【山形・蔵王】木と暮らし、山を味わう。ちょうどいい自然のあるところ/木工作家・佐藤辰徳さん
インタビュー
山形市の南に位置する蔵王地区を拠点に、〈sato wood studio〉の屋号で活動する木工作家の佐藤辰徳さん。山の近くで暮らすようになって3年。移り変わる四季とともに、自然の豊かさと奥深さにふれる日々を満喫中のようです。今回は自宅敷地内にある工房と裏山を中心に、好奇心を刺激するものづくりの拠点を案内していただきました。
「イロハモミジがあるんだったら
メープルシロップを作ってみよう」
山形駅から車で20分。蔵王の山の麓でものづくりをしながら暮らす、木工作家の佐藤辰徳さんの工房を訪ねた。
約1500㎡の広い敷地内には住居と工房、裏山まである。佐藤さん一家がここに引っ越してきたのは、2021年5月。かねてから拠点となる場所を探していたものの、やっと出会ったこの物件の規模感には少々戸惑ったという。とはいえ「こんな物件は逃したらもう出てこないだろう」と思い切って購入。その結果、想像以上の楽しい暮らしが待っていた。
「一昨年の3月ごろ、伸び放題だったモミジの枝を落としたんですよ。そうすると、切ったところからボタボタボタボタ……って樹液が垂れてきたんです。これ、もしかしたらちゃんと採れるかも?と思い、モミジの木がたくさんあるんだったらメープルシロップを作ってみようと思いついて(笑)。本来はイタヤカエデやサトウカエデの樹液から作られるもので、うちにあるのはイロハモミジだけだったので最初はどうだろうと思ったんですけど、やってみたらできました」
自宅裏に植わっていたモミジから、天然のメープルシロップができるなんて驚きだ。木という素材を扱う佐藤さんならではの発想と好奇心の賜物である。
樹液は敷地内の2箇所で採取し、1日1リットルから多いときで2リットルぐらい採れるという。樹液はしばらくすると出なくなってくるので、また別のところに行って採取するといった工程を何度か繰り返す。
次に、薪ストーブの上に鍋を置き、そこに採った樹液をどんどん継ぎ足していく。煮詰めていくと10分の1以下の量になるため、小瓶サイズのメープルシロップができあがるまでには大体2週間ほどかかるそうだ。実際に作るとなると相当な時間と燃料を要するので、佐藤さんのように薪ストーブを活用できる人は実践しやすいかもしれない。とはいえ、自分でメープルシロップを作ってみようと思い行動する人は、世の中にどのぐらいいるのだろう。
春は山菜、初夏にはミョウガ。
季節を味わう贅沢とはこのこと
「裏山にはいろいろ出てくるんですけど、特に好きなのはハリギリっていう山菜です。コシアブラやタラノメに比べて苦味やえぐみがありますが、葉が開ききらないうちに採れたてをさっと湯通ししてお浸しにするとおいしいんですよね。あとは三つ葉もけっこう出てきます。我が家では天ぷらにして食べるのが好きです」
春は、一年の中で一番「おいしい季節」なのだそう。初夏がやってくると、こんどはミョウガ。敷地内にある木々や草花と同様に前の住人が植えたのだろうと話す。これからの季節、さっぱりと素麺や「だし」に刻んで入れるのもいい。秋はきのこ。あちこちで生えているものの、食べるところまでは至っていないそうだ。紅葉が赤くに染まるころにはきっと、食卓に並んでいるかもしれない。
「自然が近くにある今の暮らしは、あるものの中からちょっとずつ自分なりに楽しみを見つけていくおもしろさがあります。こんなの採れるんだ、こんなの食べれるんだ、みたいに毎年新しい発見があるので、いろんなことを実験しながら住める場所。子ども以上に大人にとっても最高の遊び場ですね」
街と自然との距離感とバランスがいい
観光地ではない、暮らす場所としての蔵王
自然が近いこともあり、人間以外の生き物とふれあう機会も多い。
「野鳥もいろいろくるし、リスやタヌキも普通に見かけます。裏山ではイノシシの足跡や獣道を見かけたこともあります。雪が消えて温かくなってくると、虫もたくさん出てきます。初めのうちは妻や子どもたちも苦手だったんですけど、少しずつ耐性がついてきている気がしますね。そうならざるを得なかったともいうべきか……」
楽しいことと同じぐらいたいへんなこともあるけれど、外でみんなでごはんを食べたり、おもいっきり雪遊びしたりしていると、少々の苦労はあっても楽しさのほうが勝るのだとか。
温泉やスキー場など、観光地としての蔵王はよく知られているが、住む場所としての魅力はそこまで多く語られていない印象がある。福島生まれの佐藤さんが、蔵王に移り住んでから感じたことについて。
「ここで特に良いなと感じるのが、『音』の部分です。もちろん自然の音も良いんですけど、適度に車の音とかも聞こえるのが良いんですよね。夜になると、たまに動物の鳴き声も聞こえたりして、そういう良い感じのミックス感というか。街との距離感っていうのも含めて、蔵王はいろんな面で自分にとってちょうどいいんです。市街地から蔵王に引っ越した知人もいますし、やっぱり同じように住みやすさを感じてるんじゃないかと思います」
現在、山形出身の奥さんと、6歳と4歳の娘さんとの家族4人暮らし。蔵王に住んでいるとあって、温泉に困ることはまずない。近くには蕎麦屋やジンギスカンなどの飲食店や人気の焼き菓子店などもあり、よく通っているとのこと。
「ぱっと今思い付くだけでも、いろんなお店がありますね。焼き菓子屋さんなら〈kanmi〉さんや〈nuage muffin〉さん。どちらも人気店で遠方からのお客さんも多いです。蕎麦なら〈手打ち蕎麦 高砂や〉さん、それと蔵王温泉名物のジンギスカンのお店〈ジンギスカン・シロー〉さん。温泉なら〈蔵王温泉 上湯共同浴場〉、〈湯の花茶屋 新左衛門の湯〉あたりが好きです。植物が好きなので、西蔵王のほうにある〈野草園〉にもときどき足を運びます。一番近所のお店は〈家具のヤマヒョウ〉さんで、古い和箪笥を修復再生する職人さんがいるんです」
この街の楽しみ方は、ほかにもたくさん。話を聞きながら、知らなかった蔵王がどんどん見えてくる。渓流釣りが趣味でもあるので、春の解禁前になると準備をしながらそわそわ。山の奥のほうまで入るので、熊鈴と熊よけスプレーは必須。釣ってきた魚は燻製にすることもあるそうだ。
「木って、純粋におもしろいんですよ」
自家製メープルシロップの次に作ったのは、器の製作時に出る木くずを燻製のチップとして活用したスモークナッツ。取材時にいただいたのはナラのチップで燻したもの。芳醇な風味が口いっぱいに広がる。クルミは香ばしくサクラは甘い香り、などと木の種類によってフレーバーが異なるのもおもしろい。
自身もお酒好きとあって、おつまみにピッタリなメニュー。特筆すべきは、これらは最初から作ろうと思って作ったものではないという点。メープルシロップは偶然の産物であり、スモークナッツというおいしい副産物は、日々素材にふれ、手を動かしているからこそ生まれたものなのだ。
「木を生かすためにとか、もったいないからとか、自分の中ではそういう気持ちや目的が先にあってやっているつもりはあまりないんです。今までやってきたことから派生して生まれたものでしかないというか。木って、純粋におもしろいんですよ。だからいつも木の個性と素材の可能性をどんなふうに表現できるか考えています。その結果、素材を無駄なく使うことができるっていうのは、やっぱり気持ちがいいですね」
節も割れも虫食い穴も、ひとつの個性
木に合わせてものを作るという考え方
一般的な木材の等級というものはあっても、それだけが木の価値や魅力をはかる物差しとは限らない。佐藤さんが普段使う木材は、器などの用途があるものは例外だが、節やひび割れがあっても、丸太を削っていく過程で虫食いが出てきたとしても、すべて木の個性として作品に昇華させている。たとえばそれは、ドライフラワーを飾る花器であったり、一部が大きく欠けたプレートであったり。侘び・寂びに象徴される日本の美意識が宿っているようでもある。
「切ったり削ったりしてみないと、中がどうなっているかわからないのは、木という素材のおもしろさであり難しさでもあります。ある程度イメージしながら作っていくんですけど、これを作りたいと思ってもどうにもならなかったりするんですね。だから注意深く様子を見ながら柔軟に、木に合わせてものを作るしかないんです。私が作品に残しているような部分は普通、極力残さない作り方をするのが一般的ですが、自分はまたちょっと違うスタイルなので」
木を材料として使えるようになるまでは、生木の場合で1年もかかるという。乾燥させなければならないため、材料置き場も確保しなければならない。道理で広い敷地が必要になるわけだ、と納得。敷地内には丸太がゴロゴロと積んであった。隣には薪もあり、主に製作で使えなくなった端材は薪ストーブの燃料として活用している。また、製材所から材料を仕入れる場合には、板の状態から製作に取り掛かることができる。
一部、オーダーメイドも行っているので、住居の建材として使われていたものや、やむを得ず伐採しなければならなくなった古木などから別の形の依頼品を制作することもある。最近の仕事では、さくらんぼ農家の人から「さくらんぼを販売するときのディスプレイとして、さくらんぼの木でボウルを作ってほしい」という依頼があったそうだ。
「木って、成長するまでに何十年と時間かかるじゃないですか。その時間の中で、人との関わりや思い入れ、愛着みたいなものも生まれるだろうし、そういう部分は形として残すお手伝いができたら良いなと思っているんです」
現在は全国各地で個展を開催しているほか、作品の幅を広げ、器以外にオブジェなども多く製作している。実用的なものとは対照的な、存在するだけで意味のあるものを作ってみたかったのだと話す。
「作りたいものはたくさんあるんです。今後はスツールのような椅子も作ってみたいですね。ピンポイントなものでいうと、バットを作りたい(笑)。実際に使うものじゃなく飾るものとしてなんですけど。私自身、高校まで野球をやっていたので」
作るものは、だれかに必要とされるもの、自分が作りたいと思うもの。山の工房は絶えず進化し、飽くなき探究は続く。木という素材を使いながら共に暮らす、佐藤さんの手からどのようなものが生まれるのか、これからも楽しみだ。
Data
sato wood studio
https://www.satowoodstudio.com/
写真:布施果歩・佐藤鈴華(STROBELIGHT)
文:井上春香