"その日の暮らし"のクオリティーを追求する実験生活
馬頭亮太さん(オンドデザイン)
周りには田畑が多く、最寄りの駅からは徒歩で1時間程かかるところ。馬頭亮太さん一家は今まさにこの土地に移り住もうとしている。彼はUターンで4年前に鹿児島へ戻り、デザイナーとして活動している。
馬頭さんは大学進学と同時に県外へ出て、卒業後は東京の空間デザイン会社にデザイナーとして就職した。順調にデザイナーとしての道を歩むかに思えたが、入社わずか3カ月で会社が倒産してしまう。
最初はショックを受けたが、立ち直り始めるとすぐに再度就職活動を始める。しかし、元々「いつかは独立したい」という思いがあったため、以前の勤め先の取引先から仕事の依頼を受けたのを機に、就職するのは止めて、時期を早めてデザイン事務所「オンドデザイン」を立ち上げた。
そして、最低限度の生活を維持できるようになると、「結婚して新しい『家族』を作りたい」という気持ちが起こり、大学時代から付き合っていた今の奥さんと結婚した。このタイミングで結婚に踏み切った理由は「安定してから結婚するという結婚観ではいつまでも結婚できない気がする。そもそも安定ってなんだろう?ってことを考えはじめた」からだそうだ。
しかし、東京で公私ともに軌道に乗り始めたところへ東日本大震災が起こり、それを機に故郷である鹿児島に戻ってきた。
今、鹿児島の街中で事務所を構え、デザイナーとして着実に成果を上げてきているが、「もっと実験の場としての事務所が欲しい!自分でもモノを作りたい!」と思うようになり、今の事務所では満たすことができなくなってきた。
場所に縛られずに仕事ができるように環境を整えてきたこともあり、子どもが生まれると家族の近くで仕事が出来た方がいいと思った。
そこで奥さんとも相談し、家を探し始めた。子どもが自由に駆け回れるくらいに庭が広く、自然が豊かな平屋の家に移り住みたいという思いがあり、鹿児島市入佐町で今の家を見つけ出し、この環境に惚れ込んで即決意した。夫婦ともに見知らぬ土地ではあるが、縁もゆかりもない土地だからこそ、新しい生活を始めるにはとてもニュートラルで最適な場所だと彼は感じている。
馬頭さんがもの作りに興味を持ったのは彼の祖父が屋久杉工芸作家であり、小さい頃から木工をさせてもらっていたことが影響している。「自分の視野に映っているもの全てを作ってみたい」なんとも大胆な考えである。
「でも、今やりたいこと全部やってみたら飽きるだろうな。また次に行くと思う」
そんな馬頭さんに奥さんはやきもきしたりもする。しかし、その奥さんの気持ちとは裏腹に彼は「3年先の安定よりは、『その日の暮らしのクオリティー』を日々追求して生きる方がポジティブになれるのではないか?お金を求めても限界あると思うし、考えてもキリがない」と考えている。そのため、遠い未来の老後のことも、さほど気にしなくなったそうだ。
「人生は複雑なゲームだと思う。死ななければOK。クリアもないけど。今日、今週、今月、今シーズンをきちんと積み重ねていけば、なんとかなるもの。あとは子供が何かをはじめようと思ったときに、親として応援できるようにしておく」
改装中の家には離れの小屋があり、そこを事務所にする予定。いずれは子供が友達を連れて来たり、地元の人たちが呑みに集まる場などといった、人の集まる空間にしたいそうだ。
また、将来的には町内会長やPTA会長をしてみたいという。「PTA会長になって会則を書き換えてみたい。地元でもいろいろやってみたいし、きっと面白いと思う」と地元の活動にも前向きだ。
しかし、田舎ならではのコミュニケーションのハードルの高さ(プライバシー意識の捉えどころの違い)もあり、周囲との「ちょうどいい」積極的な関わり方を見つけたり、ある程度の「慣れ」といったスキルが求められる。それでダメになって戻っていく人もいるそうだ。
だが、彼はその不可抗力は楽しみでもあるし、そこをどうマネージメントしていくかとポジティブに捉えてもいる。
彼は仕事の内容によっては「お金」以外の価値交換もする。
ある農家との案件では彼がブランディングした際の対価として、彼の宣伝をしてもらったり、作物をもらったり、畑の具合を見て教えてもらったりする。
「価値交換としては自然だと思うし、お互いためになる交換ができる」と馬頭さんは考えている。もちろん基本は対価としてお金を貰うようにしているが、依頼者の状況や抱える課題によっては、そのような対応もしているそうだ。
「独立してからのテーマが『死なないようにするための足場作り』で、自分がいる限りは死なないネットワークを作る。いざとなったらという時にも安心できる地盤を開拓する必要もあるし、そのためにも価値交換できるものを自分自身で新しく作らないといけない」
「こんな働き方をしている自分が、子どもの目にはどう映っているのかとても興味がある。将来、子供が学校で自分のことをなんて発表するんだろう?」そんなことを思いつつも、彼の頭の中はやりたいことでいっぱいだ。その数々の実験結果は、今後ゆるやかにこの町の姿や子供に反映されていくのであろう。