ローカルエネルギーで「湯」と「銭湯業界」を沸かす。 /pocapoca御経塚の湯
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街の銭湯が減少の一途を辿りだして久しい。石川県内でも1969年の294軒をピークに、現在は37軒までに減少しているという。経営者の高齢化と後継者不足、そこに昨今の燃料費の高騰が追い討ちを掛け、そのスピードに拍車がかかる。
こうした銭湯のニュースはノスタルジックな物哀しさとともに語られがちだが、そんな中「銭湯は95%が粗利。こんな良い商売、なかなかないよ!」と、“打出の小槌”の如き景気の良さで銭湯を語る“翁”がいる。「pocapoca御経塚の湯」と「pocapoca諸江の湯」を経営する「ユーアンドゆグループ」代表の松永日出男さんだ。
松永さんは「廃材チップ」と放置竹林の「竹チップ」を混焼して湯を沸かすというCO2削減にも同時に取り組んでいて、全国からの視察も絶えない。「黒字経営」と「再生可能エネルギー化」の二兎を見事に捉えたその秘訣をうかがいに、「pocapoca御経塚の湯」に松永さんを訪ねた。
燃料は「廃材チップ」と「竹チップ」
取材当日、pocapoca御経塚の湯の扉には「臨時休業」の張り紙が(ボイラー点検のため)。待ち合わせまでのわずかな間、何台もの車が停まってはその張り紙をみて肩を落として帰っていった。地元の人に愛されていることが、束の間でもよく伝わってくる。
銭湯に隣接する倉庫から「あら、今日取材でしたかね?」とニコニコと出迎えてくれた松永さん。そして奥へと通してもらうと、いきなりうづ高く積まれたコンテナ一杯の「廃材チップ」に圧倒された。そしてさらに上部のコンテナには「竹チップ」が詰まっているという。
この「廃材チップ」と「竹チップ」という再生可能エネルギーが、pocapoca御経塚の湯の燃料のすべてであり、グループを黒字経営に導く“宝の山”だ。
「このコンテナ一杯の容量は10立米くらいかな。これでだいたい1日半くらいはもつね」と松永さん。
廃材チップは解体現場などから出た廃材をチップにしてもらって譲り受けていている。廃材は解体業者が産業廃棄物として処理する場合数万円の処理費がかかるが、こうして燃料として利用されればその費用が浮くので互いにウィンウィンなのだという。ちなみに一日にかかる燃料費に換算すると、たったの1,500円程度で収まるというから驚きだ。
荒廃竹林と、熱エネルギーとしての竹のポテンシャル
そして竹は金沢市四十万地区の荒廃竹林で伐採されたものを使っている。放置された竹林が日本各地の問題となっている一方、竹は木質廃材の2倍のエネルギー(同一重量で比較した場合)を発生できると注目もされている。
しかし、竹を燃料として使うには固有の問題もあり、燃えた後にガラス状の灰(クリンカ)が固着してボイラーの窯を傷めやすいため、燃料としての利用は一般的には普及していなかったが、「金沢市民発電所」(以前のreallocalでの紹介記事はこちら)とpocapoca御経塚の湯との3年にわたる調査と実証実験の結果、「混焼」することで一般的なボイラーでも竹を燃料としてつかえることを証明して見せた。(廃材5:竹1が最適解とのこと)
廃材チップと竹チップに燃料を変えることによって、重油の場合と比較して年間約500トンのCO2の削減に成功している。
IoTシステムでボイラーを遠隔管理
さらにpocapoca御経塚の湯がすぐれているのは、ボイラー制御システムにIoT管理を導入してる点だ。
「これまでは1日に10回くらい、カマの様子を見に行き来していたんですが、IoTを導入してからは、自分のスマートフォン上で状態が確認できるし、操作もできるんですよ。それは楽になりましたよね」と松永さんも笑顔を見せる。
再生可能エネルギーを長く日常的に活用していくためにも、「日々の管理が“楽”である」ということは、侮ることができないとても重要なポイントだ。
こちらの制御システムも金沢市民発電所によって開発されたもので、一般的なボイラーに「後付け」できる点でも優れている。IoTを内蔵したボイラーも販売されているが非常に高額なため、いきなり導入するにはハードルが高い。しかしこれならば、後付け&低予算で導入できるので、後継者の目処が立っていない(投資に踏み切れない)銭湯でも取り入れやすいのだという。
ドイツでみた、あたりまえに再生可能エネルギーがある暮らし
実は10年以上前は、松永さんも重油を燃料に湯を沸かしていた。しかし視察で訪れたドイツで、現地のエネルギー事情に触れ、大きくその意識が変わったという。
「木質チップの燃焼機と、太陽光と、太陽熱。ドイツではこの3点セットをIoTで回しながら、大きな工場から普通の会社、ちょっとした事務所まで、だいたいどこも自分達でエネルギーを回してたんです。それも普通のこととして。もう12年も前の話ですが、日本の現状との落差に驚きましてね」
そこで、自分ができるところからと銭湯への廃材チップの導入を進め、金沢市民発電所からの声掛けにより竹チップの導入、そして現在のIoT管理へと漕ぎ着けた。「よい方々に上手く出会えたものだなぁと。なんでもNOと言わない精神でやってきたのがよかったのかな」と笑う松永さん。
「稼げる&持続可能な銭湯」で現代のロールモデルに
松永さんは現在、銭湯経営者に自身のノウハウを惜しげもなく広げている。そもそも再生可能エネルギーへのシフトに取り組み始めたのも、環境問題の意識からだけではなく、「銭湯業界の未来」を危ぶんでのことだった。
「本来『銭湯』って、『割のいい商売』だったはずなんです。自分達で薪を集めて、井戸水を沸かしていれば95%が粗利になる。だから北陸の人たちはこぞって東京で銭湯事業を始めたわけじゃないですか。でも二代目、三代目になるとだんだん楽することを覚えて、薪から重油へと変わったりしていったり、あとは家族経営的になってしまって、家族に負担がかかってくるようなやり方だと長く続かなかったりね。事業をスケールアップして、自動化していけば絶対に生きていけるはずなんです。銭湯って、ほんとうに“やりよう”ひとつなんですよ」
日本人の“IoTアレルギー”を克服して
現代における「稼げる銭湯」のロールモデルを示す。それも、環境に負荷をかけない持続可能なエネルギーで。そんな想いで先陣を切って新たな取り組みに挑戦してきた松永さん。都市部からの視察など環境分野からの関心は高いが、地元の銭湯同業者の反応は意外にも芳しくなく、なかなか導入は進んでいないという。
「やっぱりIoTとか、そういった新しいものに抵抗感があるみたいですね。『今のままでも商売ができてるから必要ない』という意見も多いです」とその理由を話す松永さん。銭湯経営者の多くが高齢なこともその一因と思われる。
以前このIoT制御システム開発者の金沢市民発電所のエンジニア・田中さんを訪ねた際も「日本では“IoT”というものに馴染みがない人が多くて、敷居が高いと思われているんですよね。使ってみないことにはその便利さも実感できないので、なかなか導入に踏み切れない。卵が先か鶏が先か、という状況です」という話をうかがった。
その誤解を解くためにも、松永さんは行く先々でスマートフォンを見せては、その便利さを説いて回っている。
「小さき者たち」の生存戦略を
「スーパー銭湯が一軒できると、まわりの小さな銭湯10軒くらいは消えてなくなるわね。それはスーパーができたら、八百屋さんがなくなる構図と一緒で。でも、もう『大きいことは良いことだ』という時代ではないでしょう。ここまできたら。大企業と我々零細企業がイーブンになるような社会にしていかないとね。将来子供たちが何かビジネスをするときに、『大きい企業にみんな抑えられている』みたいな街はいやでしょう。子供らが夢をもてるようにしていかなきゃいけませんよね」と語る松永さん。
世界情勢をはじめ、一個人ではコントロールしようもないものに運命をあずけるようなエネルギーではなく、自分達の近場で手に入る、それも「あまっているもの」で湯を沸かす。それは銭湯に限らず、小さな事業者が自立し、生き残っていくためのひとつの武器となってくれるはずだ。
「粗利95%」で「環境にもお財布にも優しい」。現代の“おとぎばなし”のようなこのお話は、もちろん松永さんの類稀なる“運動量”に支えられて実現に漕ぎつけたことは前置きした上でも、各地域で再々可能エネルギー銭湯が展開されることを願ってやまない。松永さんはそのノウハウの全てを惜しげもなく伝授してくれるはずだ。
(取材:2023年11月)