自然に学び、自然と生きるやまがたの健康のコラム vol.1 「森林浴」
連載
医学の進歩はめざましく、平均寿命は100歳にまで伸びるとも言われています。
寿命が伸びることで、与えられた寿命をいかに充実した時間にしていくかという「命の質」にもあらためて注目が集まり、健康的に生活ができる期間を示す健康寿命への関心も高まっています。
山形市は「健康医療先進都市」という、健康寿命を伸ばし、医療と介護の充実した街づくりを目指しており、高度医療が受けられる病院やその医療・介護体制も今後、ますます充実していくものと思われます。
制度や施設が充実していく一方で、健康寿命を伸ばすには病気だけでなく「健康」にも注目していく必要があります。健康は病院や薬だけに頼るのではなく、日々の暮らしの習慣や心構え、メンテナンスなど各個人の能動的な一歩一歩の積み重ねが、自分自身のこころとからだの健康をつくっていきます。
山形には大きな山から小さな山々、気軽に入れる丘や森の数々、自慢の温泉、自然の多い公園、恵まれた食物、歴史ある神社仏閣など、数え始めるとキリがないほど健康に関係する資源が恵まれています。この恵まれた環境を見つめ直し、大自然や先人達から引き継いできた知恵を、みなさんと学び共有していきたいと思います。
ハーバード大学のメディカルスクールが刊行している、ハーバードヘルスパブリッシング によると、世界の人々の5人に3人は、炎症に関連した病気で亡くなっていると報告されています。また慢性炎症は、心臓病、脳卒中、2型糖尿病、がん、アルツハイマー病、関節炎、うつ病など、多くの深刻な病気と関連していることも明らかにされています。
炎症には、急性(短期)と慢性(長期)の2つの形態があります。急性炎症は、怪我や感染に対する身体の即時的な反応で、指をナイフで切ったときや、風邪をひいたときなどに起こります。急性炎症とは対照的に短期間で終わらず、じわじわと長期間炎症が続くことを慢性炎症と言います。
慢性炎症の兆候や症状には、倦怠感や無気力、うつ病や不安感、筋肉痛や関節痛、便秘、下痢、その他の胃腸の不調、不定愁訴、体重や食欲の変化、頭痛などがあげられます。このような炎症の原因は、感染症や免疫力の低下ではなく、ストレスや座りっぱなしの生活、食生活の乱れ、加齢、肥満などに関係していることがわかっています。
長期間のストレスを減らすことや耐性をつけることは、慢性炎症の改善や健康的に暮らしていくためにはとても重要です。ストレスを軽減する方法としては、有酸素運動や瞑想などを取り入れたマインドフルネス、森林浴が効果的とされています。特に、ゆっくり森の中を歩く森林浴は、森林浴の効果に加えて、有酸素運動やマインドフルネスの効果も得ることができます。
森林浴は、様々な樹木から放出される香りの中の天然化合物の影響によって、ストレスが軽減されることが明らかにされており、嗅覚だけでなく視覚や聴覚や体全体の触覚によって、ストレスの軽減やリラックス効果も認められています。
また森の中を歩くことは有酸素運動の効果も望めます。有酸素運動は少し疲れる程度のウォーキングなどの運動が推奨されており、ストレスの軽減や耐性をつくる効果があるなど、体に及ぼす多くのメリットが明らかにされています。
「今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく、能動的に注意を向けること」がマインドフルネスであり、目をつぶって瞑想するだけでなく、森の中の木々を眺め自然に畏敬の念を抱き、時には歩くことに集中する森林浴は、マインドフルネスの効果を存分に高めることが期待できます。
日本には古代から山岳信仰が栄えていました。 山岳信仰は霊山にこもり、厳しい修行を通じて神秘的な力を得ることを目指したとされており、長い歴史の経験上、大自然から神秘的な力を得るものがあったのだろうと推測できます。
現代でも森や大きな岩、神社仏閣などはパワースポットとも呼ばれ、自然の力がみなぎっている場所だと多くの人が体感し、神秘的なパワーを得ているのかもしれません。
大自然から得られる「神秘的なパワー」といわれると、私達は少し胡散臭いなと思ってしまいがちですが、近年の科学的な研究によって、大自然の中で行っていた瞑想やお経、山駆けなどがストレス軽減の効果だけでなく、より良く自分らしく生きる(ウェルビーイングの)ために重要な手段になることがわかってきています。
現代を生きる私達は修行とまでいかなくても、先人達から引き継いだ自然を敬い、自然とつながりをもって生きていくことで、これからも自然の恩恵を授かり、健康的に自分らしく生きていくヒントを得られるのかもしれません。
大自然の中に入るときは、今読んでいただいた記事は一旦忘れて、頭を使うのではなく、全身で自然を感じながら、楽しんでもらえたらと思います。
参考文献:
・Robert H. Shmerling. FIGHTING INFLAMMATION. SPECIAL HEALTH REPORT. Harvard
Medical School. 2020.
・宮崎 良文他. 森林医学. 朝倉書店.2006
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・Ohtsuka Y, Yabunaka N and Takayama S. Shinrin-yoku (forest-air bathing and walking)
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