【鹿児島県鹿屋市】農福連携をまんなかに心の垣根を越え、お互いの良さが引き出される風景を日常へ / 株式会社ひまわり農苑 結城康文さん
インタビュー
鹿児島県鹿屋市を中心に自社の農業経営に加え、地域の農家と連携し、農業の担い手不足や耕作放棄地解消に向けた取り組みや地域コミュニティ維持に励む『株式会社ひまわり農苑』(以下:ひまわり農苑)取締役の結城康文さん。そんな結城さんから現在のお仕事に至った背景等についてお話を伺いました。
ご縁で繋がった現在地
三重で生まれ育ち、20代後半まではサッカーに関わる人生を歩んでこられた結城さん。
10代の頃にはブラジルへ一時期留学し、社会人になってからはコーチとして子どもたちに指導をされていたそうです。
しかし、お父様が病気になり、その看病のため、生活スタイルを変えざるを得なくなり、それが今の農福連携の道を歩む転機となったといいます。
「父の面倒を看れるようにサッカーの道から離れ、時間に融通が利く仕事をしていました。そんな時、私のことを昔から気にかけてくれた友人と再会したんです。でも、その友人は心が病み、引きこもりになっていました。」
「ちょうど、実家が農家だったので、一緒に手伝わないかと声をかけました。そのタイミングで他にも出会いも重なり、地域の困りごとに自分たちがコミットして、それらを解決できる一助になれたらと思うようになり、会社を立ち上げ、農業を小さく始まることにしました。」
「数年した頃、事業がうまく軌道に乗らず悩んでいた時、社会福祉協議会に勤めていた友人を通して農福連携(※1 以下:農福)を初めて知ることになります。それが10年ちょっと前のことです。」
(※1)農業と福祉の連携。障がい者が農業分野での活躍を通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組み。
会社を創業し、数年経ったある日。
結城さんに異変が出てしまいます。
今、当時を振り返ると周囲の人から見ても明らかに「おかしい…」と心配されるほど、
常に何かに追い込まれた状態だったのだとか。
「様々なことが重なり精神的にもかなり参っていた時期で、その頃の記憶がほとんどありません。心配してくれた家族が話し合ってくれて、三重の精神病院に入院後、2017年に春に鹿屋の社会福祉法人が運営する施設へ入所することになりました。」
「そこは今勤めるひまわり農苑のグループ法人でもある社会福祉法人敬心会(以下:敬心会)でした。入所するなり、理事長と施設長が温かく迎えてくれました。そのお二人は今でも大変お世話になっている僕にとって恩人の方々です。」
「入所したのは桜の時期でした。その年は桜が全国的にあまり咲かないとニュースになっていたのですが、精神病院では一輪の花びらが、そして、鹿屋の施設では桜の花が想像以上に咲いていたんです。」
「それまでの三重での毎日が雲を掴むような、なにか歯車がかみ合わないような日々に感じていた自分にとって、その風景に“ここで一花咲かせなさい”と言われているようで、背中を押してもらったと感じたし、あの感覚は今でも忘れません。」
お互いの中にあるものを引き出す
利用者として入所後は就労移行支援(※2)を活用し、地元農家の手伝いや施設内の草刈りを通し、少しずつ社会復帰に向けて歩まれました。
2年程経ち、理事長や施設長の後押しもあり、グループ会社でもあるひまわり農苑の役員として、現在に至るまでご利用者や会社のサポートに従事されています。
「今の仕事はサッカーのコーチ時代と通ずるものがあり、教育や指導というと一方が教える側(与える側)で一方が教わる側(受け取る側)といったイメージがありますが、自分は利用者さん(コーチ時代なら生徒)に対してそのような捉え方で現場に臨んでいません。」
「その理由のひとつに英語でいう“education”(教育)はラテン語の‘‘引き出す“が語源であるという事があります(※諸説あり)。私が一方的に何かを与えているわけでもないし、逆に与えられることも多い。今でも日々の試行錯誤がありますが、関わる同僚やご利用者さんの良さをお互いに引き出し合える環境を整え、そんな雰囲気の中で農福連携を実践していくことが今の自分のお役目だと感じています。」
「三重では私自身が病んでしまい、事業が立ち行かなくなってしまいした…。でも、なにか見えない流れの中で、暮らす場所や関わる人が変わっても、思い描いていたことが鹿屋でもできる土壌があるというのはとても不思議だし、ありがたいことです。単なる仕事の枠組みを超えて、かけがえのないライフワークとして本当に人生をかけていくことだなと感じています。」
(※2)障がいのある人が働くために必要なスキルを身につけるトレーニングや、就職活動のサポートを受けられる「通所型」の障がい福祉サービスのこと。
利用者と職員。
福祉の現場では、その2つの立場に分かれてしまう印象ですが、
そのどちらも経験されている結城さんだからこそ考える理想像がありました。
「太陽の丘にはご利用者さんが活動するスペースと職員が業務をおこなう事務室を仕切るカウンターがあるのですが、利用者時代にそのカウンターが目に見えない高い壁があるように感じたんです。職員との関係が悪いとかどうこうではなく、言語化できないのですが、なんとなくそっち側へ越えられない壁を無意識に感じちゃって…。」
「今となっては、そこは感じなくなったのですが、なかには私みたいに壁を感じるご利用者さんもいらっしゃるかもしれません。そういった心の垣根をどうやったら無くせるか。そこは常に模索中です。」
「また、あるご利用者さんとコミュニケーションをとっていると、見透かされているなと感じる瞬間があります。何も言葉を交わすわけではないですが、僕を見ている雰囲気から忙しさに追われている自分に気づかされることもあって。」
「“一旦深呼吸して冷静になろう!”と思わせてもらって、本来の自分を取り戻せてもらえたと感じました。他の利用者さん達と接していてもホッとすることもあるし、毎日が飽きないです。それが今の私の原動力なのかもしれません。」
「ご利用者さんと心の垣根をなくすことを意識しています。皆さん、いろんな生い立ちがありますし、言葉にはできない苦しいことも多いはずです。それでも、その中から小さくても一歩踏み出せたらその人の成長に、延いては財産に繋がると思うんです。」
「彼らは決して”可哀そうな人達”でも”安価な労働力”でもありません。仕事の現場や日常生活の中で日々を共にしていると文字通り魂を燃やしながら日々を重ねている姿に自分を重ねてしまったりします。そんな彼らと共に“今までの自分(達)からちょっとだけはみ出てみる”、“だけど疲れたらいつでも戻れる、心地の良い場所”を。そんな心持ちの集団を農福連携を通じてつくっていきたいです。」
農福連携を日常に
現在、結城さんは『大隅半島ノウフクコンソーシアム』のメンバーとしても活動されています。今年で3年目になるのだとか。
心強い行政職員きっかけで
大隅半島を舞台に農福に取り組む有志と出会い、それまで点でおこなっていた農福を面的な活動にしていく為に大隅半島ノウフクコンソーシアムが設立されました。
「大隅半島には精力的に農福に取り組まれている事業者さんが多く、そういった方々を線と線でつないで面とし、農家さんの抱える課題に解決に結びつけれるのではないかと思っています。」
「また、いわゆる“よそもの”の自分にとっては大隅半島ノウフクコンソーシアムがなければお会いする事も、お話できる事もできなかったような、大隅半島の名だたる法人様や地域でご活躍されている皆様と接点がもて、現在では日々のお仕事でもお世話になれている事は大変ありがたいです。」
「メンバーの熱量はとても大きく、本業の合間を縫って、各地のイベントに出店したり、先進地へ勉強しに行ったりしています。土地が違えば課題も取り組みも違っているので、現地の方から頂いた熱量を地域に還元し、貢献したい気持ちで臨んでいます。」
「最近よく目にするカタカナのノウフクは“いろんなものが垣根を越え、ごちゃまぜになって共生社会をつくろう”という理念があると聞いています。そこにとても共感していますし、自分自身もその一部でありたい。」
「究極的にいうと、農福という言葉がなくなってしまえばいいと思っています。それぐらい、地域の日常の中で当たり前のように溶け込んでいけるようにしたいです。」
「昔、サッカーでブラジルへ留学した時に自分と同じ十代そこそこの同世代の選手が自分のアイデンティティを確立し、サッカーに向き合っている姿を目にし、とても大人に見えて“日本人の自分には何もない”と劣等感を感じたことがありました。でも、農福の概念に触れ、今のお仕事をさせてもらううちに“農福は世界に誇れる仕事だ!”、大袈裟に言えば“日本にはノウフクがある!”と思えるようになったんです。」
「鹿屋に移住し、そんな心持ちになれたのも、鹿児島で出会ったご利用者さんや同僚に仲間、三重の家族、友人のおかげです。本当、尊い仕事をさせてもらっています。」
鹿屋を中心に、多岐にわたる展開することで
常に新しい道を拓き続けている結城さん。
最後に今後の展望について伺いました。
「今は農業と障がい福祉の2つの領域が交わるところでお仕事をさせてもらっていますが、まだまだ私の知らない分野で様々な事情を抱えた方々の社会復帰支援をされている事例も耳にします。ほんの少しずつだと思いますが“疲れてしまったら、一緒に休もう”と想いを共にし、自分(達)の可能性を信じて“少しはみだしながら”前に進んでいける仲間づくりを、農福を軸にできたらと考えています。」
「地域の農家でもある今村製茶さんと商品開発したイマ×ヒマクッキーがあります。それがきっかけで農家さんからの相談が増えてきました。農福連携の意義が地域の方々に少しずつ浸透しているのを実感しています。まだまだコミュニケーションをとっていかないといけない部分は多いですが“地域課題を解決するひとつの糸口”としての可能性を感じているところです。」
「組織や職種、地域といった枠組みを越えて一緒に取り組むことは容易ではないのはわかっています。ただ”難しい”で終わってしまうと思考停止になってしまうので、今のお仕事に最大限コミットしつつ、これからも可能性しかない農福連携の現場に携わっていけたらと思っています。」
屋号 | 株式会社ひまわり農苑 |
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住所 | 鹿児島県鹿屋市西原4丁目12-15 |
備考 | ●大隅ノウフクコンソーシアムについて HP SNS https://www.instagram.com/onc_2021/ ●日本基金HP(ノウフクの理念等が記載されています) ●イマ×ヒマ クッキーについて 農産物直売所「かやの郷」で購入できます。 |