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山形納豆物語 第五話

連載

2024.08.20

山形の人は、納豆が好きだ。
愛知へ嫁にきて20年、山形を離れて初めて気づいたことだった。

まずはスーパーの納豆コーナーをみてほしい。その広さ、中小メーカーがひしめく多様なラインナップ。みんなお気に入りの納豆で、納豆もちを食べ、ひっぱりうどんをすすっているに違いない。そんな山形の、納豆にまつわる思い出や家族のことをつづっていきたい。

第五回目は、「ひっぱりうどん」について。

山形納豆物語 第五話

夏休みが始まり、子どもたちに三食ご飯を作る生活がスタートした。朝ごはんを作ったと思ったら、あっという間に昼ごはんになり、片付けもままならぬまま、気づけば夜ごはんを作る時間に突入している…といった毎日。一食でもいいからなんとか簡単にすませたいと思うのは、夏休みを過ごす母の共通の願いではないだろうか。

そこでお知らせしたいのが山形の郷土料理「ひっぱりうどん」なのだが、「ひっぱりうどん」のことを書こうとすると、なぜか力んでしまう自分がいることに気づく。

まずは、「ひっぱりうどん」がどんな食べ物なのかを説明したい。

作り方はとっても簡単。大鍋にたっぷりの湯をわかし、沸騰したら乾麺のうどんを投入する。うどんをゆでている間に、ネギを刻み、納豆をお碗でかき混ぜ、少し多めの醤油をかけてスタンバイしておく。うどんがゆであがったら、鍋のまま食卓へ運び、鍋から直接納豆が入ったお椀にうどんをひっぱりいれる。「ひっぱりうどん」とよばれる所以は、こうして直接鍋からうどんを「ひっぱる」ところにある。そして、納豆と混ぜながら、時に七味をかけたりしつつ、うどんをすする。以上である。

読んでいただいた通り、材料も作り方も非常にシンプルなので、
「今日ごはん何にすっぺね~」
「ひっぱりでもすっか~」
と、もうすぐお昼の時間だけど何も用意してない、そんな時に何となく登場する食べ物だった。あっという間にできて、食べればもちろん美味しいのだけれど、「ひっぱりうどん」と聞いて「やったー!」と心踊ることはない。「んー」と了解をあらわす声を発するくらいのテンションにしかならない。

一方で同じ郷土料理の「いも煮」はというと、「今日の晩ごはんは「いも煮」にするよ」と母が言えば「やったーー!」と必ずかえす、まさにごちそうの食べ物である。大学生のころ、山形に帰省した友人を飲みに誘ったら「その日の晩ごはん「いも煮」だったら行がんねがら、ごめんな」と言われたことがあった。私との飲みより実家の「いも煮」が優先されたわけだが、それはしょうがないことである。私は「次の日食べたらいいべした」と言いたい気持ちをのみこみ、「んだのが…」と静かに電話を切った。それくらい「いも煮」は、山形で生まれたもの同士が食べたい気持ちを分かり合える郷土料理であると思う。

そんな最強の「いも煮」が私の郷土料理のイメージをかっさらっていたためか、私は「ひっぱりうどん」が郷土料理と言われていることを全く知らなかった。納豆ご飯や目玉焼きと一緒の並びにある、普通の食べ物だと思っていた。

「ひっぱりうどん」が山形独自の食べ物だと知ったのは、東北を離れ、愛知に嫁に来てからだろうか。淡い記憶として残っているのは、テレビで「ひっぱりうどん」が紹介され、お店で出されていたシーンである。

まず一番衝撃だったのは「ひっぱりうどんを店で食べる人がいるんだ!」ということである。自分にしてみれば、わざわざお店に行き納豆ご飯を注文して食べるのと同じくらいのことがテレビで起こっていた。そして、アナウンサーが、「ひっぱりうどん」の一つ一つに驚いているのを腕組みしながら見つつ、「へぇ〜」と私も驚きの声を漏らしていた。自分にとって普通のことが、全く普通じゃなかったんだ。

「ひっぱりうどん」が山形にしかないと知ると、特別でも何でもない食べ物と思っていた「ひっぱりうどん」が私の中で急浮上してきて、愛知で友人にふるまってみたくなった。ちなみに、友人に「ひっぱりうどん」をだすときは、おもてなしバージョンとして鯖缶に玉ねぎのみじん切りをたっぷりのせたものも出す。実家で出たことはなかったが、納豆と鯖玉ねぎを混ぜたタレで食べる人もいることを母から聞いて知っていた。試してみると具がたっぷりになって食べ応えがあり、栄養満点、ちょっと贅沢な感じになる。

さて、友人に「ひっぱりうどん」を出すと、テレビでアナウンサーが驚いていた通りの反応がある。いや、私の「ひっぱりうどん」は、お店で出されるものと違って洗練されていない、日常の「ひっぱりうどん」なので、より驚きは増しているかもしれない。うどんをゆでる大鍋は、持ち手が焦げてなくなっている圧力鍋だもんね。

友人たちの反応はこうである。まず、うどんがゆでられた大鍋が目の前にどんとおかれて「わぁ」となり、そこから直接うどんをひっぱることに「へぇ~」となり、うどんを食べるタレが納豆に醤油をかけただけというところに「ほぉぉ~」となる。そして一口食べて「んっ、美味しいね」となる。

この過程に、私は心の中で終始にやついている。もしかしたら、鼻の穴が広がっているかもしれない。
材料も作り方もなんてことなく、牛肉が入っている「いも煮」みたいに華もない。そんな「ひっぱりうどん」をふるまうことは、実家のにおいがする、私の育った山形を、友人に案内するのと同じ感覚だ。楽しんで気に入ってもらえたら嬉くて、ちょっと自慢げな気持ちになってしまう。

だからこそ「ひっぱりうどん」を書こうとすると力んでしまうのかもしれない。どうやって案内しようかなとワクワクしつつ、気負ってしまうのだろうな。

山形納豆物語 第五話