山形県寒河江市・移住者インタビュー/アーティスト齋悠記さん
インタビュー
やまがたクリエイティブシティセンターQ1内にある「THE LOCAL TUAD ART GALLERY」は、東北芸術工科大学運営による非営利のレンタルギャラリーとして動きだしたばかり。そのこけらおとしとなる展覧会「TOHOKU CALLING」が2023年1月11日から3月5日までの期間で開催されました。この企画展は「東北芸術工科大学大学院での複合的な学びを通して地域に根ざす表現者として成長した4作家をご紹介する」(「TOHOKU CALLING」テキストより引用)というもの。
さて、注目すべきその4人のアーティストのうちのひとりが、これからここにご登場いただく齋 悠記(Sai Yuhki)さん。アメリカに生まれ、宮城県仙台市に育ち、やがて沖縄県立芸術大学に学び、その後も長く沖縄でアート活動をつづけてきたという齋さんは、なぜいま東北の地で絵画に向き合うのか、そして寒河江の地に暮らしながらどんなことを思うのか。現在進行形のお話を伺いました。
色とかたちを
感覚のままに
「描いているときは色あそびみたいで、なにも考えてはいないんです。そのときの感覚のままに描いたり貼ったりして絵にしていくうちに空間ができてくると『あ、この絵はこういう感じなんだな』っていうのがなんとなく見えてきて『なんかいいな、心地いいな』っていう方向に仕上がっていくと『よし、オッケー』となっていく…そんな感じです」
と自身の抽象画の描きかたについて齋さんは語る。絵を完成させていく推進力は理屈やロジックではなく「感覚」だということなのだろう。ギャラリーにはそうして描かれたであろう数多くの作品が並べられていた。そのうちのほとんどは角の丸い独特の質感のキャンバスに表現されていたが、そのキャンバスもまた齋さん自ら手づくりしたものだそう。
「木のパネルをつくり、その角を削って、薄いガーゼを張ってニカワで止めて…。下地からすべて自分でつくるというこのやり方は大学時代に色々実験して行き着いたもの。そのほうが絵が『ぱあっ』と広がる感じがしたんです。絵との親近感がすごく湧いてくる感じもあったので、以来このやり方をずっとつづけています」
沖縄の日々と
東北の日々と
齋さんは「ふつうの日々の中から感じたことを描くのが自分のスタンス」と語る。そして、齋さんがその「ふつうの日々」を送る場所はひとつではない。寒河江というまちに家族と暮らし、山形のまちの東北芸術工科大学博士課程に通い、仙台のまちでも活動するなど東北をフィールドにしながら、さらには長く暮らしてきた沖縄にも表現活動の拠点を持ちつづけている。
「沖縄は人生の半分以上を過ごしてきた土地。文化や人や歴史から多くのことを学んできた大切な場所」であると言う。そしてまたその一方で「自分のルーツである東北のこともまたずっと気になってきた」のだそうだ。「これまで自分がやってきた活動をまとめていきたい」という想いと、「東北のことをもっと知りたい」という想いとが重なったときに知ったのが東北芸術工科大学の存在だった。
「東北芸術工科大学はただ大学であるだけでなく、山形や東北のアートセンターのようであり、また情報や人の繋がりのハブのような存在。これから沖縄だけでなく東北でも活動していきたいと思っていたわたしにとって、その骨組みを整えてくれるような場所だと感じました。これまで制作と研究をつづけてきた抽象画をベースに、地域性や歴史などいろんなことを深めていけたら、と思っています」と語る。山形の展覧会のために沖縄で制作したり、またその逆だったり。齋さんは互いに遠く離れた日本の東北と西南とを行き来している。
「自分が描きたいものは沖縄にいるときにもクリアに見えていたと思うんです。でも、山形にきて、芸工大の先生方と絵とか制作について話をすることや、今の若い学生さんの枠組みを無くしていいものを取り込もうとするジャンルレスな感覚、今も昔もなくて全部同じ土俵にのっちゃってるみたいなおもしろさなんかを見ることで、わたしたちの過ごした時代のようなものが客観的に見えてきたりと、いろんな刺激を受けています。そうするなかでまた新しい挑戦をしてみたいという気持ちがさらに出てきた気がします」
寒河江での家族の暮らしと
穏やかな風景のなかの発見
そうして、いま、東北芸術工科大学博士課程で制作と研究をつづけている齋さんは、寒河江のまちに暮らしている。沖縄からはるか離れたこのまちでの新しい暮らしについてどう感じているのだろう。
「自然が身近にたくさんあって、散歩もできて、気持ちのいいまちですね。子育てにもとてもいいまちだと感じます。小学一年生の子どもがいるのですが、通っている小学校は規模が小さくて生徒数も1学年10人前後くらいととても少ないのですが、そのぶん先生たちの教育はとても細かやですし、上級生のお兄さんお姉さんたちもすごく面倒見がよくて、おかげで子どもが安心して学校に通ってくれているのを実感しています。
日々の暮らしのなかで驚いたことといえば、四季の個性がはっきりしているということでしょうか。それぞれに楽しみがあって。春先の山菜、フキノトウとかワラビ、コゴミ、タラの芽とか、庭に生えてくるものを食べるというのは、もともとわかっていることではありましたが、以前よりもより生活の中に入ってきて自然が身近に感じられることは、驚くぐらいとても心地よく感じました。そしてまた、そういう身近な食べ物によって季節が変わっていくというのも面白く て新鮮でした。果物もお野菜も季節ごとにいろんなものが実って、そのどれもがまたすごく美味しくて。お蕎麦も、お米も、お餅も…、日々美味しいものに出会っている気がします。
つい最近だと、寒河江のこの穏やかな風景のなかに『実は素晴らしいニットのものづくりの会社があり、技術があり、文化があるんだよ』ということを知人に教えてもらいました。そんなふうにまだまだ見えていないものがたくさんあるはずなので、これからさらにもっともっといろんな人や文化や歴史を知りたいな、と思います」
最後に、齋さんにこれからこの寒河江で、山形で、東北で、沖縄で、やっていきたいことについて尋ねてみた。
「わたしが美術をとおして感じたり学んだりしたことを、展示をとおして感じてもらったりすることもつづけていきたいですね。それぞれの地域にその土地の個性があって、そしていろんなかたちで繋がっていて。そのながれのようなものを美術的な視点で紹介していけたら面白いなと思います。美術っていろんな側面があって、そんなに難しいものじゃない。楽しんでもらってもっと身近に感じてもらえるような活動をしていきたいと思います。まだまだ具体的ではないのですが、 美術を体験してもらえる、体感してもらえる環境づくりをしていけたらと思います」
アーティスト・プロフィール
齋 悠記(Sai Yuhki)/1978年アメリカ合衆国生まれ、宮城県育ち。2021年東北芸術工科大学大学院博士後期課程芸術工学研究科平面造形領域入学。手製で仕上げた丸みを帯びた支持体に、日常生活の中で瞬間的に表れる感覚の世界を色と形で表現する。大学進学とともに沖縄に移住。沖縄や東北の自然や風習の根底に流れるプリミティブな感覚に深い共鳴を持ちながら抽象表現を展開している。
https://saiyuhki.com/
photo: 布施果歩(strobelight)
text:那須ミノル