山形県天童市・移住者インタビュー/豊島陸さん「生まれ育った地元で、居酒屋をひらきたかった」
インタビュー
山形県天童市で居酒屋〈とよぼし〉を営む豊島陸さん。2020年の冬に、豊島さん一家は陸さんの故郷である天童市にUターンしました。それまで住んでいた東京での暮らしのなかで感じていたこと、一度離れて戻ってきたことであらためて感じた天童市の魅力や、子育てをするうえでの生活のしやすさ、昨年6月にオープンしたお店やこれからのこと、などについてお話をお聞きしました。
活気ある気取らない酒場を
故郷につくりたかった
天童市で生まれ育ち、高校卒業後は東京の大学へ進学した豊島陸さん。大学3年生の頃から居酒屋でアルバイトを始め、そのまま就職。20代前半から飲食業界で働き、2軒の居酒屋で10年ほど修業していました。
「東京で最初に住んだ街は中野です。そのあと阿佐ヶ谷に引っ越したんですけど、杉並区のあのへんのエリアは飲み屋さんがいっぱいあるから、中央線沿いから抜けられなくなっちゃったんですよね(笑)。妻のゆかりと出会ったのもちょうどそのころです」
酒田市出身のゆかりさんは、高校卒業後、会社員として事務の仕事に携わってきました。二人が結婚したのは陸さんが25歳のころ。その後、3人のお子さんに恵まれました。いずれ天童市に戻ってお店を始めたいという考えは、結婚当初からあったといいます。
「居酒屋っていう場所が好きなんですよね。いわゆる赤提灯系の安くて活気がある酒場。毎日とはいわなくても、週に2、3日ぐらいは気軽に通えるような、値段設定の気取らない店が良いなと思っていて。いろんな人が来て楽しめるのが居酒屋のメリットなので、お客さん同士が出会ったりつながったりできる場があれば、自分の故郷を少しでも盛り上げられるんじゃないかと思っていました」
戻るつもりではいたけれど。
Uターン後の想定外の出来事
もともと故郷に戻るつもりではいたものの、東京に住んでいるときから事前に情報収集をしたり、移住相談の問い合わせをしたりと、できることはしていたという陸さん。なかでも2019年12月に東京で開催された「山形県Uターン・Iターンフェア」に参加したことは、決め手とまではいかないものの、戻ってからのイメージがしやすくなるなどの後押しにはなったようです。しかしながら、人生というのは何が起こるかわからないもの。東京から天童に引っ越してすぐに、新型コロナウイルスという未知のウイルスによって、世の中全体が不測の事態に見舞われることになるのです。
「説明会に参加したあと、年が明けてすぐの2020年1月にUターンしたんですけど、その時点では、正直そこまで具体的にお店のことを決められていなかったんです。それまでずっと働き詰めだったので、少しのあいだは休暇も兼ねてリセットするための期間にしようとも考えていました。そんな矢先の新型コロナで……。当時は飲食店の求人募集もほとんどなかったですし、新しいお店どころではなくなってしまい、計画は一時中断しました。ラーメン屋さんで一年半ぐらい働かせてもらいながら、これからのことを考えつつ開業準備をしていた感じですね」
戻ってきて実感したのは
天童市での子育てのしやすさ
高校卒業後は、東京で長く生活していた陸さんとゆかりさん。子どものころに住んでいた故郷の記憶と、一度離れて戻ってきたことで感じた印象とは、どのようなものがあったのでしょうか。
「一番あるのは、子育てがしやすいっていう実感ですね。うちは子どもが3人で、上が男の子で6歳、下はふたりとも女の子で3歳と1歳なんですけど、小さい子どもが遊べる施設が多いんです。私たちがよく行くのは〈げんキッズ〉と〈わらべ館〉。いずれも天童市の子育て支援施設で、無料で利用できるのが本当にありがたいです。イオンモールも近いので、子連れにはすごく便利ですよ。あとは公園もちゃんと整備されていて数も多いのと、ちょっと車を走らせれば天童高原にも行けちゃう。子どもを連れて行くところに困らないので、良い環境だなあと思います」(ゆかりさん)
〈天童市子育て未来館 げんキッズ〉は、子育て支援に力を入れている天童市のシンボル的な施設。市外や県外からの利用者も多く、保育士による一時預かりのサービスも行っています(生後6ヶ月以上から未就学児までが対象。事前予約必須。有料)。広いスペースに設置された遊具で体を動かして遊ぶことができる施設であるのに対し、〈わらべ館〉はコンパクトながらも目が行き届きやすく、子を持つ親にとっては安心感のある施設。おままごとをしたり、絵本を読んだり、お絵描きや塗り絵などもすることができます。〈天童高原ファミリーランド〉は、スキーやキャンプなどのアクティビティや季節ごとのイベント、体験学習も豊富。お子さんが小さいうちだけでなく、大きくなってからも家族で楽しめるというのは、たしかに魅力的なスポットです。
「子育て面での環境の良さっていうのは、親の立場になったからこそ感じましたね。個人的に思い入れがあるのは、ゆぴあっていう温泉施設なんですけど、僕はここがあるから戻ってきたといっても良いぐらい。というのは大げさですが(笑)。大人が350円で露天風呂とサウナに入れるなんて素晴らしい。東京では考えられません。レストランも入っているので、たまに家族で行って大部屋を借りて、半日ぐらいのんびり過ごしたりもしています。これは親の勝手なエゴかもしれないですけど、幼いころに自分がよく行っていた思い出の場所を子どもと共有できるのって、すごくうれしいんですよね」(陸さん)
「あとはやっぱり、天童市は自然が近いっていうのも大きいかな。それまでは子どもたちも雪遊びなんてしたことがなかったので、初めてかまくらを作ったときなんてものすごくはしゃいでいました(笑)。雪国ならではですよね。東京はいろんなものがあって便利だったけど、昔と今とでは子どもの遊び方も違うし、そういった意味で防犯面はちょっと心配だったかもしれません」(ゆかりさん)
不安を抱くことなく故郷に戻ってこられたのは、新しい環境でがんばろうとする二人のことを応援してくれるご両親の存在も大きかったというお二人。仕事と育児の両立が難しいときに、気軽に頼れる存在が近くにいるということは心強く、孫たちの成長を近くで見てもらえるというのもとてもうれしいことでした。
予期せぬ出会いが生まれる
それが居酒屋の醍醐味
居酒屋〈とよぼし〉のグランドオープンは、2022年6月。新型コロナウイルスの感染拡大によりなかなか思うような営業ができなかったものの、ようやくこの日を迎えました。お店を構えたのは、もともと割烹料理店だった場所で、内装はほとんど変えずにそのまま。小上がりが設けてあるので、小さな子どもがいても過ごしやすい空間になっています。お店のスタイルとしては、“昼呑みができる居酒屋”。
「お酒を飲みに行くという雰囲気は徐々に戻りつつあるものの、まだまだコロナ前と同じ状況とはいえないので、今は11時からの通し営業で21時ラストオーダーというかたちで営業しています。世の中の状況も見ながら、少しずつこの店のリズムを作れるようにしたいと思っています。東京に住んでいるときは楽しかったんですけど、やっぱり自分のリズムではないなあと。そういうのがずっとどこかにあったような気がするんですよね。だからこそ、おおらかに自分たちのペースで楽しみながらやっていきたいんです」
居酒屋の良さとは、年齢や生まれ育った場所、当然ながらこれまで歩んできた人生がそれぞれに違っても、一緒にお酒を呑みながらコミュニケーションをとることで距離が縮まり、仲良くなれるところ。もちろんこれだけに限りませんが、お店を営む陸さん自身も、居酒屋という存在そのものに魅了された一人でもあるのです。
「今はSNSもあるので移住者同士のコミュニティはつくりやすいと思いますが、地元の人たちとのつながりっていうのも大事だと思うんですよね。とくにIターンの人は、初めての土地で知り合いもいないと本当に大変だと思うので。この店を通じて、そういった人とのつながりや縁が広がったら良いなとも思っています。僕ら自身も同じように、人との出会いやご縁を大切にしていきたいですね」
INFORMATION
とよぼし
山形県天童市老野森1-16-13 1F
023-666-3717
営業時間 11:00〜21:00
定休日 日曜
@toyo_boshi
写真:布施果歩
文:井上春香