列車にゆられて気付かされる風景と時間 ー大野市を走るローカル線「越美北線」ー
実体験レポート
福井駅と大野市の九頭竜湖駅を結ぶローカル線「JR越美北線」。昨年2022年に全線開通50周年を迎え、さまざまな記念事業が行われました。普段は車ユーザーの筆者が、車から列車に乗り換えて実際に体験した様子をレポートします。皆さんもゆっくり揺られながらの列車時間、体験してみませんか?
私は普段、車に乗って移動をしています。バスや列車を使うのは、ほとんど旅行か出張の際に県外へ行く時だけ。そんな私にとって列車そのものは運転中にすれ違う公共交通機関という存在。実際、この記事を読んでくださっている福井在住の方の多くは同じ境遇ではないかと思います。
さて、大野に移住して1年が経ち、大野で暮らしていく中で越美北線という鉄道の存在に触れることが多くなりました。車で国道158号線を走っている最中、並走する朱色の車両を見かけると「おっ、今日はハッピー」などと謎の嬉しさが込み上げることもあります。車両は「キハ120形」と呼ばれるそうで、真っ白な雪景色の中を煙(*)を吐き出しながら走る様子はとても絵になります。(*越美北線は「電車」ではなくバスと同じ仕組みでディーゼル車です)
しかし、この越美北線、近年では廃線の危機に陥っています。1時間に1本もない運行ではありますが、大野市民にとって貴重な公共交通機関が失われてしまうと、やはり困ってしまう人が現れます。越美北線の全線開通から50年となった年、改めて存続について考え直すきっかけになる事業がいくつか行われ、筆者は車と列車の違いを探るべく、越美北線に乗り込むことにしました。
まず、越美北線のプロフィールを簡単に。
「九頭竜線」とも呼ばれ、福井駅から九頭竜湖駅まで距離は52.5km、各駅停車で約1時間半ほど。電気を使わず、ディーゼルエンジンを積む車両なので「電車」ではありません。運転手は1人だけのワンマン運行で、1両あるいは2両編成の車両です。福井市から東に向かって街中を通り抜け、一乗谷朝倉氏遺跡の近くを過ぎると、重なる山々の中をくぐってトンネルを抜けながら大野市に入っていきます。終点は、九頭竜湖駅。福井県の最東端の駅であり、勝山に次ぐ恐竜の化石の発掘場として、最近では賑わいをみせています。
さて、県外からの訪問客を迎えるために越前大野駅に行く機会しかなかった筆者ですが、移住して半年と少しが過ぎた8月28日、大野のゲストハウス「荒島旅舎」で「鉄道コラボ展」なるものが開催されるのを知りました。立ち寄ってみたところ、床いっぱいに広がるプラレールと共に、越美北線をはじめとした様々な鉄道グッズが並べられ、多くの人が出入りしていました。
このコラボ展の仕掛け人は大野市在住で、鉄道に詳しい木下大悟さん。聞けば、越美北線全線開通50周年にあたるこの年に、鉄道好きの小学生と一緒に企画されたそうです。
「僕は越前大野駅の目の前の地区に生まれ育って、赤ちゃんの頃は列車を見せると泣き止む子だったみたいです」と話す筋金入りの鉄道好きである木下さん。大学時代、とある恩師に「自分の故郷を誇れない者がまちづくりや政治ができると思うか?」と衝撃の言葉を受けて以来、大野という地元で鉄道関連の事業や観光案内など、自分にできることを挑戦してきたそう。知人限定という観光案内も、すでにのべ240名を超えているというので驚きです。
せっかくなので、reallocal福井チームと一緒に越美北線に乗ってもらい、道中の案内をお願いすることにしました。
乗車したのは、秋晴れの清々しい10月30日。この日は越美北線の終着駅である九頭竜湖駅近くで「九頭竜紅葉まつり」がコロナウイルスの影響で3年ぶりに開催されるということで、出発となる越前大野駅は大にぎわい。臨時列車も走り、車内は満員でした。木下さんによって丁寧に書かれた時刻案内を手にしながら、さあ、出発進行!
流れゆく車窓を眺めながらのんびりと乗っていると、筆者の息子がとある駅で停車中にポツリと一言。「柿ヶ島(かきがしま)って書いてあるけど、島なんてどこにもないよ」。すると、木下さんがすかさず「ここは元々中洲があった地域で、それが島と呼ばれたんです。ほら、そこに柿の木もたくさん植わってますよ」「どれどれ、おお!ほんとだ!」こんな何気ないやりとりを息子と一緒になってできた時、私はふと気づきました。
車に乗っていると、息子たちと並んだり目を合わせて会話できないのです。列車なら、一緒に同じ景色を眺めながら、あれこれとキャッチボールができる。退屈しないようにiPadの動画を見せなくてもいいし、何よりも運転しなくてもいいので私自身がリラックスしているのでした。
途中、大野市の石山市長さんや市議会議員さんなどチラホラと街の方々も乗り合わせ、何気なく挨拶をしたり、越美北線のことを話したりする様子は、SNSなどでは味わえない偶然という時間を使った身体のコミュニケーションだなぁとつくづく感じました。
九頭竜湖駅に近づくと、並走する道路は車が大渋滞。こんな時も、こちらは渋滞知らずなのでスイスイと追い抜いていきます。列車のメリットはこういうところにも現れるんですね。
ちなみに、九頭竜湖駅には動く恐竜のモニュメントや和泉郷土資料館、近くにはハチロクと呼ばれた蒸気機関車の展示もあって、徒歩で散策するのも楽しい場所になっています。
半日かけて楽しんだ列車旅は、移動の時間も一緒に思い出を共有できるということが最大の気づきとなりました。飲んべえの牛久保さんも「運転しなくていいからお酒も気にしなくて飲めるからいいよね」とのこと。たしかに、車で来てしまうと飲酒運転はできないけれど、お酒を味わってもゆっくり列車に揺られて帰ることができる。風景に飽きたら、本を読んだり、手作業をしたりすることだってできてしまう列車という空間。これは新しい時間の使い方ができるぞ!と思った次第です。
大野市では、今後も越美北線の利用促進について、いろいろなアイデアを打ち出していくそうです。今度は私も本を抱えて、どれぐらい読み進めることができるか試してみようかなと思います。さまざまな使い方によって楽しさで溢れる越美北線の未来がありますように。(佐藤実紀代)