【鹿児島県南九州市】心身ともにケアを。地域の豊かさと向き合い、生きるエネルギーへ。/ 有薗久美子さん
南九州市川辺町をフィールドに料理人として地域資源を活用しながら従事しつつ、健康に繋がるケアを軸に人が集まる場づくりにも取り組んでいる有薗久美子さん。そんな久美子さんから、現在の動きに至った背景をお聞きしました。
人と向き合うことが生きるエネルギーに
東京で生まれ育った久美子さん。子どもの頃から料理が好きで家族や友人にデザートを作ってはプレゼントし、喜んでもらえたのが今でも忘れられないといいます。特にレアチーズケーキは小学校時代に知ったレシピを今でも参考にしているのだとか。
高校卒業後は専門学校へ行き勉強を重ね、社会人になってからは保育園の栄養士として従事することになります。そこは食育に力を入れており、添加物を使用した食材を使用しない、できるだけオーガニック野菜を使ったメニューを給食に盛り込むなど、今の久美子さんの食に対する意識が生まれた原点となった場所だったそうです。
「単にメニューを考えて給食を作るだけでなく、料理教室といったカタチで子どもたちと接することが多い保育園でした。退職する時に“先生、辞めるの?嫌だ!”と泣いてくれた子もいて、食を通した人との関わりの楽しさを知りました。」
「その後、体のメンテナンスに興味を持ち始めたんです。食以外のアプローチで体をどのように癒すことができるか。そこを模索した結果、大手ホテルのセラピスト(※1)として多くの人の体を向き合っていくようになりました。」
(※1)専門的な知識や技術、コミュニケーションを用いて、身体や心に不調を抱える人を癒し、ケアする仕事のこと。
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それまで従事してきた栄養士とはまた違った世界。一から勉強しながら施術の実践を重ね、経験を積んでいきます。セラピストの世界も久美子さんを大きく成長させた一つの転機だったといいます。
「“どのように人と向き合うか?”を大切にしている会社だったので、お客様だけでなく自分自身ともしっかり向き合えるようになりました。私、元々ネガティブな人間だったんです。でも、気がつけば自分のことが好きなんだと気づくようになって。」
「ただ、それは周りの人から教えてもらったことなんです。“あなた、気づいていないだろうけど、自分のことが好きだよね?”と言われた瞬間、ハッとしました。他にも、感謝することによって相手にも自分自身にも良いことが帰ってくるし、生きるエネルギーにもなることも教えてもらいました。」
しかし、不規則な勤務でハードワークな日々だったため、今後の人生を考え「地方移住」を一つの選択肢として考えるようになります。
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土に触れ、食の豊かさを知る
どうして地方移住を考えたのか。
その背景として「地方=食が豊か」というイメージが大きかったからだといいます。情報収集をし、実際に各地へ足を運ぶ中で、ご縁があった一つが鹿児島でした。
農業体験をきっかけに南九州市川辺町を訪れ、地域の人とコミュニケーションをとりながら汗をかいた時間は鹿児島移住へ背中を押す大きなきっかけになったのだとか。
「料理は好きでしたが、実はそれまで農作業をしたことがなかったんです。土に触れること自体、生きててほとんどありませんでした。」
「ハードルが高く感じたけど、泥だらけになって作業をしたあの時間は“楽しい”の一言に尽きます。その時の鹿児島滞在で出会った人たちの安心感が大きかったのも一つの理由だと思います。」
その数ヶ月後には川辺町へ移住。それが2020年春になります。
しかし、新型コロナウイルスの蔓延もあり、何もできない日々が続くのです。しばらくは試行錯誤が続きます。
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そんな中でも農作業を通して土に触れることで内省にも繋がったそうです。
都市部だとスーパーやコンビニなどに行かないと食べ物が手に入らないし、外国産のものが多い。でも、川辺ではどんなに外に出れなくても、自分たちで野菜を育てられ、県内産の食材が溢れている。その環境に身を置いていることの喜びが溢れてきたのだとか。
「コロナで世の中は混乱し、人との交流もできない状況が続いていましたが、川辺では湧き水や畑があって自給自足できるし、困ったら頼る人たちもいます。だからこそ、鹿児島に来てよかった。ここなら生きていける。そう思ったんです。」
「地元だとそれが当たり前だから気づかないかもしれませんが、東京から移住してきた私にとっては“食が豊か”だということに改めて気づかされました。だからか、移住当初はできないことが多かったけど、不思議と焦りがありませんでした。」
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“もったない”をカタチにし、人が集まる場所に
「川辺で食といった豊かさを知る反面、“もったいない”と感じることが多かったんです。私が住んでいた集落には綺麗な山も川もある。近くには綺麗な廃校だってある。こんなに良いものがあるのに活用しないなんてもったいない。そんな想いと何かしら行動に移したい気持ちが強くなって小さな集落でマルシェを開催したんです。」
そう語る久美子さん。開催したマルシェでは想像を上回る来場者の数になり、地域住民からは驚きの声が出たのだとか。次第に川辺の中で飲食店をオープンしたい気持ちが高まり、そのタイミングで『タノカミステーション』(運営:一般社団法人リバーバンク)と出会いが次のステップへと誘(いざなう)うことになります。
タノカミステーションは川辺町内の廃校跡地を活用し、食を通じて地域から新しい働き方を提案する複合施設。地産地食をテーマに、南薩エリア(※2)の豊富な食材を活かした健康的で美味しいご飯を提供しています。
飲食店で働いた経験がないこと。そして、“もったいない”と感じた気持ちを食を通して地域に貢献できること。そのような背景もあり、料理人として店舗のオープニングから関わることになるのです。
(※2)薩摩半島に位置する枕崎市・指宿市・南さつま市・南九州市を示す。
料理人として従事していくうちに地域の生産者との関わりも増えていったといいます。その中でも印象的だった出来事を教えてくれました。
「無農薬で川辺メロンを栽培している生産者さんから相談を受けてメニュー開発を進めていく中で、栽培したメロンの中には売り物にならないものも出てくるという悩みを聞きました。でも、それも十分に美味しいし、せっかく無農薬で育てたものだから何かできないかと考えたんです。」
「開発したメニューの一つがメロンソーダです。毎年人気であっという間に売り切れになってしまいます。生産者さんと共に挑戦を毎年続けられていることは喜びですし、そんな場所であり続けられたら嬉しいです。」
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タノカミステーションがオープンし3年。経験を積む中での気づきが「人が集まる場所の必要性」だと久美子さんは語ります。
食事利用以外にも、何気ない挨拶だったり、おすそわけだったり、顔を出してくれる人たちが増えてきているそうです。
「東京では人が多かったからか、あまり孤独を感じることはありませんでしたが、川辺では人口が少ないですし、一人ひとりの繋がりがとても大事になります。だからこそ、人が集まる場所の必要性を強く感じたんです。」
「子どもたちが気軽に利用できる場所づくりができないか模索しています。たとえば、地域食材を使った100円から購入できるお菓子やおにぎりを食べてゆっくりするだったり。」
人の顔が見えやすいタノカミステーションでの仕事はやりがいを感じやすく、地域との関わりを通して自信もついてきたのだとか。そこから新しい挑戦にも乗り出すようになったといいます。
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喜びの先にある誰かのケア
新しい挑戦とは川辺町内でモーニングと夜ごはんを提供する場を不定期で始めたこと。そのきっかけも「もったいない」から。以前、地域の人たちが集まるスナックだった空き店舗を活用しチャレンジショップの取り組みをしている人に相談をし実現に至ったのだとか。
モーニング文化がない川辺でどうしてそのようなチャレンジをしようと思ったのか。そこについて教えてくれました。
「純粋にモーニングが好きというのもありますが、川辺でゆっくりでモーニングを食べたい人もいるのではないかと思い、一度やってみたんです。」
想像以上に人が集まり、さらに初めまして同士の人が繋がる光景を見て「人が集まる場所」の必要性をさらに感じたといいます。
先日は福祉事業所が運営するレンタルスペースにて夜ごはんイベントにも挑戦。告知や段取りといった課題はありつつも、モーニングとは違った客層が集まり、手応えを感じたと力強く語ります。
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「最近、心身ともにケアをすることが私にとっての一つの軸だと思うんです。」
今までのことを振り返り、現在の境地を強く語る久美子さん。
保育園の栄養士でも、セラピストとしても、鹿児島に移住してからも共通するのは「誰かをケアすること」のように感じます。
「人が集まる場所の必要性を感じつつも、それはあくまでも手段の一つだと思っています。今後、状況が変われば手段は変わるかもしれませんが、誰かに喜んでもらうこと。そして、その先に何かしらのケアに繋がれば。そんな想いでチャレンジを続けていきたいです。」
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