【愛知県・長久手市】職人を憧れの職業に、もっと身近に! 瓦の会社が仕掛ける新しい体験施設「瓦んと」
インタビュー
9月末に愛知県長久手市にオープンした「KAWARANT(瓦んと)」は、瓦の会社「坪井利三郎商店」(本社・名古屋市中区)が運営する新しいかたちの職業体験施設です。
〝瓦〟と〝変わら(んと)〟をかけたユニークで親しみやすいネーミングには、創業120年を超える老舗企業として地域に向けて開いた場をつくり、瓦の文化や職人の技を次の世代へ繋いでいきたいという想いが込められているそうです。
坪井利三郎商店・5代目社長の坪井健一郎さんにお話をお聞きしました。
施設の中でひときわ目を引く大屋根が目印の「いぶしカフェ」。和のテイストを生かし、内装をモダンにアレンジした居心地の良い空間で、気軽なモーニングメニューからこだわりの食材を使ったランチ、午後のティータイムまで、いつ訪れても美味しい時間を楽しむことができます。歴史ある瓦の会社が始めたカフェという意外性も話題となり、地元・長久手市では早くも注目の人気スポットになっています。
瓦の魅力と職人の仕事に
親しみを感じてもらうために
――オープンしてまだ日が浅いですが、カフェには今日もたくさんの方がいらしていますね。
おかげさまで地元の方たちを中心に連日多くのお客様に来ていただいています。
――こちらはもともと坪井利三郎商店の作業所だったそうですね。
60年ほど前から作業所として使っています。今回、敷地内に一般の方にも気軽に来ていただけるような施設をつくりましたが、これまでどおり、毎朝ここから職人さんたちが現場に出掛けて行き、夕方には戻って来るんですよ。
そういう様子を間近に見ていただきながら、今後は職人体験ができるワークショップなどのイベントも定期的に行って行きたいと思っています。
――職人さんたちの作業所を開放してこのような施設を作られたのにはどんな思いがあるのですか。
一番の目的は、多くの方に職人の仕事に興味や関心を持ってもらうことなんです。僕自身、瓦屋に生まれて子供の頃から職人さんたちの仕事を間近に見て育ちましたので、職人さんたちの技をもっとオープンにして広く興味を持ってもらえたらいいなという思いをずっと持っていたんですよ。
曽祖父が起こした会社に入社して10年になりますが、5代目として会社を引き継いでからさらにその思いが強くなり、職人の技術や仕事を身近に感じてもらうにはどんな場所がいいだろうと考え続けてきました。
そんな中で、みなさんに気軽に立ち寄っていただけるカフェや職人体験施設を作ろうと思いついたんです。
――瓦は私たちにとって身近なものという感じはありますが、職人さんの仕事については知らないことが多いです。
普段、職人の仕事が一般の人たちの目に触れることってほとんどないですからね。しかし我々としてはこのままでは若い人材を確保するのがますます難しくなるという危機感があるんですよ。
――屋根への需要がますます多様化していく中で、伝統技術を活かせる場が少なくなっていたり、後継者不足や職人さん不足はどんな業界でも大きな課題になっているようです。
そうなんです。例えばうちで扱うのは主に愛知県の高浜で生産される三州瓦ですが、今でも国内の約8割のシェアがあるとはいえ産地の状況は厳しく、時代の変化とともに産業として成り立たなくなって廃業する業者さんが増えているのが実情です。
明治時代に瓦屋として創業した坪井利三郎商店は、120年にわたって一般の家屋から寺社仏閣関係、公共施設などの建物をたくさん手がけてきましたが、そういう現状を目の当たりにして、このままでいいのかという思いを強く感じます。
職人の仕事に対する
ネガティブなイメージを変えたい。
――そのためにはまず職人さんの仕事を知ってもらい、興味を感じてもらうことが大事だということですね。専門技術を生かせる職人さんの仕事は、大きなやりがいを感じられる職業ですし、そもそもものづくりってかっこいいですよね。
ところが一般的には建設現場での仕事にはネガティブなイメージも根強くて、職人のなり手が少ない理由にもなっています。昔から3K(キツい、汚い、危険)なんて言われていますが、これからはそれを、カッコいい〟〝稼げる〟みたいにポジティブな3Kに変えていきたいと思っているんです。
――具体的にはどんな取り組みをしていく予定ですか。
この場所を生かして、瓦屋さんや職人さんの仕事を間近に見ていただき、親しみを感じてもらえるような企画を定期的に実施したいと思っています。
例えば現場で使う足場を組んでその上を子どもたちに歩いてもらうとか、大工さんと一緒に瓦を葺く職人体験やDIY体験、瓦割り大会なんかもやってみたいです。うちには若手の職人がたくさんいますので、来てくださった方と交流をしながら、直接瓦に触れて楽しんでもらえたらいいですね。
「多能工」の時代に向けて求められるもの
――職人さんたちにとっても普段とは違う環境の中で自分たちの技や経験が生かせたり、子どもたちに注目されたりすることでより仕事に対するモチベーションが上がりそうです。
そうなればいいですね。これからの時代、どんな分野の仕事でも、たとえ職人のような専門職であっても「多能工」の時代になっていくんじゃないかと思っています。
うちもこれまでは屋根のことだけしかやってきませんでしたが、時代の変化の中でそれだけでは成り立たなくなってきて、太陽光パネルや板金など仕事の幅を広げてきています。その中で、職人の制度も少しずつ変えてきているんですよ。
――職人の制度というのは?
瓦職人の場合、これまでは寺社関係の屋根を手掛けなければ職人としてランクアップができなかったのですが、今の時代、お寺の仕事自体が少ないですからそこにこだわっていたら上に上がることができる人は限られてしまいます。お寺関係の仕事に携わる機会のない職人さんでも、経験に応じてランクアップできる仕組みに変えました。
――会社が時代に合った改革を進めていくことで、職人さんたちのやりがいにもつながりそうです。
僕自身もそうですが、うちの会社の社員や職人たちは基本的に寺社建築をはじめ伝統建築が好きなんです。ただ、そこにだけこだわっていたら飯が食えない時代になってきているのも事実です。
自分たちの好きな仕事や守るべき伝統を未来に残していくためにも、多能工として技術を身につけていこうという思いはみんな同じように持っていてくれると思っています。
――受け継がれて来た技を繋いでいくためには、時代に合わせて柔軟に変わっていくことが大切。そんな思いからこういう場を作られたということなんですね。
現場の仕事は大変で、内勤の方が稼げるといった世間一般のイメージを払拭して、職人になりたい!と思ってくれる若手を増やしていきたいです。
一人でも多く若い人材を増やすには、待遇も改善して仕事に対する気持ちから育てていくことが大切で、それが伝統技術を継承していく我々のような会社の使命だとも感じています。まずは自分たちの意識が変わらなければいけないという思いからこの施設を作りました。
「瓦んと」の存在がもたらす
職人たちの意識の変化
――KAWARANT?瓦んと=変わらんと!。名前に込められた思いがよくわかりました。
とはいえ、そもそもカフェをやることが目的だったわけではなく、カフェのアイデアが浮かんだのは、この作業所に長く勤めてくれた西永という社員の存在があったからなんですよ。
――西永さんは瓦の職人さんですか。
職人ではなくて、作業所開設の時から仕事を取り仕切ってくれた番頭さんのような人です。
敷地の隅に菜園を作って野菜や花を育てたり、現場で働く職人たちのために毎日美味しいコーヒーを淹れてくれたりとマメで面倒見が良く、定年退職されるまで職人さんたちに慕われていました。その西永と、よく「いつかはここで喫茶店でもやろうよ!」なんていう話をしていたんです。
――素敵なカフェが完成し、お客様も大勢来てくださって西永さんも喜んでいらっしゃるでしょうね。
僕が「瓦んと」の構想を伝えた時から満更でもない様子で、嬉しそうでした。退職した今はカフェスタッフとして実際に働いてくれています。
――そうなんですね。他の社員さんや職人さんたちの反応はどうだったんですか。
最初の頃は瓦の会社がカフェとかイベントって言ってもピンとこないみたいで、構想を話しても「社長は一体何をしようとしてるんだ?」みたいな反応でした(笑)。それでも職人さんたちに時間をかけて自分の思いを一生懸命伝えましたし、そうしているうちに徐々にみんなの意識も変わってきたような感じで、今はそれぞれ面白がってくれていると思います。
―普段は現場での仕事が中心だからこそ、お客様と直接関わる機会があることで気持ちがリフレッシュできたり、新鮮さを感じたりもできそうですね。
それでも実際に始めてみるまでは、職人たちが「自分たちには関係ない」という気持ちになってしまうのではないかという不安もありました。でも、カフェの厨房でひとりで奮闘しているシェフの姿や、営業がイベントの準備をしているのを見た時、職人さんがが手伝いに入ってくれたり、支え合う雰囲気が生まれているのが嬉しいですね。
歴史ある会社を守る誇りと覚悟を胸に
伝統の職人技を継承する「瓦んと」
創業120年余を誇る坪井利三郎商店の新しい挑戦の場、「KAWARANT~瓦んと」。
歴史ある会社を受け継ぎ守ってゆく使命と誇りを胸に、常に未来を見据え、職人ファーストの精神で変化し続ける若き5代目・坪井健一郎さん。
笑顔で語る言葉のひとつひとつが、若い職人さんたちが生き生きと活躍する未来を予感させるようでした。