real local 山形山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん - reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん

インタビュー

2024.05.15

山形市平清水地区で明治時代から続く窯元〈平清水焼 青龍窯〉。雪解けの山々をイメージした「残雪」という名の釉薬を特徴とし、まるで雪の下から土がのぞくようにうっすらとかかった白が印象的です。千歳山から採取した土を使い、土地に根ざしたものづくりを続けるということや、歴史や伝統を重んじながらも次代に伝えることについて、現在5代目とともに作陶する6代目の丹羽真弓(にわ・まゆみ)さんにお話をうかがいました。

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
東北の早春の風景を想起させることから「残雪(ざんせつ)」と名付けられた釉薬(ゆうやく)。器の表面に鉄分が滲み出ることで、やわらかな風合いの白を表現している。

ものが生まれる「音」に誘われて

たったひと月のあいだにも、どんどん加速していく山形の春。取材時はまだ冬が色濃く残る3月。それが4月ともなると、山の麓では雪解けの水が川に向かって流れ出し、街のあちこちで草木が芽吹き、気付けば桜もすっかり満開に。桜が散り始めると、こんどはあちこちで山菜がぽこぽこと顔を出します。青龍窯の代表作である「残雪」はまさに、雪国の冬から春にかけての「あわい」を宿した器でもあります。

初めて青龍窯を訪れたとき、印象的だったのは「ダンダンダンダンダン……」と響き渡る音。音の正体を訊ねると、粘土の原料となる陶石を粉砕機で細かく砕いているとのこと。さらにその石は、千歳山から採取しているといいます。すると、青龍窯の丹羽真弓さんからこんな提案が。

「もしよろしければ、採取場所に一緒に行ってみませんか。ここから車で10分ぐらいのところです」

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
微かに春の気配を感じながらも、山の麓にはまだ雪が残る3月の山形。青龍窯の代表的な作風である「残雪」は、雪国ならではの風景から生まれた。

真弓さんがひょいと連れて行ってくれたのは、平清水焼の原料となる千歳山の原土の採取場所。足元に転がっていた小さな欠片を手に取ると、白っぽくさらさらとした質感がありました。

「今は自然保護の観点から、岩を削ったり掘ったりするのはダメなんです。要するに焼き物の原料として使って良いのは、露出した岩から崩れ落ちた部分だけということになっているんですね。ただ、それだと原料にも限りがあるので、そこはちゃんとこれから考えていかなきゃいけませんよね」

山形市のシンボルとしても親しまれている千歳山はそのほとんどが国有林であるため、石を採るにあたりルールが存在します。一方で、素材である土を生かした焼き物を作る窯元にとってはそれが死活問題になり得るという可能性も。自然と伝統工芸が共存していくための持続可能な形が、今後は求められていくだろうといいます。

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
器のふちの厚みや粘土の硬さなど細かい状態までわかるため、ろくろをひくときには「とにかく手の感覚が大事」と話す、6代目の丹羽真弓さん。

個人作家ではなく「焼き物屋」になりたかった

「ろくろの作業は普段使わないような筋肉を使うっていうか、形がぶれないように集中力が要りますね。手で形を作りながら、車を運転するときのアクセルみたいな要領で足でペダルを踏んで、回転のスピードを調節しています」

土の塊をさわるときの「ぺた、ぺた」と水分を含んだような音。それが不思議と心地良く、ろくろ台が回転するや否や、手の中ではあっという間に新たな形が生まれていきます。この日行っていたのは湯呑みの制作。ろくろでひいた器は乾燥させたあとに素焼きを行い、釉薬をかけて本焼きの工程に入るといった流れです。

「うちの窯はろくろ成形なので、山形市内にある東北芸術工科大学の芸術学部美術科工芸コース(在学当時の名称)で陶芸を専攻して、基本的な技術や知識を身に付けました。とはいっても細かい手順から手の角度にいたるまで、大学で作るのと窯に入って作るのとでは全然違いましたね。そもそも青龍窯では粘土を作るところから始まるので、窯での作り方は大学卒業後に一から学びました」

生まれも育ちも山形で、実家は窯元。そんな環境もあり、子どものころから周囲には陶芸家になると話していたという真弓さん。陶芸の道を志したのは高校卒業後の進路を決めるとき。青龍窯を継ぐことを決意し、陶芸を学べる学科がある東北芸術工科大学に入学します。

「ときどき『自分の作品は作らないの?』って聞かれることもあるんですけど、私の場合は初めから家業でもある窯の仕事をやっていきたいっていうのがありました。個人の活動をするにしても、得意分野はろくろですし、自分が作りたいものの方向性は窯で作っているものとあんまり変わらないんですね。作家性が強いものよりも、日常の暮らしの中で用途性があるものを作りたいと思っています」

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
「残雪」の釉薬をかけている様子。これを陶磁器の表面に施し高温の熱を加えることで、ガラス質の層となる。

通常、ろくろをひくときは「水挽き(みずひき)」といって水を使って成形するのが一般的。平清水焼の窯元ではさらに滑りを良くするために、水に「ふのり」を煮溶かしたものを混ぜて使うのだそうです。

「なかなか扱うのが難しい土なんですよね。この作業場の建物は築90年以上になるんですけど、冬になるとすんごい寒いんです。ストーブ3台ぐらい焚いても13度ぐらいまでしか上がらない。指も動かなくなるし、ふのりも固まるしで、もうたいへん(笑)。作れる環境があるのはありがたいことですが、この先もずっと作り続けていくとなると建物や設備のメンテナンスも必要になってくるだろうから、今から覚悟している部分もあります」

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
こちらは本焼きを終えた「残雪」の器。同じ釉薬を使用しているものの、そのときの窯の中の温度によって色や結晶の出方が微妙に異なる。

「ある程度は焼き上がりが安定するように調整するんだけど、毎回おんなじことをやっていても、こればっかりは窯を開けてみるまではわからない。要するに火の動き次第なんですね。窯の温度が高いところは青みが強くなって、低いところは白っぽくなるんです」

窯の扉を開けながら説明してくれたのは、真弓さんの父であり5代目窯主の龍平さん。この「残雪」という釉薬が生まれたのは今から50年以上前なのだそう。土に含まれる鉄分を梨の表面のように見立てた「梨青瓷(なしせいじ)※現在は一時生産中止」の生みの親でもある、3代目の龍之介氏と4代目の良知(りょうち)氏によって創り出されました。

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
右上_粘土の原料となるのは千歳山の陶石。白っぽく鉄分を多く含んでいる(井上撮影)。右下_青龍窯から見える千歳山。左上_陶石を砕いて水と混ぜて泥状にし、水切りをしている状態。「土には温度や湿度が大きく影響するため、粘土を作るときや制作の予定を立てるときはいつも天気予報とにらめっこです」(真弓さん)。

平清水焼のルーツと青龍窯のはじまり

平清水焼の起源は、江戸時代末期に陶工を招いて千歳山の土で窯業を行ったのが始まりといわれています。以来、それぞれの窯元が地元の土を生かした独自の作風を生み出し、最盛期は30軒以上もの窯元が存在しました。現在は青龍窯と七右衛門窯の2軒のみ。それぞれに違った作風でものづくりを続けています。

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
1970年にできた青龍窯のギャラリーショップ。「残雪」はもちろん、別の釉薬「梨青瓷」の作品も展示。その昔、登り窯があったころに使用していた棚板を店舗の床に使っている。

明治時代、丹羽助氏によって開かれた青龍窯。初めは平清水の「清」と3代目窯主の龍之介氏の「龍」の字を取った〈清龍堂〉を屋号としていたものの、火を使う立場で「さんずい」はないほうが良いとの考えから、現在の〈青龍窯〉になったのだそう。

「元々は祖母の家系から始まっていて、祖父がお弟子さんの一人でお婿さんとしてやってきたんです。今は完全に家族経営で父が5代目になるんですけど、私が子どものころや大学に入るぐらいまでは職人さんも何名かいらっしゃいました。皆さん黙々と作業していたので、幼いながらも工場や仕事場は入っちゃいけない場所っていうイメージがありましたね」

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
くぼみがアクセントになった丸小鉢はさくらんぼのような形にも見える(右)。漬物やごはんのお供、果物など何でも似合う角小鉢(左)。

使うほどに手放せなくなる、いつも傍らにある器

簡素かつ優美な作風が季節の食卓や草花の彩りを美しく引き立てる、青龍窯の器。普段使いから贈り物まで幅広い用途で親しまれています。現在は山形市内や県内外の取扱店だけでなく、料亭や蕎麦屋などの飲食店や宿泊施設でも利用されているほか、意外なところでは〈Q1〉の廊下に設置されているランプシェードも青龍窯で作られたものだったりします。

私自身、普段は大きさの異なる鉢を愛用しており、小さいものには漬物や薬味、中ぐらいのものにはおひたしや煮物、あるいは季節の果物などを合わせて楽しんでいます。最近では自由かつカジュアルに使う場面が増え、たとえばデザートを食べるときに使ってみたり、おつまみやスナックを盛ってみたり。水を張って花を浮かべたこともありました。何でも自由に使って良いんだと思わせてくれる、使い手が楽しめる余白があるのも大きな魅力です。

「湯呑みを小鉢的に使われる方もいらっしゃるし、いろんな使い方をしてもらえるのは嬉しいです。国内だけじゃなくて海外の方も買ってくださるので、国によって用途が違うのも新鮮ですね。今はSNSがあるから、使ってくれている人の存在を身近に感じられるのはすごくいい時代だなあと感じます。だからこそ、作って売って終わりじゃないなとも思うんです」

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん
明治時代から代々続く〈平清水焼 青龍窯〉。現在は真弓さんとご両親の家族3名で経営している。写真左から、5代目・丹羽龍平さん、6代目・真弓さん(中)、制作補佐や店舗業務を行う佐代子さん(右)。

「『残雪』にしても『梨青瓷』にしてもそうですけど、青龍窯はこれまでの歴史の中で、千歳山の土の特性を生かしながら独自性を追求してきました。これから新しいものを作ることがあっても、〈平清水焼 青龍窯〉としての個性を損なわないようにしながら、いつの時代でも伝統的な作風をきちんと見せられる窯元でありたいと思っています」

 

山形の土を生かし、東北の早春の風景を器に宿す/平清水焼 青龍窯 6代目・丹羽真弓さん

Data
平清水焼 青龍窯
住所 山形市平清水50-1
電話番号 023-631-2828
営業時間 9:00〜18:00
定休日 第2・第4火曜
http://seiryugama.com/

写真:布施果歩・佐藤鈴華(STROBELIGHT
文:井上春香