【リレーコラムvo.2】“編集”や“デザイン”とローカルのつながりって?「こおりやま街の学校(まちがく)」学生編集部メンバーも参加中!
連載
郡山の街なかをキャンパスとして、地域づくりの考え方を学ぶことができる「こおりやま街の学校2022」。私はセミナーと部活に参加。“編集”や“デザイン”はローカルにおいてどんな力があるのか?普段、ローカルメディアで活動する私にとって、身近に感じられる学びがもりだくさんでした。
セミナーでは、全国から地域づくりのプロたちが郡山まで足を運び、講義を行なってくださいました。中でも印象的だったのが、“編集”に携わる方々のお話です。
“編集”は時代を超えて“共通認識”を生み出す
まずは、神奈川県真鶴町で、泊まれる出版社「真鶴出版」を営む川口瞬さん。
真鶴には、古くから「美の基準」というまちづくり条例があることを教えてくださいました。
写真やイラスト、ことばで、真鶴のいいところ・美しいところがまとめられ、冊子にもなっています。川口さんは、ここには「もともとあった真鶴のよさがまとめられている」と言います。
「条例」と聞くと、どこか堅苦しいイメージを抱いてしまうのですが、この「美の基準」はイメージしやすいキーワードでまとめられています。真鶴を訪れたことのない私でも、まちの雰囲気を想像できるようなことばたち。
そんな話を聞きながら、ここに“編集”の力があるのではないか、と考えました。
まずは、“形に残す”ということ。
写真やことばで残していくことで、時代が流れても継承していくことができます。まちには「新しいもの」も必要ですが、「昔からあるもの」も大切。そういったものが「そのまちらしさ」につながると思います。
そんな大切なものを残していくためには、様々な情報や状況を整理して、“編集”することが必要なのではないでしょうか?
私が記事を書くのは、自分のわくわくやそのとき地域で輝いているものを発信したいのはもちろん、“残しておきたい”からです。自分が感じたときめきを、鮮度の高いうちに、形にできるのが、ことばであり、“編集”なのではないか、と改めて気づきました。
そして次は、“伝えていくこと”。川口さんは、「美の基準」のおかげで「まちの”いいところ”について、みんなが共通認識を持てている」と言います。
ことばを紡ぎ、形に残していくことで、多くの人に伝わり、まち全体で「美の基準」を意識することができます。
“編集”はまちの魅力を形に残し、その時々、そこに暮らす人たちに、共通認識を生み出す力がある。そんなことを学ぶことができました。
「まちは舞台、人は役者」それを構成することが“編集”
続いて、神奈川県三浦市三崎で出版社「アタシ社」を営むミネシンゴさん。
これまでミネさんが企画してきたイベントをたくさん紹介してくださいました。ミネさんはイベントを考えるとき、何かと何かを掛け合わせる、という視点を持つようにしているのだとか。
ここにも、“編集”があると思いました。
“編集”とは、“集めて編むこと”。いろいろなものを組み合わせ、取捨選択し、構成する作業のことです。お店とお店を組み合わせてみたり、まちや社会が抱える課題と自分の好きなことを組み合わせてみたり。それは一種の“編集”です。
そこで新しいコミュニケーションが生まれている様子などもお話してくださいました。
散らばった情報を集めて、整えて、構成すること。まちに散らばる魅力を集め、組み合わせて、新たなイベントやコミュニケーションを生み出すこと。どちらも同じことなのではないでしょうか?
ミネさんは、「まちは舞台、人は役者」だと考えているそうで、「その舞台を構成していくことが、まちの“編集”なんだ」と言います。
私の中で”編集”の概念の幅がぐんと広がる瞬間でした。
“デザイン”はコミュニケーションを生み出す
さて、まちがくには、課外授業として「部活」もあります!4つの部活の中から私が入部したのは「デザイン部」!講師はヘルベチカデザインの佐藤哲也さんです。
まち歩きをしながら、身近なデザインを探す「看板ハンティング」から始まり、オリジナル缶バッジをつくることがゴール。
デザイン部の活動でも、様々な学びと発見がありました。
哲也さんは、はじめに「デザインはコミュニケーションツールなんだよ」と私たちに言いました。私がそれをスッと自分の中で実感できたのは、缶バッチ作成のときです。
雑誌やチラシから模様や文字を切り抜いて、オリジナルの缶バッジをデザインするというもの。「この模様かわいいな。」「この文字かわいいな。」とはさみをチョキチョキ。
最初は自分がつけたいものをつくっていましたが、だんだんとレパートリー不足に。
「缶バッジは誰かにプレゼントすることもできる」ということばを聞き、「今度は誰かにあげるつもりでつくってみよう!」と発想を変えてみることに。家族や友人の顔を思い浮かべながら、「あの人はこういう色が好きだったな、こういう絵も好きそうだな」「あの人はこういう人だから、こんなフォントがピッタリだな」「この模様あの人に似合いそう!」そう考えていると、はさみを入れるスピードがどんどん早くなっていきます。
相手のことを考えながらデザインすること、これがきっと「コミュニケーション」なんだと、つくりながら感じました。
他のみなさんの缶バッジもそれぞれ個性ゆたか。同じ大きさ・形でも、同じものは1つもありません。それぞれの表現が小さな丸の中に詰まっていました。
お互いのデザインを見ながら「これってなんですか~?」「これはね~・・・」という会話も生まれていきます。こういう意味でも、デザインはコミュニケーションツールなのかもしれません。
まちがくが閉校しても、学びは私の中に残り続ける
まちがくのセミナーや部活を通して、ローカルをテーマとするプロフェッショナルからたくさんのことを吸収できました。
そして、私にとって身近で興味深い”編集”や”デザイン”にまつわる話題だったため、自然と自分事として考えている自分がいました。まちがくは、私に「考えるきっかけ」をくれたのです。
きっと、まちがくで学ぶたくさんの人は、それぞれ自分の興味関心に沿って、いろいろと考えたのではないのでしょうか。学生編集部メンバーと、講義後に話をすると、「あ、そこに興味持ったんだ」「その話を聞いてそう思ったんだ」という発見も。
まちがくが閉校しても、ここで学んだこと・考えたことはこの先もずっと私の中で生き続けます。これから地域と向き合っていく中で、ここでの学びが、新たな何かを生み出す手がかりとなるのでしょう。
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