【愛知県・豊橋市】コルゲートハウスで川合健二氏の哲学に触れる~ホテル事業開発プロデューサー・冨田円さん
インタビュー
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豊橋市郊外の小高い丘の中腹。雑木林に囲まれて建つ『コルゲートハウス』は、今からおよそ60年ほど前、建築家であり研究者でもあった故・川合健二さんが、土木建材用のコルゲートパイプに着目し自邸として組み立てたものです。本年9月、この貴重な建物が一般向けの宿泊施設としてオープンし、話題となっています。
「インフラからの脱却」を目指した時代の先をゆく川合健二氏の思想
我が国が高度経済成長期の真っ只中にあった頃、インフラからの脱却をいち早く目指し、自然の中で自給自足の暮らしを実践した川合健二さん。その思想に触発され、生前、川合さんのもとには年齢も職業もさまざまな人たちが次々に訪れたといいます。どんな相手とも熱心に対話を重ね、彼の生きる姿勢や考え方がたくさんの人に多大な影響を与えました。
『コルゲートハウス』を一棟貸しホテルに
川合さんの哲学が息づく『コルゲートハウス』に泊まる。そんな魅力的で大胆なアイデアを形にするため、この度、総合プロデュースを手がけたのはデザインファーム「アドレック」のメンバーとして活動する冨田円(まどか)さん。築60年を経て、なお圧倒的な存在感を放つ『コルゲートハウス』を訪ねてお話しをうかがいました。
―川合健二さんの想いが投影された貴重な自邸であり、かつ文化的な遺産でもある『コルゲートハウス』を一般向けに公開するにあたり、大切にされたのはどんなところでしょうか。
ご覧の通り、見た目のインパクトばかりが注目されがちですが、ただ単に奇をてらった珍しい建物として扱われるのではなく、かつて川合夫妻が営んでいた自給自足的な暮らしや、環境のことを考えた循環型の生活というものの意味にまで目を向けていただくことが重要だと考えました。
コルゲートハウスを中心としたおよそ1800坪の敷地全体を有効に使い、川合さんが目指した理想の暮らしを体現できる場にすることによって、利用する人、そして地域にとっても意義のある施設になることを目指しました。
※前出の記事参照
―『コルゲートハウス』の内装はほぼ当時のままですか。
健二さんが使っていた室内の調度品はどれも素晴らしくセンスがいいので、それらをできるだけ残しました。あとは間接照明をところどころ足す程度で、全体の印象としてはもとの雰囲気を極力生かして違和感のないように仕上げています。
―書棚にたくさんの本が残されています。
これもすべて健二さんの蔵書です。片付けの時に結構な数を処分したんですが、まだまだ膨大な数が残っていて、中には健二さんの書き込みが残っているような貴重な資料もあって、とても興味深いんですよ。
コロナ禍を機に見つめなおした故郷のまち。そしてコルゲートハウスとの出会い
―ところで冨田さんご自身も川合さんと同じ豊橋のご出身だそうですね。ご経歴をうかがっても良いですか。
実家は豊橋駅のすぐ近くで、両親が設計事務所をしています。学生の頃は建築やインテリアを学びながら親の仕事を手伝ったりしていました。そのうちに個人の住宅よりもパブリックなものに興味を感じるようになり、イタリアへ渡ってインテリアデザインなどを幅広く手掛ける建築事務所で働きました。
帰国後は東京でホテル開発などを手掛ける会社に就職し、渋谷のトランクホテルの新規開発事業に携わりました。建築の専門ではない仲間たちと一緒に少人数のチームで取り組むプロジェクトでしたが、いま思うと、その時の経験がとても良い勉強になったと思います。
次の仕事も決まっていたのですがコロナ禍で予定が変わり、一旦、地元に戻り、とりあえず現在は東京と郷里の豊橋の二拠点で仕事をするかたちに落ち着いています。
―コルゲートハウスとの出会いは?
実は私の父が川合さんの息子さんから譲り受けたんです。父は長年、愛知県の建築士事務所協会の会長を務めていて、会報誌の連載コラムに、コルゲートハウスがこの地方にとって重要な建物であることや、今後どう残していくべきかというようなことを書いていたようです。
そのご縁もあって、うちの父なら良い形で活用してくれるのでは、と声をかけていただいたのがきっかけです。私自身はそれまで実際に見たことはありませんでしたが、父が譲り受けたのを機に建物を自分の目で見て、川合さんの思想に触れることになったんです。
川合健二さんの哲学に触れる宿泊体験を
―宿泊施設にするアイデアはいつ、どのように?
最初は具体的なアイデアはありませんでした。ちょうどコロナで東京から豊橋に戻り、少し自由な時間もあったので、父が始めたお茶やみかんの栽培を手伝いながら一緒にあれこれ模索している中で思いついたものです。
こんなふうに自然に触れ合う体験は川合さんの思想にも通じるし、もっと多くの方に体験してもらうためにも、コルゲートハウスをホテルにするといいかもしれないと思いつきました。そこからアドレックのメンバーにも加わってもらい、今回のプロジェクトが始まりました。
―理想的な活用の仕方ですね。
個人で所有しているだけでは結局、いつかは父の遺産になってしまう。それでは残念ですよね。実はこのエリアで家主不在型の民泊ができたのは初めてだそうで、空き家をこういう形で活用できるという先行事例になれば、地域に向けての啓蒙的な役目も果たせるかもしれません。
―リノベーションするにあたって工夫されたのはどんなところですか。
ランドスケープやライティング、インテリア専門のメンバーたちとチームを組み、この異空間をより強調することを目指しました。裏テーマは「宇宙船」。子供が初めて見たものに対して感じる素直な驚き、そういう感覚を大事にしたいです。
具体的には「ラウンジの椅子に座り、宇宙船から月を眺める」みたいなイメージですね。窓に大きな幕を張って幻想的に光を取り込むなど、非日常感あふれる時間と空間の中で、自分自身と向き合えるような演出をしました。
―この場所で自分と向き合うことで、川合さんが貫いた大切な哲学にも触れることができそうです。
まさにそこを目指しています。川合さんは、例えば宇宙のことと庭で育てているみかんとを同等に語れる人だった。つまり非常にメタ認知度の高い人だったんだろうと思います。残念ながら当時はほとんど理解されなかったようですが、現代を生きる我々が抱えている社会的な課題の多くは、そういう視点を持たなければ解決しないのではないかと思うんです。
―確かに、今の時代だからこそ、川合さんの時代には理解されなかった価値観が改めて見直されているかもしれません。
私自身も、昔からこの建物の存在は知ってはいたものの、実際に見てみたいと思うほどの興味がありませんでした。けれど川合健二さんの言葉や考え方を深く知ることではじめて興味を持つことができました。同じように、人を惹きつける求心力を持っていた川合さんの哲学を、ここを利用してくださるみなさんにも大切に伝えていけたら嬉しいです。
地域の持つ価値を発信する場に
―最後に、ホテルのオープンにあたり反響や期待も大きいようですが、お父様はどのようにおっしゃっていますか。
プロジェクトを担ったアドレックには、建築出身者も多いんですが、ホテルの開発事業から入った私を含め、まちづくりをずっとやっている人など多様なメンバーがいます。
オープンイノベーションで事業開発に関わることも多いので、40年以上建築一筋で個人の設計事務所を営んできた父からすると、そういうプロジェクトの進め方はなかなか理解できないみたいでした(笑)。
けれど、そんな父とも、この地にしかないものって何だろう?みたいな話をよくするんです。川合さんの思想も含めて、コルゲートハウスはまさにその一つだと。父が川合夫妻と息子さんの想いとともに受け継いだ大事なこの建物を長く維持していくためにも、この建物が好き!という人をもっともっと増やしていきたいと思っています。
宿泊だけでなくさまざまなイベントも企画中。宿泊の予約・問い合わせはホームページから。
名称 | コルゲートハウス |
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