【福島県西会津町】この美しい山々に囲まれた環境で、工房をひらきたい。やまあみ鞄製作所・片岡美菜さん
インタビュー
「職人として独立するために選んだ場所が、西会津でした」。そう話すのは、福島県西会津町で「やまあみ鞄製作所」をいとなむ片岡美菜さん。2020年夏に移住し、地域おこし協力隊の制度を活用しながら鞄工房を立ち上げました。日々、素材研究や商品開発に心血を注ぐ「鞄職人」でありつつ、1歳の男の子を育てている「母」の顔も持つ片岡さん。このまちを選んだ理由や、職人として、母としての生き方や暮らしぶり、考えている未来などについて話をうかがいました。
いくつもの候補地をめぐり歩いて見つけた西会津町
ダッダダダダダ…部屋の奥から聞こえてきたのは、ミシンの音。工房には、色とりどりの糸や型紙、革が並べられ、“ものづくりの現場”ならではの程よい緊張感と、訪れた人の創作意欲がかき立てられるワクワク感が感じられます。
「あ、こんにちは。どうぞ入ってください〜」と、ミシンを動かす手をとめて工房に迎え入れてくれた片岡さん。“職人”と聞くと、どこかお堅いイメージがありますが、片岡さんから感じるのは、綿のようにほわんとやわらかい人柄。しかし、その後の取材で、縫い針のようにスッとぶれない職人としての姿勢を感じることになるのでした。
− 今日はよろしくお願いします。ここが「やまあみ鞄製作所」の工房なんですね。建物に入ってくる時に、工房というよりも住居らしい感じがしました。
片岡さん:こちらこそ、よろしくお願いします。そう、ここはもともと住居だったんです。まちの人に聞けば、昔は駄菓子屋さんをやっていたりしたこともあるみたいで。私が引っ越してきた時は空き家の状態だったんですけど、1階の一部を工房として改修しました。この建物がある前の通りは「旧越後街道」でして、ここが宿場町だった時代から町の玄関口としていろんな人が行き交っていたそうです。
片岡さん:建物の奥側は、自分の住まいにしていて、1歳の息子と暮らしています。夫は、郡山市湖南町というところでワイン葡萄農家をやっているんですけど、西会津と湖南を行ったり来たりという感じですね。
− ではここが、片岡さんの住居兼工房なんですね。
片岡さん:はい。2024年6月に店舗スペースを設ける予定でして、今はその改修計画を立てているところです。もともとは店舗をひらく予定はなかったんですけど、工房を立ち上げてからたくさんの人が遊びに来てくださって。せっかく来てもらったのに、商品を手に取ってもらえる場所がないのもな…ということで、店舗をひらくことにしました。
− そもそもの質問ですが、片岡さんが西会津で工房を立ち上げた背景やきっかけを教えてもらえますか?
片岡さん:移住前は、東京にある鞄メーカーで働いていました。それまでは、教育系の業界やグラフィックデザイナーとして活動していたこともあったんですけど、鞄職人という生き方や、革という素材への興味がわいて、この道を歩み始めたんです。それで5年ほど職人としての経験を積んでみて、この仕事が自分に合っていたんですよね。「独立して、自分の工房をひらきたい」という志がわいて、構想を練るようになりました。
片岡さん:工房の場所は自然ゆたかな環境がいいなあと思い、西会津のほかにも全国各地の候補地を見てまわっていたんです。西会津のことを知ったのは、当時わたしが参加していた「地球のしごと大學」というスクールがきっかけでした。登壇者のなかに、西会津で活動されている方がいらっしゃって、その方の取り組みや思想がすごくおもしろくて。もともと、人と自然が共存する暮らしや、自伐型林業などに興味があったんですけど、わたしの価値観に共鳴するお話ばかりで、西会津に通ってみようと思いました。
− 西会津を訪れてみて、どんな印象を持ちましたか?
片岡さん:どの方角を見ても山が広がっていて、きれいだなって。ここに暮らして3年ほど経ちますが、いつ見ても「きれいだな」って思いますよ。毎日風景が変わるし、飽きないです。
− 西会津に工房をひらこうと思った決め手は何だったんですか?
片岡さん:自然がゆたかなのと、ふるくから受け継がれてきた手仕事や文化が残っていて、ここに集まっている人に惹かれたのが決め手かなと思います。例えば、ここにはものづくりの名人がたくさんいて。西会津って、縄文時代から栄えていた歴史があり、立派な火焔土器がたくさん出土しているみたいなんです。その土器のレプリカをつくれる方が町内にいらっしゃって。自分で土を採取して、粘土をこねて成形し、野焼きするんです。そんなことができるなんて、すごくないですか…?わたしも、その方にならって土器づくりを体験させてもらったのですが、とてもおもしろい経験でした。
− 縄文土器を手づくりできるって、すごいですね…!
片岡さん:それから、なんでも新しいものを買い揃えるんじゃなくて、自分で工夫して暮らしをつくっている人も多くて。お米や野菜などの食べるものから、服までつくれたり。このまちには、わたしのように移住してくる人も多く、「こんなことをやってみたい!」と志を持つ人が集まっているというのも、独立を目指しているわたしにとって刺激をもらえる環境だなと思いました。
片岡さん:鞄づくりに直結するところで言うと、「出ヶ原和紙(いづがはらわし)」という、江戸時代から続く伝統産業があるんですけど、その和紙を鞄に使ってみたいな、とか。あとは猪や鹿などの動物が田畑を荒らしたり人に危害を加えないように、猟友会や町の専門員の方が狩猟する「鳥獣害対策」をまちで行なっていると聞いて、その際に処分してしまう動物の皮を鞄に使えないだろうかというアイデアも浮かびました。
移住から工房立ち上げまで、1年がかりで準備。
− 片岡さんは移住と独立にあたって、「地域おこし協力隊」の制度を活用されたそうですね。
片岡さん:はい。協力隊の制度を使えば、毎月のベーシックインカムが支給されるのと、独立のための経費の一部が協力隊の活動費として計上できると知って、活用しない手はないと思いました。
− 慣れない土地に移住して、さらに独立してものづくりをする立場としては、経済的にも精神的にも安心できるし、前向きにチャレンジできそうですね。
片岡さん:そうなんですよね。わたしが移住したのが2020年8月だったんですが、当時はコロナ禍のど真ん中で。思うように工房の準備が進まなくて、苦労しました。住みつつ、工房として使える物件さがしと、空き家の荷物の片付けと、鞄づくりに必要な設備の導入と…地域の方や友人の手を借りながら1年がかりで準備して、2021年6月に工房のお披露目会をひらくことができました。
− ちなみに、「やまあみ鞄製作所」の名前の由来って何でしょう?
片岡さん:やっぱり、このまちの山の風景がとても好きで。それと、革を使った商品だけでなく、植物の葉やツルを使った草木編みもやってみたいと考えていて、それらをイメージできる「やまあみ」と名づけました。英語で書いてみると「YAMAAMI」なんですけど、なんだか山が連なっている風景に見えてきませんか?(笑)
− そう言われると、そんな気も…(笑)
素材から考える鞄づくり。
− 工房が完成してから、現在に至るまでの道のりを教えてもらえますか?
片岡さん:工房ができて、次の目標は「やまあみ鞄製作所」のオリジナル商品をつくることでした。会津の自然や文化を生かした商品にできればとイメージを膨らましつつ、鞄に何の素材を使うのかを考えるところからのスタートでしたね。そのために、裏庭で畑を耕して和綿を育ててみたり、近所の方から着物や木綿などの古布を譲っていただいたり、「出ヶ原和紙」を使ってみたり。車を走らせて、草木編みの技法を学びに出かけたりもしました。
− 先ほど、鳥獣害対策で捕獲された動物の革を使うアイデアのお話がありましたが、それは実現されたんですか?
片岡さん:はい。まちの猟友会や専門員の方と連絡を取り合い、害獣の皮を譲ってもらえることになったんです。通常なら、捕獲された害獣は埋葬されてしまうんですが、活かせる部分は利活用させてもらいたいと思いました。
片岡さん:害獣が捕獲されたら連絡をもらい、皮を取りに行くんですけど、まだ肉片が残ったりしていて。それを削いで掃除して、鞣し(なめし)工場に送ります。最初は、この仕事が結構キツくて…。でも、いのちをいただくって、こういうことなんだなと。無駄にはしたくないという想いでやっています。
− この取材中も、作業されていますけど…初めて見る方には、ちょっとショッキングに感じるかもしれません。でも、わたしたちが手に取る革製品は、すべてこの工程を経てつくられているわけですね。その過程をご自身で手がけられているというのは、つくり手としての誠意や覚悟を感じられます。
片岡さん:そう思っていただけたら、ありがたいです。ここに届けられるのは、猪や鹿。それらから生まれた「革」を「ジビエレザー」と称して、ヘアゴムや名刺などの小物製品をつくりました。
− 手になじんで、すごくやわらかい…!とても、あたたかみを感じられる商品ですね。
片岡さん:ありがとうございます。今は販売されている店舗が限られているんですが、ありがたいことに嬉しい反響をいただいています。特に名刺入れは、お客様からのご要望の声からつくった商品なんです。ギフトに選んでいただけることも多く、本当に嬉しいかぎりです。
1歳児の、母としての暮らし。
− 片岡さんには1歳の息子さんがいると聞いています。子育てと、ものづくりの両立は大変ではないですか?
片岡さん:西会津には、「こゆりこども園」という保育園がありまして、生後半年以上の子どもは無料で預かってもらえるんです。うちは夫が仕事で不在にしている日が多いので、保育園が町内にあるのは便利ですし、経済的な負担もなくて本当に助かっています。
− 無料は助かりますね!じゃあ、朝に保育園へ行って預けて、日中は仕事をし、夕方にお迎えに行くという流れですか?
片岡さん:そうですね、平日はそんな感じです。週末は夫のいる湖南町に行ったりして、リフレッシュしています(笑)。
− 出産の時期は、お仕事はどうされていたんですか?
片岡さん:協力隊の制度としては休暇をもらいまして、実家のある神奈川へ里帰りしました。休暇中、出産予定日の前後60日は育休産休手当を支給いただいてありがたかったです。
− 子育てする上で、西会津の環境はどう感じますか?
片岡さん:これは出産前から感じていたのですが、地域の皆さんは本当にやさしい方ばかりで。仕事や暮らしに困りごとがないか気にかけてくれたり、「美菜さん野菜いる?」って、お裾分けしてもらったりと、あたたかく寄り添ってくださっていることに感謝しています。夫が不在にしていることが多いので、大変じゃないと言えば嘘になりますが…(笑)。会う人会う人、息子のことをかわいがってくれますし、先ほどお話したようにまちのサポート体制も手厚いので、子育ての土壌としてはいい環境だなと思います。
2024年6月頃にブランド&店舗をお披露目予定!
− さいごに、これからの展望や目標を教えてもらえますか?
片岡さん:協力隊は、着任してから最大3年間が活動期間なんですけど、わたしも残すところ数ヶ月となりました。今、必死になってつくっているものがありまして…
− これは何でしょう?
片岡さん:新ブランドの立ち上げにむけて、ブランドのイメージや商品企画を進めている最中なんです。この3年間、西会津産のジビエレザーや出ヶ原和紙をはじめとして、いろんな商品を手がけてきましたが、「やまあみ鞄製作所」らしい世界観とはどんなものなのか、どんなメッセージをお客様にお伝えしていきたいのか。改めて考えを深めつつ、かたちにしようと、トライアンドエラーを繰り返しているところです。この設計図は、ボツ案のものですね(笑)。
− お!どんなブランドなのでしょう?
片岡さん:2024年6月にブランドを発表する予定でして、ぜひ楽しみにしていてください(笑)。コンセプトは、素材をじかに感じられるもの。この商品には、どんな素材が使われているのか、それはどこで生まれたものなのか。ものの流れや背景が分かる、トレーサビリティを重視したブランドを構想中です。ちなみに、ブランド名は決まりました!
− き、気になります…!
片岡さん:ブランディングにあたっては、西会津の協力隊仲間を通じて知り合ったブランディングの専門家の方にサポートいただき、ビジュアルイメージの作成は、元・協力隊の友人に手伝ってもらっています。
− 人のつながりの中で、ブランドがかたちづくられていますね!
片岡さん:そうなんです。そうやって周りの人に支えてもらっているのは心強いんですが、肝心の商品がなかなか完成しなくて…。
片岡さん:“やまあみらしさ”って何だろう、とか。象徴的なステッチを入れた方がいいかな、とか。いくつかサンプルをつくってみたものの、なんだか納得いかなくて。産みの苦しみを味わっているところです(笑)。
− 6月が待ち遠しいですね〜!
片岡さん:もう一つ、ブランドを立ち上げる予定でして。これも、正式には6月に発表予定ですが、農業や狩猟に関わっている方にむけた商品シリーズをつくろうと思っています。実際に、完成したものがあるんですよ。
片岡さん:これは、猟師さんが使う銃弾を持ち歩くための「弾帯」です。いつも、害獣の皮を提供いただいている西会津の猟師さんへお礼の品としてつくったものなんですが、このアイテムをきっかけにシリーズ化してみようと思いました。これは猟師さん用ですが、農業をされている方の作業に寄り添うようなアイテムなどをつくりたいと考えています。詳細は、正式発表を楽しみにしていてください(笑)。
− とても素敵なアイデアですし、佇まいがかっこいいですね…!
片岡さん:ありがとうございます。こうしたブランドの商品を展示販売できるように、店舗の開店準備も同時並行で進めています。これまでは工房のみだったんですが、新しく店舗スペースを設けることにしました。ゆくゆくは、会津や福島県で出会った作家さんとのコラボ商品や、この地域由来の素材でつくられた商品を定期的に入れ替えながら、ギャラリーのように楽しめる場所をつくれたらと考えています。「会津のものづくりギャラリー」みたいな感じですかね(笑)。
− どんどんアイデアが膨らんでいきますね!こうしてお話を聞いていると、苦労がありながらも片岡さんの夢が次々に実現されているなと感じます。
片岡さん:そうですね。移住した当初から、こうなればいいな、できたらいいなとイメージしてはいたのですが、周りの方々のサポートもあってかたちにできています。それとやっぱり、「地域おこし協力隊」の制度は、わたしの活動を拡張させてくれる大きな支えになっています。
− 西会津って、観光地でもないですし、商業よりも農林業が盛んな地域ですし、この場所で独立するのはリスクも大きいという側面もありますよね。でも、ここで何かやってみたいなと思う人のチャンスや成長を、経済的にもサポートしてくれる心強い制度だと思いました。
片岡さん:実際に、そういう意欲のある人がこのまちに集まってきているのも魅力だと感じます。もし、西会津に興味がある方がいれば、ぜひその際には「やまあみ鞄製作所」に遊びに来ていただきたいです。
【令和6年度・西会津町地域おこし協力隊を募集しています!】
西会津町では、外部からの人材を積極的に誘致し、その人材の定住・定着を図るとともに町外からの視点や情報発信力、独自の技術などを活かした地域活性化に向けて「地域おこし協力隊」を採用しています。現在は、総勢9名の地域おこし協力隊が町内外で活躍しています。多くの先輩隊員と一緒に仕事ができることも西会津町地域おこし協力隊の魅力の1つです。(西会津町地域おこし協力隊の皆さんについては紹介ページをご覧ください)
令和6年度の募集分野数について、現在8分野で募集中です。なお、町HPをご参照ください。 各募集分野に興味関心のある方はもちろん、自身のスキルやアイデアを地域の活性化に生かしたい方、何か新しいことにチャレンジしてみたい方などを募集しています。新規学卒者の採用実績もありますので、ご興味がある方は「西会津町役場商工観光課/西会津のある暮らし相談室」までお問い合わせください。