山形納豆物語 第三話
連載
山形の人は、納豆が好きだ。
愛知へ嫁にきて20年、山形を離れて初めて気づいたことだった。
まずはスーパーの納豆コーナーをみてほしい。その広さ、中小メーカーがひしめく多様なラインナップ。みんなお気に入りの納豆で、納豆もちを食べ、ひっぱりうどんをすすっているに違いない。そんな山形の、納豆にまつわる思い出や家族のことをつづっていきたい。
第三回目は、納豆を食べた「そのあと」について。
納豆を食べた後のネバネバぬるぬるしたお茶碗。洗うのが厄介だと思ったことはないだろうか?しばらく水に浸しておかないとあのぬるぬるはすっととれないし、そうはいっても片付けてしまいたくて、すぐに洗おうとすればスポンジがねば〜んと糸を引く。
そして、食べた後のプラスチックパック。あれが気になっている方もいるのではないだろうか?納豆を食べる度にゴミとなり、それが何となく嫌で洗って分別しようと思うも、やはりネバネバで面倒くさくなる。結局、まぁしょうがないか…と燃えるゴミに捨てつつ、ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになる。
納豆を一度に3パック食べてしまう私の母がこうした問題にどう向き合っているのかというと、「お母さんにはね、やり方があるの」ときっぱりした口調で彼女のこだわりを教えてくれた。
「お母さんもね、納豆のお茶碗を洗うのがすごく嫌いなのよ。だからお行儀が悪いけど、パックから直接食べるの。これは譲れないのよ~」なるほど。母は、ネバネバお茶碗がそもそも発生しないようにしていた。そして、「まず、パックの上の蓋をとって分別ゴミにすてる。それから、シートを取って、パックの中で混ぜ混ぜしながら食べるの」
ここで一つ疑問がわく。ご飯は一緒に食べないのか聞いてみると、「納豆8、ご飯2」の割合でちょこんとのせるのが良いのだそうだ。通常の納豆ご飯と逆の構図であるが、それは、母が万年ダイエットをしているからだろうと思っていると、「違うのよ。確かにダイエットには丁度いいんだけど、納豆のおかずとして『ごはん』がいいのよ」という答え。一瞬よくわからなかったが、どうも納豆を味わうための引き立て役が少量のごはんということらしい。特に、美味しい納豆ではその食べ方は外せない、いやご飯がなくていい時もあるくらいだ、と言い切る彼女に「ご飯がちょっとだからこそできるパックからの直すすりは、納豆好きの真骨頂かもしれない」と思った。
さて、納豆を食べ終わり、空になったプラスチックパック。それは、「ボールに入れて、多めの水を注いで、しばらく放っておくの。ユーチューブで見たんだけどね、納豆菌って植物にとってもいいんだって!だからお母さん、食べ終わったパックを水に浸してね、納豆菌たっぷりの『納豆水』を作るようにしてるのよ」
母は、またもやYouTubeで納豆に関する新しい情報を仕入れていた。一度検索履歴をのぞいてみたいわと思いつつ、納豆を食べるだけでなく、残りの菌も活用し、ぬめりのとれた納豆パックは分別ごみに捨てるという、なんとも気持ちの良い循環を生み出している母に心から感心した。納豆を活かしきる「真の納豆好き」をみれた気がして嬉しくなり、その気持ちを込めて「それじゃ、庭のお花とか玄関の鉢植えとか、みんな『納豆水』のおかげで元気だね」と話すと、「違うよ」とひと言。「『納豆水』は、畑にまいてるんだよ」
…えっ?!想像していたのと全く違う『納豆水』の規模感。驚く私に、母は「毎日たくさん食べるから、『納豆水』は案外すぐにたくさんできるの」となんてことない風に言い放った。なんでも『納豆水』は、2、3日で、お父さんが飲み終わった約3リットルの焼酎ボトルいっぱいに出来あがり、それを畑に持っていっては、せっせとまいているのだそうだ。それだけでなく、「米のとぎ汁も、牛乳パックのすすぎ汁も、ぜーーーんぶ畑に持っていってまくのよ。お母さん流の自然農法なの」
家から自然に発生したものを畑にまきまくる「自然農法」。母が自慢げに送ってくれたLINEの写真には、『納豆水』をはじめ、色んな汁が溜められている焼酎ボトルがずらっと並んでいた。「納豆のおかげで、お母さんも畑も元気だわ〜」と話す彼女を、私はとても清々しく思った。