好きによる、映画好きのための場でありたい/Playground Cafe Box・菊地伸勝さん
インタビュー
山形は、映画の街である。そんなふうに感じられるのは、いつの時代にも熱心な映画ファンたちの存在があったからかもしれません。この街に息づく映画文化と、映画が持っている力について。今回は、映画好きが集う七日町にあるカフェ〈Playground Cafe Box〉を取材しました。
映画への思い入れが少なからずある人は、何らかの形での“映画体験”があるはずだ。ここでの体験とは、豊かな五感の記憶である。開演ブザーとともに照明が暗くなり、静寂に包まれる瞬間。肩越しに感じる微かな人の温度。真昼の映画館の外に出たときの眩しさ。日常の風景とのコントラスト。
映画がある人生は、いくつになっても楽しい。かつて映画好きだった少年は、映画好きの大人になり、故郷である山形で映画にまつわるお店を開いた。今回は〈Playground Cafe Box〉の菊地伸勝さんと、カフェの一角で映画グッズ専門店を営む〈シネマーズ・ストア〉の多田諭史さんに話をうかがった。
中身によって用途が変わる“箱”がテーマ
七日町の文翔館前通りに〈Playground Cafe Box〉というカフェがある。外からはあまり中の様子を見ることはできないが、建物の看板には「Cafe / Bar」とある。しかしながら普通のそういったお店ではない。ここはオーナーの菊地伸勝さんの映画愛が詰まったお店であり、映画好きたちが集う憩いの場だ。
ドアを開けて中へ入ると、広々とした空間の壁一面の棚に映画のパンフレットや書籍、DVDやCDなどがずらりと並び、新旧織り交ぜた映画ポスターやチラシが掲示されている。その膨大な数に圧倒されてしまう。
「映画パンフの収集は高校2年ぐらいから始めて、ここには6000冊ほどあります。毎週ぐらいのペースで未だに増え続けていますが(笑)。映画関連の書籍は約1000冊で、CDが約2500枚、DVDとBlu-rayで1000枚ちょっと」
これらは非売品でお店に設置されているものなので、基本的にはカフェ利用時のみ閲覧できるようになっている。店舗入り口側の〈シネマーズ・ストア〉では映画グッズを販売しているので、カフェとあわせて楽しむのも良い。
映画はもちろん、元々は音楽も好きだという。大学時代にバンド活動を行なっていたこともあるそうで、店内にはギターが置いてあった。
「音楽はほぼオールジャンル聴きます。映画好きの人で音楽が嫌いな人っていないと思うんですよね。映画って、総合芸術なので」
店舗を貸切にして音楽ライブイベントを行うこともあるそうだ。基本的には映画を軸にしながらも、使う人によって用途が変わる“箱”のようなお店でありたいと話す。
「遊び場としての箱、ですかね。友だちの家に遊びに行くような感覚の場所。ここまで映画のものがいっぱいだと、シネマカフェでいいんじゃない?っていわれることも多いですけど。色んな人が持ち込むものによって使い方が変わる、ただの箱。みんなが楽しめるような箱になればいいな、とは思っています」
映画や映画館とともにあった青春時代
寒河江市で町工場を営む家に生まれた菊地さん。中学生の頃にテレビ放送された『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たことをきっかけに、映画館で働きたいという夢を抱くようになった。
「すごく感動しましたね。映画館って良いなあと素直に思える作品です。ベタなんですけど映画らしい映画だし、嫌いとはいえないですよね。ラストは映画でしかできない表現になっていて、すごく愛があるなって思うし。あとは映写室に入って、そこから映画を観てみたいという気持ちも芽生えてきました。思い入れが強い作品というのは、どうしてもパーソナルな出会い方をしているものが多いですね」
菊地さんのような映画少年が生まれたきっかけは、〈フォーラム山形〉という映画館があったからといっても過言ではないかもしれない。フォーラムは、〈山形えいあいれん〉という自主上映サークルの活動によって生まれた、日本で初めての、市民出資による市民のための映画館。お店の一角には、フォーラムにかんする資料も保管されている。
山形市内の高校へ進学すると、大手町にあった頃のフォーラム(現在は香澄町に移転)に足繁く通うようになる。大型の劇場では観られないような、いわゆる単館系の作品を上映しているのが特色の映画館だ。友人に誘われて行ったのが最初で、次からは一人で行くようになった。
「“ひとり映画”が気楽だったんですよね。当時のフォーラムは2Fにベンチがあって、階段を登るとそこで常連さん同士がいつも話してるんですよ。あの中に入りたいけど、まだ入れないなあ。なんて思いながら、当時はちょっと遠くからその様子を眺めていました。今は無くなってしまったけど、映画館の隣には〈サブリナ〉っていうカフェがあって、そこでもまた常連さんがみんなで話していて。映画のチラシがたくさん置いてあったりポストカードを売っていたりもして、そのカフェに行くこと自体が、映画を観るという行為や体験の延長だったんです。そういう場所って大事だなあと、子どもながらに感じていました」
高校卒業後は千葉にある大学に進学。ところが近所には、メジャー作品を上映するシネコンばかり。菊地さんにとっては大問題だった。そんななか出会ったのが〈千葉劇場〉という映画館。ここだったら働いてみたいと思い、幼いころの夢でもあった映写技師としてアルバイトを始めることになった。後にそのまま就職し社員として働くようになるが、あるとき菊地さんの元に一通の手紙が届く。
「父親が町工場を営んでいたのですが、後継ぎとして戻ってきてくれないかという内容が書いてありました。僕は長男ですが、両親は好きなことをやればいいといってくれていたので、正直山形に戻るつもりはなかったんです。ただ現実には、後継者がいないと会社を継続するのが難しい状況がありました」
やりたかった仕事を続けたいという思いと、存続の危機にある家業をなんとかしなければという思い。大きな葛藤があった。そんなときに救われたのが、仕事先である映画館の支配人の言葉。
「どうすべきか迷っていたら、こんなふうにいわれたんです。“映画館で働く人の代わりはいくらでもいる。ただ、きみのお父さんの後継者になれる人はきみしかいない。戻るべきだとは思わないのか?こっちは大丈夫だから戻りなさい”。それで、山形に戻ってきたんですよ。支配人とは今でも交流があって、当時のことはすごく感謝しています。人徳のある、本当に素晴らしい方です」
20代前半でUターンし家業を手伝うようになり、3年ほど経ったころから徐々に会社の業績が良くなると、海外にある取引先の工場に指導員としてきてほしいとの依頼がたびたびくるようになった。はじめは中国、その後はタイ、ベトナム、アメリカ、メキシコ……。ヨーロッパ諸国も訪れた。最終的には、ルーマニアの駐在員として7年間勤務を続けた。
「僕が海外で仕事をしている間に、うちの会社自体はたたむことにしたんですね。製造業で国内での仕事が少なくなっていることもあり、継続が難しくなってしまって。それでしばらく経ってから帰国して働くようになるんですけど、日本の会社の働き方や考え方が自分には合わなくて。40歳の誕生日を迎えるタイミングで辞めて、自分のやりたいことや持っている資産って何だろうと考えたときに、映画や音楽の知識と、この空間にあるようなものが家にいっぱいあるなと思ったわけなんです。そこから今に至ります」
“もの”として残すことで伝わる映画の魅力
最近ではA4サイズの映画パンフレットが多い一方で、Playground Cafe Boxに所蔵されている90年代作品のパンフレットは、デザインに凝ったものが多い。判型や装丁、紙質なども実にさまざま。箱型、布張り、手帳サイズ、ビニールカバー付き、中には包帯が巻かれたものまで。映画パンフは宇宙だった(※1)。
「映画パンフレットって、映画の資料としては見てもらえなかったんですよね。最近までは〈国立映画アーカイブ(※2)〉にもなかったんです。数年前に都内の古本屋さんが閉店する際に、パンフレットを寄付したいっていうのでやっと、国立映画アーカイブ側でも収集を始めた経緯があるんです。それまで映画パンフレットというものは書籍や資料といった扱いではなく、あくまで映画グッズ、雑貨的な扱いだったんですよね。でも映画ファンにとってはちょうど良い感じの資料でもあって。コレクターとして蒐集している人はいたけれど、資料としての価値はそこまで評価されていなかったんです」
だからこそ、この空間にある映画パンフレットをはじめとした過去作品の資料や、こうしてふれられる場があることはとても貴重だ。情報としてではなく“もの”として残っているからこそ、検索では辿り着くことのできない偶然の出会がある。
※注1:映画パンフをひたすら愛する〈映画パンフは宇宙だ!〉という有志団体がある。発行されているいくつかのZINEは、シネマーズ・ストアでも取り扱いがある。
※注2:国立映画アーカイブ…日本で唯一の国立映画専門機関であり、映画の保存・研究・公開を通して映画文化の振興をはかる拠点(公式サイトより)。
映画のような再会と、コロナ禍で生まれた映画サークル
カフェに入ってすぐのスペースには、多田諭史さんによる映画グッズ専門店〈シネマーズ・ストア〉がある。多田さんは〈クラウディー〉というホームページ制作会社を運営する傍ら、映画グッズのお店も営んでいる。元々はオンラインショップのみで販売していたそうだ。菊地さんのお店がオープンしたことを知った多田さんは、あるときお客さんとして訪ねてみることに。すると二人の間には、身近な接点があったという。
「初めのうちは、カフェのオーナーとお客さんという感じで映画の話をしていたんです。それがよくよく話してみたら、実は同じ高校の出身だということがわかったんです。菊地さんとはフォーラム山形での思い出も被っていて、当時はお互いの存在を知らなかったけど、こんなに近くにいたんだなと思いました」(多田さん)
「僕が一年生のときに多田さんは三年生で、生徒会長をしていたらしいんです。ただ申し訳ないけど僕は全然覚えていなくて(笑)。一年間被っているから、学校で見かけたりすれ違ったりしていたんだろうけど、ずっとニアミスしてたんですね」(菊地さん)
運命的な再会を果たした二人。カフェの一角で映画グッズを販売するようになると、興味を持つお客さんが少しずつ増えていった。「自分で一からものを仕入れて売るというのはなかなか困難でもあったので、多田さんのお店に入ってもらえたのはありがたかったですね。何よりお客さんも喜んでくれるので良かったです」と菊地さん。シネマーズ・ストアは国内でも珍しい、映画グッズ専門店としてカフェを盛り上げている。
ちょうどそのころから新型コロナウイルスの感染が拡大し始め、政府が発令した緊急事態宣言によって、飲食店や映画館は休業を余儀なくされた。本来、人が集う場所で、人との接触を極力避けるようにしなければならず、なかなか思うように営業することができない苦しい状態が続いていた。
「このコロナ禍で何ができるか?と考えたとき、ずっとやりたかったことでもあった映画サークルを作りたいと思いました。それで多田さんに最初のメンバーになってほしいとお願いして、2人で始めたのが〈FILM GEEKS SOCIETY(フィルム・ギークス・ソサイエティ)。フリーペーパー『THE FILMANIA』の制作なども行っていて、今はVol.3まで発行しています」(菊地さん)
“映画の街やまがた”の文化交流拠点として
2020年10月に発足した映画サークル〈FILM GEEKS SOCIETY〉のメンバーは現在53人。年齢や職業もさまざまで、お店の常連客や映画が好きな人はもちろん、画家や作家、アーティスト、書店員、大学生など多様な顔ぶれだ。映画関連の仕事に携わっている人も多い。映画監督であり東北芸術工科大学(以下:芸工大)映像学科の教授を務める中村高寛さんや林海象さんもサークル活動に賛同していて、お店にはよく顔を出してくれるという。
「山形の映画文化的な側面から見ても、芸工大の存在や影響は大きいと思うんですよね。それと、お店を始めてからとても印象に残っている出来事がありまして。オープンして一年が過ぎたころの2019年、大林宣彦監督が立ち寄って下さったんです。残念ながらその翌年にお亡くなりになられましたが。少しの時間ではありましたけど、色々なお話をさせていただいて、この店をやっていなければできなかった貴重な体験でした」
隔年開催の山形国際ドキュメンタリー映画祭や、劇場での舞台挨拶を終えた映画関係者なども足を運ぶそうで、映画人たちのサロン的な場になりつつあるようだ。
山形市七日町というエリアにお店を構えたことにも理由があった。Playground Cafe Boxがある場所からはやや離れているが、七日町には通称「シネマ通り(旭銀座)」という商店街がある。今となってはすべて閉館してしまったが、かつては何軒もの映画館が存在していた。建物はなくとも地元の人たちの記憶が残るこの場所で、映画にまつわるお店を開きたい。菊地さんにはそんな思いがあった。
「映画好きな人たちの拠点になっていけばいいなと思っています。もちろん地元の方にもきてほしいのですが、ここに置いてあるもの自体がどうしても偏っているので。何の店?とはよく聞かれるのですが、まずは気軽に扉を開けてみてください」
同時に、若い世代にとってのひらかれた場でありたいとも話す。自分の好きなことや将来の夢、どんな大人になりたいか。ここにきて菊地さんと話をしたり、さまざまな映画作品にふれることで、見えてくるものや感じることはたくさんあるはずだ。
「若いお客さんもたくさんきてくれるから、この店を使ってもっと良いこと、面白いことをしようという人がいたら、このお店をやるのは私じゃなくても良いと思っているんです。覚悟を持った若者が現れたら全力で応援したいと思っています。だから、何だろうな。意味もなくただお金を稼ぐんじゃなくて、目的に必要なぶんだけあれば良いと僕は思っているので。こんな資本主義の社会のなかで、そんなこといっていたらダメだっていわれるかもしれないけど。純粋な想いが次の世代に巡っていけば良いのかな、っていうふうには思いますね。それがある意味、持続可能な社会の形でもあるのかな、とも思っています」
INFORMATION
Playground Cafe Box/シネマーズ・ストア
山形県山形市七日町3-5-18
Instagram:@playground_cafe_box、@cinemarsstore
シネマーズ・ストア オンラインショップ
https://cinemars-store.jp/
写真:三浦晴子
取材・文:井上春香