【鹿児島県錦江町】“たまたま”に身を委ね、共に楽しみ、笑いあえる文化を / 大隅半島ノウフクコンソーシアム 天野雄一郎さん
インタビュー
鹿児島県錦江町を拠点に『大隅半島ノウフクコンソーシアム』のプロジェクトマネージャーとして、農福連携を軸に国が進めるプロジェクト運営や大隅半島での活動を行っている天野雄一郎さん。そんな天野さんから現在のお仕事や活動に至った背景等を伺いました。
豊かさとは?
高校卒業後、福岡の大学に進学し、
時間を見つけては世界各国をバックパッカーで旅をされていたという天野さん。
異文化に触れ、現地の人と交流しながら、
時にはアルバイトをするなど、自身の成長に大きく繋がる時間を過ごされたといいます。
「高校時代の恩師が“大学に行くなら、お金を貯めて旅に行け!”とおっしゃる方でした。その言葉が何となく残っていて、バックパッカーの旅をすることにしたんです。」
「旅を通して、それまでの人生に感謝できるようになりました。特にカンボジアでは滞在しながらボランティアをしたのですが、平和な日本の当たり前とは違い、悲惨な現状を目の当たりにして、いろんな感情に向き合ったんです。」
「自分の無力さを痛感した反面、世界の素晴らしさを肌で感じることができました。元々、公務員を選択肢として考えていたのですが、そんな感動を伝えることができる旅に関わる仕事がしたいと思うようになったんです。」
そこで就職先に選んだのは大手の旅行会社でした。
入社されてからは朝から夜まで仕事に追われる日々だったのだとか。
それでも良い人間関係を育み、
やりがいを持って仕事に臨むことができたそうです。
しかし、そんな天野さんに突然の病魔が襲いました。
「27歳の時、難病の潰瘍性大腸炎にかかってしまったんです。命に関わる病気ではありませんでしたが、それをきっかけに今後の人生を考えるようになりました。」
「それまでは、常に頭の中は仕事でいっぱいで、休むことなく働き続けていました。早朝に出勤し、深夜まで仕事をした後は、同僚と飲みに行く。そんな日々を送ってばかりいました。」
「入社時に思い描いていた“旅の感動を伝える”こともできていませんでしたし、大きな組織だったからこそ自分の意志が反映できないことに対するもどかしさを感じていました。」
“豊かさとは何なのか?”
“ここに居続けることで、この先の人生に何があるのか?”
“自分には別の生き方があるかもしれない…。”
そんな想いが芽生え、
9年目で旅行会社を退職することになるのです。
今いる場所だからこそできる、自分の役割
「“豊かさ”について考えた時、ふわっとですが、田舎暮らしや社会貢献が頭に浮かんできたんです。」
“自分は何をしたいのか?”
それが明確ではない状態で求人情報を探していると
南大隅町の『社会福祉法人白鳩会 花の木農場』(※1)の求人を見つけたといいます。
「妻の実家が大隅半島にあり、そこから近い場所を探していた矢先でした。」
「僕はそれまで福祉の経験は全くなく、営業スキルしかありませんでした。その旨を法人側に伝えると“ウチに足りていないのは、そこだよ”とおっしゃってくださったんです。そのまま採用が決まりました。」
「せっかく働かせてもらうなら、旅行会社で培ったスキルを活かして、広報だったり、外部とのパイプ役として何か貢献したい。そんな気持ちが強くなってきました。」
「花の木農場は昔から農福連携(※2)に力を入れていた法人で知名度があり、全国から視察に訪れるほどでした。ありがたいことに出張に出る機会も多くなり、県外の方との繋がりも増えてきました。」
「忙しい日々でしたが、気持ちは前向きでした。どんなに忙しくても、自分の意志で選択できること、そして、身を置く環境や人によって、こんなに豊かさが違うんだと気づいてきました。」
(※1)入所・通所の福祉施設、グループホームなどの運営を行っている。軽度の障がい者が就労する能力を身につけたり、仕事をする場として農場も運営。お茶と養豚が生産の柱となっている。
(※2)農業と福祉の連携。障がい者が農業分野での活躍を通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み。
暮らしの拠点としては錦江町へ移されました。
そこで出会った地域の人たちとの時間が天野さんの心を突き動かしたそうです。
「地域をみると、例えば、活動的な町役場の職員や移住者、地域おこし協力隊といった面白い人たちがいて、何となく気になって彼らの集まりに足を運ぶようになりました。」
「大学時代のバックパッカーの旅の時に味わった感覚に似ていて…。社会貢献をしたい。みんなの仲間に入りたい。そう思うようになって、一緒に活動するようになったんです。」
「できることを楽しみながらやる。そして、自分のためになることが人にためにもなれたら…。仲間たちの暮らし方や考え方に触れるたびに、そんな思考に変わっていきました。」
「いろんなコミュニティに顔を出していたのですが、常に笑顔で、あえてヘラヘラと振る舞うようにしています。それが誰かにとって安心感を与えたり、雰囲気を和らげることに繋がるのかなと感じていて。」
「コミュニティ全体に影響は与えられることではないけど、一部の誰かにでも役に立てるなら、それが僕なりに担える役割かなと思っています。」
壁をなくし、違うカタチにすることで
「ある時、地域の仲間を職場案内している時に“地域に農場つくりたいですね”と盛り上がったんです。」
「今の理事長が“私たちは今まで農福連携でずっと恩恵を受けてきた”“だから、農福連携でその恩をお返ししたい”とおっしゃっていて、その言葉が好きでした。そこで、年齢も仕事も障がいの有無も関係なく、みんなの手で地域に畑をつくることにしたんです。」
錦江町内の『ゲストハウスよろっで』の裏の土地を使用し
草刈りの整備からスタート。
プロジェクト名は『よろっで農園(花の木農場IV) ツクルプロジェクト』(※3)と名付け、
2020年から月に1回のペースで、無理なく進めてきたといいます。
「“〜〜するべき”やルールを無くして、自由に過ごしてもらうようにし“完成を目的とせず、プロセスを楽しむこと”をコンセプトとしました。」
「別に働かなくてもいいし、ゆっくりして、そこにいるだけでいい。仲間や障がい者の皆さんとただ楽しい時間を過ごす。誰のためでもない、自分のための時間を過ごしてほしいと考えました。」
「毎回最初に“今日は何をする?”と聞くようにしています。“いろんな人とご飯食べたい”“カラオケに行きたい”と声が上がります。畑とは関係ないですが、畑という場所を介して、いろんなコミュニケーションが生まれてきているんです。」
(※3) 花の木農場はIからIIIまであるため、プロジェクト名をIVとした。参加者には花の木農場の利用者も含まれる。
そのような考えに至った背景は何なのか。
そこについてもお話してくださいました。
「元々“地域活動”という言葉に違和感があったんです。その言葉を使うことで、地域共生を謳う福祉と地域の壁ができていたのではないかと思うようになりました。」
「もしかしたら、ただの言葉の聞こえ方、つまり、音の問題なのではないかと考えたんです。それで、まずは地域活動と呼ぶのをやめてみることにしました。」
「●●プロジェクトというネーミングに変えた。時間・空間・仲間といった3つの“間”を意識してみた。三方良しを意識して実践してみた。僕たちがしたことはこの3つだけでした。」
「実際、畑を始めてみて“障がい者のことを全く分かっていなかったよ”“彼らこそ地域の宝だ”という嬉しい声もありました。それを聞いて、僕たち福祉側は“相手を知る、知ってもらう”という出発点にすら立っていなかったと気づかされたんです。」
「僕にとっての地域は、目に見えて、手の届く範囲の世界だと思っています。一緒にいる人たちが笑っているのを見ると安心するんです。僕の中では、農福連携を中心に考えると、楽しいと感じています。」
“たまたま”に身を委ねる
昨年春、約7年間勤めた職場から独立。
農福連携を軸に県内外飛び回られています。
「農福連携はまだまだ発展途上の段階です。農業や福祉のプロでもない僕が、農福連携のプロとして貢献できることがたくさんあるのではないかと思っています。」
「現在、大隅半島ノウフクコンソーシアムという団体の運営に携わっています。農福連携を普及させていくことが、僕たちの良い暮らしに繋がると考え、普及啓発を行っています。」
「福祉や農業以外のフィールドの皆さんのお力も必要ですし、たまたま出会った人たちにも伝えていくことで、輪が広がっていくと信じています。」
「“たまたま”を大事にしています。そこから生まれたご縁やプロジェクトも実際あって、“たまたま”が“たまたま”を生んで、新しい何かが広がっていく感触はあります。」
「僕自身“たまたま”に生かされていると感じています。農福連携という居場所があるのも、地域の皆さんと出会ったのも、今までのキャリアも “たまたま”の流れから生まれたものです。」
「その中で、できることや役割を見出して、動いてきました。本当、それしかできないんです。軸や大切にしたい想いを大切にできているので“そんな自分でもいいんだ”と思えるようになりました。」
独立と同時期に、地域の皆さんと『NPO法人たがやす』を立ち上げられています。
自身にとって心の拠り所にもなっているのだとか。
そんな天野さんに今後の展望を伺いました。
「昔から今もいろんな関係性の中でお仕事をさせてもらっています。組織を離れたからこそ、培ってきたものとお世話になった人たちを違うカタチで再接続できるのではと考えています。」
「”たがやす“は”誰もが愉しみ続けられる世界をつくり、共にたがやす“をコンセプトに活動しています。それって、農福連携を突き詰めていった先と同じものなんです。」
「まだ、みんなが思いっきりチャレンジできる場を作れていないことが課題だと感じています。試行錯誤を繰り返す日々ですが、同じ志を持つ仲間を1人、2人、3人…と増やしていきたいです。」
「関わる人たちがみんなハッピーになれるように、明確や意志を持ち、目指すゴールに向かって、これからも僕たちが根付き暮らす地域の文化を“たがやす”ことを続けていこうと思います。」
屋号 | 大隅半島ノウフクコンソーシアム |
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備考 | ●NPO法人たがやす(地域の皆さんと立ち上げられた団体) https://www.instagram.com/tagayasu2022/ ●みんなで耕そう!ノウフク・プロジェクト ※天野さんが携わられているプロジェクトです。 |