【愛知県新城市】温泉街だから伝えられる、奥三河の魅力と過ごし方。
インタビュー
忌野清志郎が愛した名湯としても知られる湯谷温泉。奥三河の山あいに佇む昔ながらの温泉街は宇連川の渓谷美を魅力とし、その泉質にも定評があります。ここで4つの温泉宿を営む傍らでカフェ&ゲストハウス「Hoo!Hoo!」をスタートし、海外や若い世代への門戸を開いた加藤さんに話を聞いてきました。
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旅館で過ごすだけでなく、温泉街を歩いてほしい。
川底の岩が板を敷き詰めたように見えることから、「板敷川」とも呼ばれる宇連川。川に寄り添うように佇む温泉街では、どの宿からもその清流が織りなす渓谷美を眺めることができます。一方で、「泉質自慢の温泉に浸かり、渓谷美を眺める」ということが、旅館の中で完結できてしまうことから、宿に籠って過ごすお客様が多いのだとか。そんな中で、奥三河の魅力を、温泉街を歩くことでも感じてほしいという想いがあったといいます。
「この温泉街にカフェが欲しいと思っていました。せっかくここを訪れてくれたお客様に、浴衣姿で出歩いて楽しんでもらいたいという想いがずっとあったから。歩いてもらうためには、旅館だけじゃなくて、いろんなお店があったら楽しめるんじゃないかと。気軽に立ち寄れるお店がないなら自分たちでつくっていこうと、周りの仲間たちに呼びかけたこともあります。自分の本業(旅館)とは別にもう一軒、自分がやりたいお店をそれぞれやろうよと。自ら寿司を握るほどの寿司好きは寿司カフェを、卓球好きは卓球パブを、とかね。昔は土産店もあったけれど、現在は「田舎茶屋まつや」さんと9軒ほどの旅館だけ。旅館もこの10年で2軒が閉館していく中で、何とかしたいという想いが強かったですね。」
いろんな人たちにも話をしていく中、役場の方から補助金を出すからやってみないかという声が掛かったことをきっかけに動き出したのが、カフェ&ゲストハウス「Hoo!Hoo!」でした。
若い世代、外国人観光客を迎え入れる場所に。
2017年にオープンした「Hoo!Hoo!」は、もともとは加藤さんの会社の従業員寮だった建物です。これを改装して、これまで湯谷温泉にはなかった場所、人が集える場所をつくっていこうということになりました。2階は旅館にあまり馴染みのない若者世代や外国人観光客が気軽に泊まることのできるゲストハウスとし、1階ではカフェをオープン、地下につくったワーキングシェアスペースでは、三河山間地域に移住して起業しようという人たちを支援する団体が活動しています。
三河山間地域のひとつ、東栄町では町全体で移住者を迎え入れる雰囲気があり、役所の様々なサポートもあって移住する人が増えているといいます。「Hoo!Hoo!」では地元のものづくりも応援していきたいという想いから、神奈川県から東栄町に移住してきたアイアン作家の若者にカフェの棚の製作を依頼しました。アルコール消毒液を置く台も製作してもらったところ、とても好評で様々な施設でも採用されたのだそうです。
現在、カフェは週末のみの営業。加藤さん自らがカウンターに立ち、美味しい珈琲やお酒でもてなしてくれます。積極的なPRは行わず、温泉街のすべての旅館に珈琲チケットを無料配布することで、旅館だけでなく外に出て温泉街を歩き、ゆったりとした時間を過ごしてもらうきっかけとしています。また、これまでは訪れる外国人に対応できる場所も人もいなかった湯谷温泉で、イギリス暮らしの経験を持つ加藤さんが、持ち前のユーモアと語学力で奥三河の魅力を伝えてくれる、観光案内の役目も担っています。
旅館ではできないこともカフェならできる。
カフェでは、地のものを美味しく味わうための趣向を凝らしたメニューも人気。そのどれもが加藤さんの独自メニューというから驚きです。
「旅館では料理人の方もいて実現が難しいことも、カフェなら自分のアイデアでいろんなことを試せるんじゃないか、自分のやりたいことができるんじゃないかと、僕自身も楽しんでやっています。だから、どうやってもつくれない珈琲とビール以外は、自分が美味しいと思うものを、美味しいと思う食べ方で提供しています。」
例えば、「干し柿」は目の前の火鉢で炙ってからいただきます。蜜が出て甘味が増し、柔らかくて温かい。焦げ目も美味しいと好評です。火鉢では地元の方がつくった「とち餅」をあぶることもあるのだとか。また、梅の産地として夏には「梅ソーダ」を、お茶の産地として冬には「ほうじ茶の香りがするホットチョコレート」を。秋には山の恵みの「きのこスープ」。通年人気だという「砂糖を使わないジンジャーエール」は、運営する薬膳旅館でヒントを得たのだとか。今後も、奥三河の要素を盛り込んだ自分なりの商品開発をしていきたいのだといいます。
それぞれの温泉時間を楽しむ「温泉シェア」。
「Hoo!Hoo!」のエントランス横にあるワークスペースでは、足湯を楽しむことができますが、この春には地下のワーキングシェアスペースの隣に、貸切できる温泉シェアスペースも登場。宇蓮川の渓谷美を眺める露天風呂ができました。2017年のオープン当初は、あえてお風呂をつくらなかったものの、こっそり楽しめる貸切風呂を提供することで、温泉街での楽しみが広がるのではと考えるようになったそうです。
「僕自身が、夜中のひとり露天風呂を楽しんでいるということもあって、この経験を皆さんと共有したいと思いました。時にはスピーカーを持ち込んで好きな音楽を聴きながら、時にはライトを持ち込んで読書をしながら、ゆったりと過ごす温泉時間のお裾分けしようと。この貸切風呂を自由に使ってもらいたいですね。」
世界遺産登録を目指す「花まつり」を温泉街で。
他にも湯谷温泉に足を運んでもらうきっかけとして、50年前に始まった「花まつり」イベントがあります。花まつりとは、奥三河地方で700年以上続く伝統神事で、集落ごとに繰り広げられる神楽では、鬼をはじめ40種類にもおよぶ舞が夜を徹して行われるといいます。国の重要無形民俗文化財に第1号として指定され、現在はユネスコ世界無形文化遺産登録を目指しています。
毎年2月の毎週土曜日の夜に、鬼の舞い・歌ぐら・笛の音色が幻想的なこの伝統芸能が湯谷温泉にやってきます。観光用にダイジェスト版でまとめられているので見応えも十分。50年前に始まった当初は、伝統を商業利用することへの批判もあったといいますが、温泉と宿泊のあるこの場所でやることが、広く知ってもらい伝統を守るためにも必要だと評価されるようになりました。ここで初めて見たという人が、翌年には集落ごとに異なる舞の所作や神事を見ようと、各地を訪れることもあるのだそうです。
●湯谷温泉花まつりの様子はこちら>「湯谷温泉の奇祭!花まつり」●
こうしたきっかけづくりを次に繋げていくためには、温泉地としての価値を上げていかなければならないと、加藤さんはいいます。湯谷といえば、やはり川の景色と泉質が魅力。それを今、一つひとつ整えているところ。その上で、小規模な旅館はどう立て直していくべきか。他の旅館とともに、いかに生き残っていくか。悩みは尽きないけれど、それでもこの温泉地を残していきたいと話してくれました。