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【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編

インタビュー

2024.12.26

【real local名古屋では名古屋/愛知をはじめとする東海地方を盛り上げている人やプロジェクトについて積極的に取材しています。】

グラフィックやプロダクトなど目に見えるデザインと、企業や地域の仕組みづくりのような目に見えないデザイン、その両面から社会全体のあり方を俯瞰し、地域や企業に向けたアプローチを行うデザイナーの稲波伸行さんに、地場産業が抱えるさまざまな課題に向き合う思いをじっくりインタビュー。その模様を前後編にわたってご紹介します。

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編

 

 

地域のものづくりに向き合うデザイナー

 

名古屋市にあるデザイン会社「RW(アールダブリュー)」の代表を務める稲波さんは、自身の出身地である三重県菰野町で、地場産業をより良い形で継続させることをミッションに掲げ、地域とデザインとの関わり方を考える「菰野デザイン研究所」を、仲間と一緒に立ち上げました。さまざまな地域が抱える同様の課題に向き合い、多岐にわたる活動を続けています。

自動車メーカーの社内デザイナーを目指していた美大生時代、バイクで不慮の事故に遭遇し生死をさまようほどの重症を負い、生きる意味や社会に対して自身ができることは何かをあらためて考え、将来を見つめ直したという稲波さん。卒業後にフリーランスのデザイナーとして活動を始め、2008年、デザイン事務所「RW (アールダブリュー)」を設立。その頃、地元・菰野町の同じ中学の先輩で萬古焼メーカーの社長である山口典宏氏と出会い、地場産業の厳しい現状を知ります。

「ものづくりの文化をより良い形で持続させるには、社会全体が〝デザインの力〟を持つことが必要だと強く感じました」と振り返るこの出会いが、稲波さんのデザイナーとしてのミッションとスタンスを決定づけることになっていきました。

 

 

萬古焼メーカー・山口社長との出会い
そこで初めて知った地場産業の現状

 

――現在のように地域のものづくりやそれにまつわる課題に関わる前の稲波さんは、デザイナーという仕事に対してどのように向き合っていたのですか。

稲波:若い頃、デザイナーを目指して美大に進みました。当時の僕はグローバルなデザインの潮流の方にばかり興味を感じていて、地場産業や地域のことなんてほとんど関心がなかったんですよ。

――それが変わったきっかけは?

ある時、好きだったデザインが単なる〝流行り〟なんじゃないかと気づいて急に興味が冷めちゃったんです。じゃあ流行りと真逆のものって何だろうと考えてピンときたのが〝地域のものづくり〟でした。

――萬古焼メーカーの山口社長との出会いを機に、本格的に地場産業に関するデザインやブランディングを手がけることになっていったそうですが、最初はどんな話をされたんですか。

稲波:山口さん(山口陶器社長)は同郷で中学の先輩でもあるんですが、当時、萬古焼の産地の厳しい現状を詳しく聞きました。それで、地場産業ってそんな状況なの?このままじゃ無くなっちゃうじゃん!って、ものすごくびっくりしたんです。僕の地元で古くから続いてきた伝統産業だというのに状況をまるで知らなかったんですよね。

――その思いがデザイナーとしてのミッションやお仕事の方向性を決めるきっかけになったんですね。

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
萬古焼メーカー「山口陶器」の山口典宏社長(右)と

 

稲波:山口さんとの出会いは、僕のデザイナーとしての方向性に大きな影響を与えたと思います。その後も会うたびに産地の実状を聞いて、地場産業をなんとか持続させられる方法はないかという思いが強くなっていきました。デザイナーとして、まず自分にできることから動こうと思ったんですけど、当時の僕のアイデアなんてただ売れる商品を作って売ればいいということだけ。デザインの実績もほとんどなく駆け出しもいいとこでしたから、できることはほとんどなかったんですよ。

――思いが先走っていたような感じ?

稲波:そうですね。最初はとにかく何がなんでもモノを売りたいという思いだけしかなかったので、まずは流通の仕組みからなんとかしようと思い、先輩たちとともに会社を作って東京に出店しました。ものを売ることの大切さ、難しさを知っていろいろ勉強させてもらいましたが、そのうち自分でもデザインしたいっていう思いが湧いてきて、3年経った頃に再びデザインの仕事に戻りました。少しずつデザインの仕事ができるようになって、そこからあらためてじっくりと地域のものづくりに携わり始めました。

 

 

地元が誇る産業・萬古焼をブランディング
「かもしか道具店」の誕生から「山口村」構想へ

 

――その後、山口さんと自社ブランド「かもしか道具店」を立ち上げます。
(取材記事参照:https://www.reallocal.jp/96066)売り上げは順調に伸びていったそうですね。

稲波:確かに売り上げは伸びました。けどこのまま商品を作り続けていても衰退していく産業に対して歯止めはかけられないだろうという思いはずっとありました。他の地域を見たって、地場産業や伝統工芸の産地がどこも同じように厳しい状況なのは変わりないですしね。

――売り上げ的な成果だけで根本的な課題の解決にはならないと。

稲波:そうですね。その間にもデザイナーとして地場産業に関わりながら日本のものづくり全体のことを考える日々は続いていたんです。そんななか、いつものように山口さんと話していたら、ふと彼が『村をつくりたい』と言い出したんです。思いつきのような感じだったんですが、たぶんそれまでずっと考えていたんでしょうね。山口さんのその一言で、ミッションを見直すことにしたんです。

 

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
地元の菰野町で山口さんの会社「山口陶器」の自社ブランド「かもしか道具店」をスタート。売り上げは順調に伸び、徐々に支持も得られるように。しかし、稲波さんの心の隅にはどうしても拭い去れない思いがあった。

 

――山口さんのおっしゃる「村」とは、何を目指そうとするものなのですか。

稲波:最初は山口さん自身の中でもぼんやりしたイメージしかなかったと思います。ただ、地場産業の未来を考えるにあたって、その定義についての問いを何度も繰り返していたんです。『地域にある産業』という以外に明確な定義はないけれど、その起こりについて調べると、商売という側面よりも、地域の人がその地でとれるものを材料に、自分たちの生活を成り立たせるために生まれた〝生業〟だったということがわかってきました。つまり、材料をまかない、製造を担う人から消費する人まで、流通全体が一つのエリアの中で完結していたということ。さらに日本の産業史を紐解くと、現在のような厳しい状況を招いた原因の一端まで見えてきたんです。

――背景にはどんな要因があったのでしょうか。

稲波:例えば日本の産業史のなかには生業が産業になる契機が何度かあります。いわゆる産業革命によって、それまで地域の人々の生活を助けるための、地域の職人たちの仕事だった地場産業が資本経済へと置き換わり、短い時間の中で急激に膨らんでしまった結果、産業としてのバランスを崩して今のように衰退してしまったのだと思います。そのことが働くことの意義にも変化をもたらしてしまった。そもそも働くという行為の中にはお金以外にもっといろいろな価値観や哲学があるはずですよね。人間性が鍛えられるとか、他者との関係性を築くとか、働く喜びが自身の成長につながるとか。そこに意味を持たすことなく働く行為を単にモノ化しちゃった。過去を振り返っても歴史の中ではそういうことが定期的に起きているんです。

――人としての成長や、技術や知識を身につけるなど、働くことには大切な意義がありますよね。

稲波:そうなんです。それなのに仕事自体をモノ化して、ただの作業として効率化、経済化してしまった。その先に一体、人は何を目指すんだろうって思うんです。本来、地域の中では人の感情やいろんなものが複雑に絡み合っているし、特にものづくりなんて素材とか資源が地域とめちゃめちゃ強く結びついているじゃないですか。そこから目を離しちゃいけないんですよ。例えば来年のことを考慮して資源や材料を取りすぎないとかね。地域内の絶妙なバランスの上に成り立っていた地場産業が製造過程を海外に移すことで、地域の生業ではなくなってしまい、利潤ばかりを重視することで衰退を加速させてしまう結果を招いてしまったのだと感じます。

――とはいっても、現代のような時代に小さな規模で細々とものづくりを続けているだけでは経済活動が行き詰まってしまうような気もします。

稲波:もちろん全体の経済レベルの引き上げも大事です。そうやってさまざまな課題と状況をつぶさに見ていくと、結局ものづくりの部分だけを考えていても解決できることではないということがわかってきます。そんなことを考えているなかで山口さんが村を作ると言い出した。だったら「山口村」は、本来あるべき地場産業のあり方にできる限り立ち戻ることを目指そうと。本来の姿とは、〝地域のためになる産業〟ということじゃないかと思います。地域のためになる産業を50年先、100年先にまで繋げていくための拠点のような場を作るのがいいのではないかと思うようになりました。

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
RWの事務所にて

 

モノが溢れる時代に考える
地場産業のより良い未来とあるべき姿

 

――地場産業の将来のために何をするべきか。簡単ではない課題ですが答えは見つかりそうですか。

稲波:そこは本当に難しいですね。実際、世の中にモノは充分に行き渡っているじゃないですか。それでもメーカーの人たちは作り続けなければ生活ができないわけですよ。それが現実だとしても僕は、すでにモノは有り余ってるよね、なんてメーカーさんにはっきり言うのは躊躇います。正直、売り上げを伸ばして成長し続けなければダメだという、これまでのような価値観は変えないといけないなとは思いますね。それよりもモノを作るということに対してきちんと意味を見出し、それに見合った価値をつけた上でものづくりのスピードを減速させていく。そのやり方を模索していきたいです。

――山口さんとともに描く「村構想」には、そうした思いも盛り込まれているんですね。

稲波:山口さんにはあまりはっきりとは伝えず、こっそりとね(笑)。今後も模索しながら作り上げていければと思っています。最初に会った頃の山口さんは、自社の置かれた苦しい状況の中で、たまたまデザインというものに出会い『かもしか道具店』を作ったことで感謝を変革することができました。だからこそそういった自分の経験を、今度は地域の人たちにも伝えていきたいと考えるようになったのだと思います。山口さんはいつも「代々、地元で地場産業に携わってきた立場として、メーカーとしての会社がこの地にある意味を伝えたい」とも言っていましたからね。

――これからは作り手はもちろん、モノを選び消費する我々の意識も変えていく必要がありますね。

稲波:いまやメーカーが自社ブランディングをしてものづくりをしているところはいっぱいありますが、その先はまた同じ状況が繰り返されていくだけではさみしい。本当に必要なものを、「これだから欲しい」という気持ちでちゃんと選んで買う。そんな価値的な付き合い方ができたらいいなと思います。作り手側だけでなく買う側に対しても、単なる消費ではない生き方や価値観を育んでいく必要がありますね。

――村構想の拠点でもある、ここ「かもしかヴィレッジ」では、現在どんなことを行っているんですか。

稲波:月に一度、開村日を設けてさまざまなイベントやワークショップなどを開催しています。ものづくりに限らず、いろいろな分野の人が集まり多様な交流が生まれています。

 

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
地域の産業を再び盛り上げる新しい経済圏を「村」と呼び、交流のための場づくりを目指す。
【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
拠点である「かもしかヴィレッジ」では定期的にワークショップなどのイベントを行う。 地域と向き合うデザイナーとしての役割

 

――あらためて、デザイナーとして地域のものづくりに携わっていく上で稲波さんがもっとも大切にしていることはなんですか。

稲波:デザイナーにとって大切な役割は「問い続けること」だと思っています。事業者やクライアントに問い続けることで、彼らの中にある思いの解像度を上げていく。そこがデザインをする上で非常に重要です。相手の中にある世界観や、やりたいと思っていることをどう実現させるか、そのためにはこちらから提案するよりまずは相手から引き出すことが大事。これはとても根気のいる作業ですが、我慢強く問い続けなければならないと思っています。だからいまだに僕は、答えの見えないことを探りながらぐずぐずとやっているのかもしれませんね(笑)。自身の中にあるものを形にしないと確かなものにはならないですからね。

【愛知県名古屋市・三重県菰野町】 『社会のデザイン力をあげる』 デザイナー・稲波伸行の飽くなき挑戦 インタビュー前編
菰野町の古民家を改装した「かもしかヴィレッジ」を「村構想」の拠点に、さまざまなイベントを開催

 

地場産業にとってのより良い未来を考え、菰野町を拠点に動き出した「山口村構想」。同時に稲波さんはいま、もう一つのプロジェクト「東海湖産地構想」を展開しています。
インタビュー後編ではこのプロジェクトの理念を中心に、「社会のデザイン力をあげる」というミッションに向けアクションを続ける稲波さんの現在地を探っていきます。

屋号

株式会社RW

URL

HP
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住所

名古屋市中区錦2丁目2-11-13-2A

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