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山形の巨樹・古木に会いに行く vol.3

連載

2023.08.02

山形に引越してまだ間もないころ、薬師町にある夫の祖母の家に行く機会があった。ちょうどその日は地元で有名な「薬師祭・植木市」が催されていて、家族みんなで歩いて出かける運びとなった。

緑あふれる5月の公園。初めて訪れたにもかかわらず、なぜか”懐かしさ”がこみ上げてきた。私の祖父母の家近くにあった神社広い境内で、幼いころ遊んだ記憶が呼び起こされたのだった。

その初訪問から十数年。今でも私はこの場所に来ると、不思議と安らぎを覚えるのである。

山形の巨樹・古木に会いに行く vol.3
賑やかだったお祭りが終わり、静けさが戻った薬師堂。平日の午前、参拝に訪れたお年寄りや、公園を散策をする住民の姿をチラホラ見かけた。

〈旧跡名勝 国分寺薬師堂〉
薬師公園の中央に位置する国分寺薬師堂。天平年間、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山した古刹である。創建当初は秋田にあった国府が庄内、山形と移されたのに伴い国分寺もこの地に建立されたといわれる。その参道を進み境内を見渡せば、ケヤキ、クヌギ、松など子々孫々守られ受け継がれてきたであろう多種多様な樹木が茂り、寺院を訪れる参拝者を温かく迎えている。

山形のいにしえの風景を想像しながら、巨樹・古木巡りに出かけてみよう。

【巨樹古木No.6 薬師公園のケヤキ群(山形市保存樹林)】
山形の巨樹・古木に会いに行く vol.3

薬師公園には、山形市内随一のケヤキの林がある。市の保存樹林に指定されており、今なお美しい景観を保っている。初夏の日差しに照らされたケヤキの若葉は、まぶしい緑のグラデーションを見せていた。

山形の巨樹・古木に会いに行く vol.3

参道の左手に陣取るケヤキ。ここを訪れる人々を見守り続ける「主」のような木だ。人間ばかりではなく、鳥や小動物もこの木のまわりで楽しげに遊んでいる。大きく広がる腕のような枝。どっしりとした幹や根っこ。「誰でも受け止めますよ。」そう語りかけてくれているような、包容力のある御姿である。鳥たちが隠れていそうな木のうろ(空洞)。この日も追いかけっこしているムクドリや、仲睦まじい土鳩の番(つがい)が見られた。

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本堂裏に立つケヤキの古木。「モンスター」のような幹の横にある大きなコブ。じっと見つめていると何かしら形が見えてくるような。

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(写真左上)結果枝(けっかし)に実るケヤキの種 (写真右上)木の根元で発芽したケヤキの新芽

数多く落とされた種の中から、新しい芽が出る確率は低いようだ。木の真下に落ち芽を出す種もあれば、数枚の葉っぱを携えた「結果枝(けっかし)」(※花芽をつける枝)と一緒に、ひらひらと風に乗り、遠くまで飛んで舞い降りたその地で、出芽し成長するものもある(写真左下)。生育した場所からは動くことができない樹々が、自身の子どもをどうにか生き延びさせるため、「二通りの戦略」で種が絶えてしまうリスクを分散させるとのことだ。
※参考図書『樹に聴く〜香る落葉・操る粘菌・変幻自在な樹形』清和研二(著)

ケヤキは、タンスや臼・杵などの生活用品として、古くから利用されている身近な木材でもある。ケヤキの年輪や杢(もく)を目にし、自分の手で触ってみて、その木が育ってきた年月や背景に思いを巡らせるのも楽しい。山形市で開催される1月の初市では、ケヤキの木工品を販売する出店もあり、伝統の技を今に伝える品々を、実際手に取って購入することができる。
(reallocal山形 はじめての「初市」縁起物がずらり揃う、新年のマーケットリアルローカル山形)

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ケヤキの枝葉が影をつくる広場。

薬師公園は、日常的には子供たちの遊び場になったり、いざというときは地域の避難場所になったりと様々な役割を持つ。このように木々に囲まれた”余白”は、私たちが暮らす都市にとって大切な空間ではないだろうか。そんなことを考えながら、ケヤキの美林でたたずんだ。

【巨樹古木No.7 薬師公園のクヌギ】

薬師公園内にある巨木群の中で目立つのはケヤキだが、実はクヌギの大木も見られる。市街地の公園でこれほど立派なクヌギが守り育てられているというのは、ここに公園を築いた先人たちに加え、現在まで木々を管理してこられた方々の尽力によるものだろう。感謝の念を抱きながら木をあおぎ見る。

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椚塚(くぬぎづか)、六椹八幡宮(むつくぬぎはちまんぐう)など、市内に「クヌギ」が付く地名や神社はあるものの、山形の市街地に残存するクヌギの大木は少なくなりつつある。

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(写真左上)クヌギの雄花。10cmほどの花序(かじょ)が垂れ下がっている。(写真右上)クヌギの実。ここから大きく成長して、かわいいドングリになる。(写真右下)7月のクヌギの実。だいぶドングリらしい姿になっていた。

クヌギの木の下を見ると、ドングリの帽子がいくつも転がっていた(写真左下)。私は今でもドングリやトチノミなどの木の実を見つけると、狩猟採集民族の血が騒ぐからなのか、ついつい実をたくさん集めたくなってしまう。小学校の校庭や公園にある木の下で、木の実拾いに夢中になっていた子ども時間をふと思い出した。娘が小さい頃は、一緒にドングリを拾って工作の材料にしたものだ。身近な自然に触れられる環境があるのも、山形に暮らす幸せのひとつだろう。

【巨樹古木No.8 ハリギリの大木】

公園内の一段高いところに枝葉を広げるハリギリの大木。その美しい姿に惚れ惚れする。この一本だけ葉っぱがカエデのような形をしているので、見分けがつきやすい。深い皺のごとく網目状に広がる樹皮。まるでこの場所の”刻(とき)の記憶”を、その皮膚に閉じ込めているように思われた。

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素敵な御姿のハリギリに出会えて心から嬉しくなった。今日まで枯れずにスクスク大きく育ってくれたことが奇跡のように思えた。

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とぐろのようにグルグル渦巻いている、ハリギリの根っこ。古木老木の樹皮は、近寄って見ると、まるで怪獣の皮膚のようだ。

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ハリギリは山菜の一種でもある。幼木にはトゲが生えていて、タラノキに似ている。味はタラの芽の方が格段に美味しいらしい。今後ハリギリの幼木に出会う機会があれば、新芽を食べ比べて味の違いを確認してみたい。

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ハリギリの花。7~8月にかけて、”線香花火”のように球状に集まった、淡い黄緑色の小花が咲く。虫たちが花の香りにおびき寄せられて集まるようだが、高い木の上部に咲いていたので観察できなかった。黄葉したハリギリを見るため秋に再訪するつもりだ。

【薬師公園の歩き方】

週末の薬師公園は、親子で楽しめる憩いスポットだ。小さな子どもを連れた家族が、園内の遊具で遊んでいる姿をよく見かける。父親と池で釣りをする子、網やカゴを持ってきて昆虫を追いかけるワンパクな子の姿も、まだまだ健在だ。

山形の巨樹・古木に会いに行く vol.3

薬師堂の裏側には水路や池がある。夫は小学生のころ、祖父母宅近くのこの池でヘラブナ釣りをしていたという。明治時代につくられた「千歳園」という広大な庭園の姿を今に残している場所でもある。公園の全体像は時代に沿って変化しているとはいえ、思い思いに楽しみを見つけて過ごす人の在り様は、今も昔もそう変わっていないだろう。

地域の人々に親しまれる薬師公園。晴れた日の昼に、近所のお店で買ったパンを持ってきて、園内のベンチや東屋で休憩するのが最近の私の楽しみである。ゆったりのんびり、空を流れていく雲を眺めながらお気に入りのパンをひとくちかじる。時間を気にせず過ごせる場所は、案外すぐそこあるものだ。そんな山形が、またひとつ好きになった。

【薬師公園】
山形市薬師町2-12-32

【出羽国分寺薬師堂】
山形市薬師町2-8-88