作ろうとするものに掛り切りになれる
版元・龜鳴屋 勝井隆則さん
版元代表の勝井さんは、典型的なUターン組だ。口能登の出身で20代を東京で過ごし、その後金沢で出版社に勤務。40代からは個人版元として独立して、経験有るプロとしての確かな技術と独特のセンスだからこそ仕上げることのできる、唯一性の高い本を生み出してきた。
「他の人がしてくれる仕事は、できる人に任せればいい。私がしなければ誰の目にも触れられないまま、結局なかったことになってしまうものを、本の形で残したいということなんです」。
この勝井さんの言葉を裏付けるように、確かに龜鳴屋の本はいかにも通好み過ぎて、少々ハテ? と思うようなタイトルばかりだ。
高橋輝次著『ぼくの創元社覚え書』、『岡本喜八お流れシナリオ集』、外村彰・荒島浩雅・龜鳴屋編『したむきな人々-近代小説の落伍者たち-』、『伊藤茂次詩集 ないしょ』、伊藤人誉著『馬込の家 室生犀星断章』、『松井邦雄エッセイ集』……。
流行りモノの追い掛けとは真逆のスタイル。しかし、作品の脇を固める人々に着目すると、そこには全国で知られるクリエイターの名前が並ぶ。装画につげ義春、和田誠、グレゴリ青山、編者にはドイツ文学者の池内紀、評論に荒川洋治、関川夏央。このような面々に共感され、やりとりがあるということだ。NHK「美の壺」の「文豪の装幀」の回でも取り上げられている。一般書店を通さずに、版元からの直販のみだが、本が出ると全国から注文が入る。龜鳴屋の出版物なら出たら何でもという固定ファンもいるという。
とはいえ、出版の仕事は情報の多いところではないとやりづらいでしょうと訊くと、そうでもないという。
「東京でも大阪でも、必要なときに行けばいい。金沢にはそれなりの図書館が複数あるし、当然ネットも使える。それに全国の古本屋の目録には目を通しているから。大切な情報は古本にしかないと言ってもいいくらい。出掛けたら、行き先がどこでも必ず立ち寄るのは古本屋だもの。 けれども東京にいたら学生時代と同じく毎日本屋通いをしてしまうから、かえって仕事ができなくなるのは目に見えている。世間からちょっと引っ込んで、作ろうとするものに掛り切りになれるという点でも、金沢はちょうど良いところ」と勝井さん。
後ろに積まれた発送待ちの本や集められた資料の本たちが「そうだよ、まさに」と一斉にうなづいているようだった。