藤沢市辻堂|100年先に残したい風景をつくる。「ちっちゃい辻堂」プロジェクト・石井光さん
インタビュー
藤沢市辻堂といえば湘南エリアでも人気の高い移住先。そんなエリアの住宅街に、小さな森のような集落「ちっちゃい辻堂」が誕生したのは、2023年6月のこと。地主として辻堂のまちの移り変わりを見守ってきた石井家の13代目、石井光さんに「ちっちゃい辻堂」プロジェクトにかける想いを聞きました。
■まちを見守ってきた地主としてやりたかったこと
石井さんは、ここ数十年の変遷によって開発で森が消え、畑が住宅に変わり、広い土地はマンションになっていくという、辻堂が他のまちと変わらない風景になってしまいつつあることに、寂しさと危機感を感じていたそうです。昔の辻堂は田畑が広がり海に近いこともあって、住民の多くが、自分たちで育てた野菜や漁で獲った旬のものを食す半農半漁のスタイルでした。地産地消の重要性が叫ばれる前から、当たり前にそこにあったいのちと向き合う暮らしの営み。そんな風景を未来に残していきたいという想いから、石井さんのプロジェクトはスタートしました。
■カエルを追いかけていた学生時代
代々地主ということもあり、デベロッパーやハウスメーカーからかかってくる電話は「マンションを建てましょう」という営業の話ばかり。祖父から土地を相続する以前から、石井さんはデベロッパーのいいなりになって建物を作るのではなく、地主主導でどんな建物、コミュニティを作るのかを考えていました。
石井さんは学生時代には生態学を専攻し1年の3分の1を奄美大島の森で過ごしていたという経験があり、虫と森林伐採とカエルの関係性を研究していました。生物多様性や環境保護という問題には並々ならぬ関心があったそうで、小さな隣人である色んな生き物にも優しい環境を、限られた敷地の中だけでなく辻堂の地域全体で作っていきたいという思いが次第に強くなっていきました。さらにコミュニティデザインやパーマカルチャーを学び、「大家の学校」との出会いなどが繋がって「ちっちゃい辻堂」プロジェクトの軸になるものが出来上がっていきました。
■辻堂の本来の時間軸を暮らしに取り入れていく
ただ湘南暮らしに憧れて辻堂に移住してきてただけだと、駅前のショッピングモールで買い物したり海でサーフィンする以外に辻堂との関わりが少ないんじゃないかなと思います、と石井さん。
例えば、他の地域では秋に収穫祭の意味合いで例大祭を開催することが多いと思いますが、近所の諏訪神社では7月下旬に例大祭が行われています。これは田んぼと畑をやっていて思ったのですが、7月下旬というのは春夏野菜の畑仕事が一段落し、田んぼの草取りも落ち着く時期。辻堂エリアは砂地なので、田植えができるかどうかは梅雨にしっかり雨が降ってくれるか次第。そのため諏訪神社は水の神様が祀られていて、7月下旬に無事田植えが終わったことを感謝して例大祭を行ってきたんじゃないかなと思っています。そう考えると、辻堂で暮らす時間軸がご先祖様たちと少しずつ重なってきて、僕らの暮らしに奥行きが生まれるだけではなく、それは自然と寄り添った時間軸でもあるので、地域の生態系が回復していくような取り組みにつながっていく可能性があると感じています、と話してくれました。
■仲間は地元のメンバー
プロジェクトメンバーは設計事務所以外、辻堂・茅ヶ崎でこの8年の間に友人として事前に出会っている方々に依頼して加わってもらいました。徒歩7分ほどの距離に自宅があるメンバーもいたり、気軽に打ち合わせできる距離感が良いと言います。仕事の関係から入ってしまうと、変に気を遣ってしまうところがあるので…。それに、地元の仲間に仕事を依頼することでお金が地域に循環し、関わったメンバーの地域での実績に繋がっていくのも良いですよね、と石井さん。
■今は第三期の構想中です
プロジェクトの第一期「久根下(くねした)」は2023年に竣工し、元々建っていたアパートを入れて計8区画、石井さん家族も入れて9区画の小さな集落。2024年6月に竣工した第二期「出口(でぐち)」は、計3区画の長屋スタイル。この2つは徒歩2分ほどの位置にあり、気軽に行き来できる距離感です。建物はほとんど神奈川県産の無垢材を使用していて、室内は風の通る気持ちいい空間です。植栽は、伐採される予定だった樹々をレスキューしてきたものを使っています。第一期の敷地には石井さん達で改修した築60年ほどの平屋があり、2週間に1度のペースで「住人ご飯会」を開催しているのだとか。友達が遊びに来たら泊まってもいいし、夜遅くに帰ってきた時に鍵を忘れてしまったけど家族を起こすのも忍びないから一泊する、みたいな利用もできる心強い居場所になっています。今は第三期を構想中で着工に向けて準備を進めています。
■暮らしている人々も多様
都内からの移住者も多いそうですが、近場からのお引越しも多く、車で10分ほどの場所にあった持ち家を売却して移り住んできた方も。年齢も家族構成もバラバラで、20代のカップルから3人のお子さんと中型犬の5人+1匹家族、アラスカ出身の方も住んでいます。家の周囲は共用部と専用使用部が緩く繋がっていて、外でのんびりしていると隣人が出てきて自然と会話が生まれます。コミュニケーションを取りやすい家の配置やランドスケープデザインに加えて、石井さんの押し付けない関わり方が、住人同士の心地良い暮らしに繋がっているのかもしれません。
■これからやっていきたいこと
最後にこれからの課題として2つのことを話してくれました。ひとつはここまでの過程を同じように相続税対策で悩んでいる地主さんに共有したいということ。藤沢市は人口が微増していて、コロナが明けてもまだまだ人気の移住先。今は空き地の土地を売ればなんとかなる可能性が高いですが、5年後、10年後、もっと先にはどうなっているかわかりません。見学会や建築系のメディアを通して遠方の地主さんには届き始めている実感があるようですが、近い方にはまだまだこれからだと言います。敷地内で完結するのではなく、周囲にも小さな生き物に優しい環境・暮らしが広がりをみせて、地域全体で「辻堂らしいまち」として100年先の風景・文化につながると良いですね、と熱く語ってくれました。
もうひとつはコミュニティが自走していくこと。例えば、住人が入居希望者の内見案内をしたり、共益費の使い方を一緒に考えていくこと。これまでオーナーだけが行っていた役割を入居者も担うことで、ここでの暮らしをより自分ごと化していくことができるのかもしれません。さらにその先には、住人が主体的に辻堂の風景に関わっていく、そんな未来まで期待してしまいます。まだまだ時間はかかりそうですが、このプロジェクトのような集合住宅が増えていくと、暮らしの選択肢がさらに広がるような気がします。
石井さんのプロジェクトはまだ道半ば。これからどんな風景を見せてくれるのか楽しみなのと同時に、地域の少し先の未来まで考えてくれる地主さんやオーナーさんが増えてくれると良いなと思いました。
【文・一部写真:鎌倉R不動産・上田拓史】
名称 | 鎌倉R不動産株式会社 |
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