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【移住者インタビュー】天童の地で醸す夢 ドメーヌケロス:中川さんご夫妻

インタビュー

2024.08.27

山形県天童市で、ワイナリー「Domaine Kelos(ドメーヌケロス)」を営む中川淑子さん・憲一郎さんご夫妻。埼玉県から移住し、ゼロからブドウ栽培を始め、わずか5年でワイナリーを開業するまでに至った二人の軌跡を追います。地域の風土と歴史に寄り添いながら、新しい価値を生み出す彼らの挑戦から、人生の第二章を模索する方々へのヒントが見えてくるかもしれません。

【移住者インタビュー】天童の地で醸す夢 ドメーヌケロス:中川さんご夫妻

埼玉から山形・天童へ – 夢を追う移住の決断

埼玉県さいたま市。そこで中小企業診断士として活躍していた中川さんご夫妻の人生が、大きく動き出したのは今から約6年前のことでした。

「ワインが大好きで、長年ワイン教室に通っていました。国内のワイナリーを巡ってワインを楽しんでいる中である日、ご夫婦だけで営んでいる小さなワイナリーに出会ったんです」と淑子さん。「20リットルのガラス瓶で仕込んでいるのを見て、これなら私たちにもできるかもしれないと思いました」

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一方、憲一郎さんも新しいことへの挑戦を模索していました。「診断士の仕事は頭を使うばかり。手を動かして物を作りたいという気持ちがありました」

憲一郎さんにワイナリーへの思いを伝えると「『そうだね。できるかもね』なんて、お互い乗ってきて。そこからですね、じゃあ始めようか!って」

ワイナリーの候補地として長野や北海道も検討しましたが、最終的に選んだのは山形県天童市。山形県出身の憲一郎さん、親戚から畑の提案もあったことが決め手となりました。

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移住を決意してからも、慎重に準備を進めた二人。「埼玉に住んでいるうちから、山形県の支援機関に相談に行きました」と憲一郎さん。「移住前から山形での診断士の仕事を入れてもらえたのは、大きな助けになりましたね」

こうして、2018年、二人は大きな一歩を踏み出しました。

ゼロからのスタート – ブドウ栽培とワイナリー建設への道のり

天童市に移住した中川さんご夫妻。しかし、そこからが本当の挑戦の始まりでした。

最初に手に入れたのはわずか4アールの畑。「きっと続かないから、まずは身内の土地で遊びでやってみろ」という親戚の言葉から始まった挑戦でした。しかし、その小さな一歩が大きな飛躍につながります。農業委員会のアドバイスを受け、すぐに50アールまで拡大。新規就農者として認定を受け、補助金などのサポートも得られるようになりました。

天童市には、かつて大きなブドウ酒工場が2軒あったそうです。「この辺りはその工場に原料を納めるブドウ畑が広がっていたんです」と憲一郎さん。ブドウ栽培に適した土地柄だと確信しました。

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7月初旬、緑豊かなブドウ畑を歩む中川さんご夫妻。若い実をつけ始めたブドウの樹が、これから夏を経てアーチ状に茂っていく姿を見守ります。

熱心に取り組む二人の姿を見た地域の方々から、次第に協力の輪が広がっていきました。「1年ほど経って、周りの農家さんが気にかけてくださるようになりました」と憲一郎さん。「『この畑やらないか』と声をかけていただいて。おかげで畑が増えていったんです」。

こうして現在、10か所、220アールまで広がったブドウ畑は、地域との絆の証でもあります。

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(写真提供:中川さん/公式Webサイトより)

ブドウ栽培を始めてから5年目にワイナリーを建設する計画を立て、着々と準備を進めました。長野での研修も同時進行で進め、醸造免許の取得要件も満たしていきます。

そして2022年8月、醸造免許を取得。同年9月、念願のワイナリーをオープンしました。

ワイナリーの建物にもこだわりました。「工場っぽくない雰囲気がいいねと、最初から二人で話していたんです」と淑子さん。地域の景観に馴染む民家風の外観は、地元の方々からも好評です。

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こだわりのワイン造り – 環境に優しい有機栽培と地域との共生

念願のワイナリーを開業した中川さんご夫妻。彼らのこだわりは、ワインづくりの根幹であるブドウ栽培にあります。

「一番のこだわりは良いブドウを作ることですね」と淑子さん。環境に配慮した有機栽培にこだわり、化学農薬や除草剤を使わないブドウ作りを目指しています。

「畑も持続可能性が大切です。ブドウを畑から恵んでもらえるという気持ちでブドウ栽培しています」と淑子さん。「農薬や肥料をできるだけ入れないで、できた分だけをもらうイメージです」

天童市の気候もブドウ栽培に適していると分析しています。「このあたりは村山地区の中でも雨が少ないんですよ。ブドウは雨が嫌いな植物なので、かつてここにブドウ畑が広がっていたのもうなずけます」と憲一郎さん。

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「ケロス」という名前は、山形弁の「のんでけろす(のんでみて)」からとった。

地域との交流も大切にしています。ワイナリー建設中、地域で様々な噂が広がっていたそうです。

「ワイナリーを建て始めたら、近所の方から『何を作っているんだ』という声が聞こえてきました」と憲一郎さん。「ゴミ出しのときに『中川さん、設備が入ったらしいね。蒸留機かい?』なんて声をかけられて。ウイスキーを作るという噂まで広がっていたんです(笑)」

これらの誤解を解くため、ワイナリーのオープン前に近隣住民向けの内覧会を開催することにしました。

「誤解を解くいい機会だと思い、内覧会を企画しました」と憲一郎さん。「町内の方々に案内をポスティングして、ワインやジュースの試飲と工場見学を行いました。予想以上の反響で、とても嬉しかったですね」

淑子さんも「来場者の方々の期待に胸が膨らむ思いでした。皆さんの関心の高さに感動しましたね」と当時を振り返ります。

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ワイナリー内部に並ぶヨーロッパ製の発酵タンク。様々な大きさのタンクを使い分け、重力を利用した「グラビティ」方式でワインに優しい醸造を行っています。

この内覧会をきっかけに、地域との繋がりがさらに深まったようです。「これを機に、思いがけない方々とも交流が生まれました。地域のコミュニティに溶け込むことの大切さを実感しましたね」と憲一郎さん。

また、地域のイベントでワインの試飲会を開催するなど、積極的に地域に溶け込む努力を続けています。「最近では、地区の雪まつりでワインの試飲会とミニセミナーを行いました。普段は日本酒が主流の地域で、ワインを楽しんでいただけて新鮮でした」と憲一郎さん。

ワイナリー2階では定期的にワイン教室を開催しています。「最初は畑のお手伝いをしてくださる方々が参加してくださって、そこから口コミなどで広がりました」と淑子さん。「今では近隣の市町村からも参加者が集まるようになり、うれしい限りです」

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ワイナリー2階の温かみのある空間で開かれるワイン教室。市内外からワイン愛好家が集う人気の催しです。(写真提供:中川さん/公式Webサイトより)

中小企業診断士の仕事とブドウ作りの割合も変化してきました。「現在はブドウ作りに多くの時間を費やしています。頭と体を使う作業のメリハリが、新鮮で楽しいですね」と憲一郎さん。

「ブドウ畑での作業からスーツに着替えてコンサル業務に向かうとき、まるで変身するような気分になります(笑)」。ブドウ作りとコンサル業務の両立を楽しんでいる様子が伝わってきます。

未来へ向けて – ワイン生産拡大と新たな挑戦

現在、10か所の畑で12種のブドウを栽培し、ワイン10種類、ジュース、生食用ブドウを販売している中川さんご夫妻。二人の挑戦はまだまだ続きます。

「来年は8,000本、2年後に1万本のワイン生産を目指しています」と意欲的な目標を掲げる二人。新たな品種「キャンベルアーリー」を使った、女性に人気のスパークリングワインの生産量も増やす計画です。

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ショップの奥には、水場も完備。「ワインはその産地の料理を合わせるのが基本。私たちもペアリング(ワインと料理の組み合わせ)を提案できるようになりたい」と淑子さん。

ワイナリーを活用したワークショップの開催も検討中です。「ワインに関連するようなワークショップをやってくださる方がいらっしゃれば、使っていただけるようにしていきたいですね」と淑子さん。

山形のワインの魅力についても語ってくれました。「山形のマスカットベリーAは本当に素晴らしいんです」と淑子さん。「香りがフルーティーで、糖度と酸味のバランスが絶妙なんですよ」

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熟成中の赤ワイン「マスカットベリー」。山形の芋煮をはじめ、醤油系の食事によく合います。

最後に、移住を考えている人へのアドバイスを伺いました。

「今までの人生の蓄積をうまく活かしながら移住すると、意外とスムーズに進むものです」と淑子さん。「私がかつて大学で学んだ工学の知識を今になって活かせているように、一見無関係に思える経験も、新しい挑戦の中で思わぬ形で役立つことがあります」と淑子さん。

さらに憲一郎さんは「地域の人々とのつながりを大切にすることがなによりも重要です」と続けます。「コミュニティに溶け込むことで、新しい可能性が広がりますね」

天童の地で夢を醸す中川さんご夫妻。彼らの挑戦は、まだ始まったばかりです。これからどんなワインが生まれ、どんな物語が紡がれていくのか。ドメーヌケロスと中川さんご夫妻の今後の展開が、ますます楽しみです。

INFORMATION
ドメーヌケロス(ワイナリー/ショップ)
山形県天童市大字荒谷48
https://www.kelos.co.jp/
※オンラインショップあり

写真:佐藤鈴華(Strobelight) 
文:高村陽子(Strobelight