山形移住者インタビュー/佐藤公映さん「おいしい空間をつくりたい」
移住者インタビュー
#山形移住者インタビュー のシリーズ。今回のゲストは佐藤公映(きみえ)さんです。
大学進学をきっかけに山形へ移住し、現在は飲食業界の道を志して日々歩んでいます。「食」を通じてまちを見つめ、「食」を軸に生き方を考える佐藤さんに山形暮らしとその魅力についてうかがいました。
空間から飲食業を考える
出身は青森県八戸市です。子どものときから食べるのが大好きで、高校生の頃から将来はカフェや飲食店をやりたいと思っていました。大学進学のタイミングで飲食業界について分解して思いついたのが、調理、経営、空間デザインという3つのアプローチ。その中で一番興味がわいたのが空間でした。まずは空間デザインの専門的な知識を学んで、建物から飲食業について考えてみようかなと思ったんです。
建築が学べる大学のパンフレットをいくつか取り寄せてみたところ、東北芸術工科大学が目に止まりました。学食がすごくおいしそうで「なんだこの大学は!」と(笑)。建築・環境デザイン学科のリノベーションのプログラムにも惹かれました。もともと古いものに興味があったし、実際にまちに出てリサーチをしたり、空き家の活用を考えたりと実践的に学べるのもおもしろそうだなぁと。同じ東北だし、まちの雰囲気も良さそうだったので、山形で学ぶことを決めました。
おいしいもので人を笑顔にする空間
学生時代に自分の中でターニングポイントになった活動がありました。3年生の後期に、校舎の隙間の空きスペースを使って小さなイベントを開催したんです。ちょうど学科棟の建物と建物の間が劇場のようなかたちになっていて、「ここをうまく使えば、人が集まれる空間になるよね」と友達と話して、ひとまずイベントをやってみることにしました。
プロジェクターで映画を流して、友達がコーヒーを淹れて、私はスープをつくって振る舞って。すると思った以上に好評で、その後も同じ場所で何度かスープ屋さんを開くことになりました。「おいしいものひとつでこんなにいい空間ができるんだ」と身をもって感じた出来事でした。
そんな体験も後押しとなって、就職では食にちなんだ道を選び、学生時代からアルバイトをしていた飲食店で社員として働かせていただくことになりました。
そのお店は土地柄や季節感を大切にしていて、毎日の気温や素材に合わせて細かくレシピを調整するなど、繊細な感覚をもって地域の素材の魅力を伝えています。就職してからは技術的なことだけじゃなく、考え方やものごとを見る“目線”を教えていただいて、なにかおいしいものに出合ったら「なぜおいしいと思ったのか」を考えるようになりました。
果物から季節を感じる暮らし
山形は日常がいいですね。温泉もあって、自然が豊かで食べ物がおいしくて。高校生のときはよくショッピングモールに行って遊んでいましたが、山形に来てからはアウトドアの遊びを知ってピクニックをしたり焚き火をしたり、自然の中で季節を感じながら過ごすことが多くなった気がします。
休日には机とガスコンロを持って河原に行き、コーヒーを淹れてパンを焼いて食べたり、本を読んでゴロゴロしたり。水の音を聞きながらまったりと黄昏れる、私なりの贅沢な時間を過ごしています。
山形には食の楽しみがたくさんありますが、なかでも果物が大好きです。スーパーや産直に行くと季節ごとにいろんな果物が並んでいてその品種の多さに驚きます。「さくらんぼの季節だね」「そろそろ桃が出てきたね」「お裾分けで梨をもらったよ」とか、一年を通して果物が話題にあがったり、地元の人との会話にマニアックな品種名が出てきたり。果物から季節を感じられるのは山形らしい暮らしだなぁって思います。
自分のアイデアを言葉にする勇気
山形に来てもうすぐ6年目になろうとしています。最近では少しづつ自分のアイデアや考えを人に話せるようになりました。学生時代の映画のイベントのときもそうでしたが、自分の妄想を話してみると「こうやったら出来そうだね」と一緒にアイデアを膨らませてくれる人がいます。「こんなことを言うのは恥ずかしい」と思っていた時期もあったけど、周りに笑う人やチャレンジする気持ちを否定する人はいません。
こうやって自分の考えを言えるようになったのは、周りの人のおかげです。就職でお世話になったお店のみなさんや学校の先輩、学生時代のアルバイトで出会った飲食店の方々などは、みなさんが自分の考えをしっかり持っていて、お話を聞いたり、SNSを通じてその考えを知れる機会がありました。なんとなく思っていることでもまずは表現してみたり、人に話してみることが第一歩になるんですよね。
いつか自分で“おいしい空間”をつくってみたいなと思います。何屋さんになるかはまだ考え中です。周りには素敵な建物を建ててくれる人がたくさんいるので、私は「食」をやってその中身になることができたら、そしてまちに溶け込むことができたらいいなと思っています。
これまでたくさんの人に教えてもらい、支えてもらってきました。山形のまちにも人にも恩返しがしたいので、もっともっと頑張らないといけないですね。いろんな経験を積みながら、その過程も日々の暮らしも楽しんでいきたいと思います。
取材・文:中島彩
撮影:伊藤美香子