real local 福井【大野市】小さなまちの印刷・編集室から「つくる人を増やしたい」(後編) - reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

【大野市】小さなまちの印刷・編集室から「つくる人を増やしたい」(後編)

インタビュー
2025.04.29

real local福井の求人記事がきっかけで、福井県大野市に地域おこし協力隊としてやってきた山本響(やまもとひびき)さん。

後編では、大野に来てからの「その後」についてお届けします。

前編では、移住の経緯について詳しくインタビューしました)

【大野市】小さなまちの印刷・編集室から「つくる人を増やしたい」(後編)
小高い山から眺める大野の町、山々に囲まれた盆地である

「ぽちっ」と買ったことから始まった大野の印刷・編集室みなと

地域おこし協力隊としての山本さんのミッションは、「まちの賑わい創出のために自分ができることをする」こと。山本さんはその一環として、2024年11月にリソグラフの印刷所「大野の印刷・編集室みなと」を新たに開設した。なぜリソグラフの印刷所をつくったのだろうか?質問して返ってきた答えは、「リソ買っちゃって」のひとことだった。

*リソグラフ印刷とは、版画のような風合いが特徴の印刷。一色ずつ重ねて刷るため、版ずれやかすれ、色むらなど一枚一枚が個性的な仕上がりになる。

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大野で取り組まれているミミズコンポストを解説するzine(山本さん作成)

「大野に来る前からリソグラフのことは知っていました。神奈川県に本屋・生活綴方っていう、私が理想だと思う本屋さんがあって。本屋さんって本を買いに行く場所だけど、そこはリソグラフ印刷機を置いているから、つくり手にもなれる。そういう拠点があると、まちがちょっと変わる。こんなことができたらいいなって、うっすら思っていました」

その思いから、山本さんは金沢にあるリソグラフ印刷所へ見学に行ったり、京都のリソグラフ印刷の関係者に会いに行くなどして動きまわった。

「金沢の見学の時は、結構絶望しました。リソって結構お金かかることがわかって、私はデザイナーでもないから印刷機使いこなせる自信もなくて。それで次は、京都の方に大野でリソをやりたいって相談したら、「やったらいいよ」って背中押してもらった。「小さい町にこそあると、すごく面白くなると思う」と、コストの低い中古品の買い方をまとめたりしてくれました。それを聞いて、やっぱり頑張ろうと思ってヤフオクで中古品を探した時に、ちょうど見つけたのが今のやつ。残り3日くらいで、ぽちって買いました」

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オープン前のリソグラフ印刷機と山本さん。愛称は「リソ子」。

 

場づくりの悩み、地域おこし協力隊の自分に問う

思い切って買ったはいいものの、問題は置き場所だった。困った山本さんは、大野の知り合いに相談。すると、その人がたまたま空き家だった古民家を買ったタイミングだったため、期せずして場所をゲット。それは、400年以上の歴史を持つ城下町の趣を残した七間通りに位置する町屋だったが、大きな悩みもあった。

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朝市で賑わう七間通り。お醤油屋や和菓子屋、パン屋、カフェなどが立ち並ぶ。

「七間の物件は改修が必要だったり、なかなかうまくいかないことも多くて、みんなに開けるようになるまでの道のりがすっごく長い。布団の中で涙したこともあります。そんな時に、もともと本屋兼編集室だった五番通りの場所が居抜きになって。耐震も考えなくていいし、空間が出来上がっているので入るだけでいい。そっちに入る選択肢も結構考えました」

改修が必要な物件と、すぐに使える物件。出来上がっている空間に入りたくなるところだが、山本さんは道のりの長い、改修が必要な七間通りの物件を選んだ。どうしてだろうか。

単に印刷屋さんをやりたいわけじゃない。それだけじゃない。空き家だった場所に明かりが灯って、ちょっとずつ周辺へ広がっていくことをしたかった。もともと本屋兼編集室だった場所は、見知っている人も多いから関係値もあるし楽だけど、この物件は私が選ばなかったら、建物として止まっちゃうかもしれない。地域おこし協力隊として入るんだったら、この場所で頑張るのがいいんじゃないかと。七間の人たちと関係性を新たにつくってやっていこうと腹を決めました」

それは、山本さんがひとりで考え抜いて出した「大野の地域おこし協力隊としてできること」の答えだった。2023年12月、周辺への挨拶まわりに行ったり、改修ワークショップを行うなど山本さんは「みなと」を少しずつ動かし始めた。

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みなとの外観。趣のある古民家だ。

 

「つくる人を増やしたい」小さな町の印刷室からはじまること

在、「みなと」では印刷物の受注に加え、ZINEづくりワークショップや印刷見学などの自主企画イベントも精力的に行っている。「みなと」が動き始めて約1年半、山本さんはどんな気持ちでこの場をつくっているのだろうか。特に印象に残っている印刷物のことと共に、思いを語ってくれた。

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「一度お母さんが、自分の子どもの落書きを残したいって来てくれました。子どもは6歳だったんだけど、もう少し大きくなると、評価されて周りの目を気にし始めるかもしれないから、今しか書けないものを残したいと。それって、すごくいいなと思って。印刷するまでは、パソコンや頭の中にあって、実態がない。リソ印刷をすると、重みがあって、手触りがあって、色があって、匂いがある。残したいものを形にするために在りたいし、私はそのお手伝いをしたいなって思っています」

「みなと」に訪れる人たちのつくりたい気持ちや、残すことに対するパワーがすごいと語る山本さん。「自分が欲しかった場所が、誰かにとっても欲しい場所だったんだ」と気づき、「みなと」という場で誰かと共につくっていることに感動したという。

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これまでの制作物や、zineなどが閲覧・購入できる。

これからの構想については「つくる人を増やしたい」と意気込む。

「つくっているところが見える場所にしたいと思っています。つくる過程が見えると、関われる余地ができる。例えば、まちで印刷を見える形にすると、製本や丁合い(ページ順に揃える作業のこと)って、実は誰でもできることがわかる。そうなると、関わる余地を生み出せる。つくる人を増やすためにできることをしたいなと思っています」

印刷からまちの風景を編む―。山本さんは、町に印刷所があることの意味を自分のことばで語ってくれた。

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丁合のワークショップ、初めてみなとを訪れる人もいた

まちで暮らし続けるために、今したいこと

地域おこし協力隊の任期は最長3年。その後の定住や仕事のことが課題となるが、山本さんも「絶賛悩み中」だと言う。

「みなと」一本でやっていくことは難しいと感じている反面、協力隊の任期が終了しても住み続けられる選択肢を模索中だ。

「もうちょっと大野で選択肢を広げたい。大野で暮らしたいけど・・・じゃなくて、暮らせるをめざしたい。自分も模索したいし、同じような悩みを持つ誰かのためになったらいいなと思う」

有言実行の山本さんは、現在さまざまな関心を持って活動している。

銭湯のリサーチや、台湾からの訪問者のアテンド、まちを知る大野部、水の調査など地域おこし協力隊としてではなく、まちに暮らすひとりとして大野を楽しみながら探求することに余念がない。

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大野の印刷・編集室 みなとにて

 

かく言う筆者も仲間とつくっているzineの印刷は、いつも「みなと」にお世話になっていて、「みなと」の存在がとても有り難いと感じている。

「みなと」に行くと、いつも誰かの熱い創作意欲に触れる。それは火花のように散って、訪れた私も「何かつくりたい!」と思えるのだ。

まちの一角に構えた「みなと」から、少しずつ、まちにつくり手が増える。

山本さんは、そう願いながら今日も「みなと」を育んでいる。

 

 

屋号

大野の印刷・編集室みなと

URL

https://www.instagram.com/minato_printingstudio/

住所

912-0081  福井県大野市元町2-9

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