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好きな場所で好きなことで生活することに不安はない

やまのかみ木工所 佐藤雄高さん・明子さん

2016.02.16

「神、が重いので最初は迷った」と、やまのかみ木工所の佐藤雄高(ゆたか)は言う。2010年八ヶ岳南麓の北杜市高根町に作業場を設ける際に検討した屋号のことだ。実は、ここの住所の字(あざ)は「山ノ神」なのだ。

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やまのかみ木工所の入口に掲げられた手作りの看板。鉄と木の相性が素朴で潔い。

「人と森がうまくつきあっていた時代を取り戻したい、いや見てみたい」と語る佐藤にとって「神」を屋号に使うことは軽い気持ちではできなかった。しかし、ロゴデザインを引き受けてくれた友人であるデザイナーの「ロゴは変化しないニュートラルなものの方がいい」という言葉に、「土地に根付いた存在になれますようにという願いも込めて、長く地元の人たちに愛されている『山ノ神』を屋号として使わせていただく決意が固まった」と佐藤は語る。

さらに、ひらがなで表記することでしっくりときた。
「やまのかみ木工所」の誕生である。

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写真手前が佐藤雄高さん、奥が妻の明子さん。

佐藤は、都心の大学で建築設計を学び、その後店舗の内装設計の仕事に就いた。日々、忙しく施工図に取り組みながら、気がついたらどこか行き詰まっている自分がいた。

「規模が大きくなるに従って自分が意図したことが現場で実現できているのかと疑問を持ち始めました。そして施行の現場が見えないことに対する欲求不満のようなものがふつふつと湧いてきたのです」佐藤は、元々、設計と大工いずれの仕事もしてみたいと思っていた。特に作り手に対して憧れを抱いていたと言う。佐藤は、勤めていた会社を辞め、長野県にある職業訓練校で木工を学んだ。そしてここ北杜市で木工所を開設した。自分で手を動かすことを仕事にするためだ。しかしこの決断は容易なことではない。迷いもあった。

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作業場内の「やまのかみ木工所」の二人。

妻の明子は独立し開業する夫の背中を彼女なりの言葉で押した。「私は、お金がない暮らしは得意だから大丈夫、だからアルバイトはしないでね」と佐藤に言った。明子は、設計の仕事をしていた時代の月10万円の暮らしに慣れていると微笑んだ。「アルバイト」という言葉の意味は、退路を断って本気で仕事に取り組んで欲しいという思いが込められた明子ならではの表現だった。

「妻の方が決断力があるんです」佐藤は控えめに言った。さらに、明子が「自分が好きな場所で好きなことで生活することに不安はない」と言ってくれたことで佐藤の迷いは消えた。

実は、佐藤は北杜市で生まれた、地元なのだ。佐藤の両親は東京から無農薬の有機栽培の農業を目的にここへ36年前に移り住み「麦草農場」を開設し今も運営している。佐藤をここで育てたいという思いからだ。

一方、妻の明子は岡山出身、その後も首都圏で暮らしていたため北杜市は土地勘のない場所であった。佐藤の職業訓練校時代にいた長野県の伊那では「夜、寒すぎて布団から顔を出して寝れなかったけど、北杜市では布団から顔を出せる」と明子は移住先についての印象をなんとも微妙な表現で語ってくれた。移住することに明子の迷いはなかった。

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トラスが美しいプレハブの木工所、薪ストーブがあたたかい。

佐藤の木工所では作り手の思いを届けることにこだわっている。「昔は、量産合板の家具が好きだったんです。ただ作り手の思いが製造過程でずれていく感じが気になっていました。その後職業訓練校時代に、ていねいに作られた木工作品に出会って感動しました。それに作り手の思いがぶれなく直接届けられるのです」

佐藤は、国産材、できれば身近な県産材を使いたいと言う。しかし県内には製材所が少なく木工に必須の乾燥機が少ないこともあって、特に広葉樹の調達には苦労するという。いずれは森が荒れていく状況を木工という立場から解決の糸口を見いだして、人と森の関係を取り戻したいと考えている。

やまのかみ木工所のwebサイトには、「木のキッチン」「たな」「つくえ」「いす」「ほか」と仕事の内容が記載されている。基本は一点ものの造作が主であるが、セミオーダー的にある程度の量産が担える製品も手がけていきたいと佐藤は考えている。ただし工場生産的なやり方ではなくて地元の作り手たちと協業しながら量産できる体制を整えていくことを目指していると言う。ていねいに作る、そして作り手の思いを届けるためには、仲間として作り手同士が協力することが必要だと考えているのだ。

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聖ヨハネ保育園の大屋根広場に面した壁面に製作された「みんなのキッチン」。

佐藤はキッチンの造作にはとりわけ思いが強い。それは「空間に対する影響力があるからだ」と佐藤は言う。最近の作品で、清里にある聖ヨハネ保育園の大屋根広場という半外空間に製作したキッチンは、その場所で伐採された赤松が使われている。園舎は山梨県の建築文化賞を受賞した。こんな形で木材の地産地消が進むことで佐藤の理想に近づいていく。ちなみに佐藤の2人の子供もこの保育園の園児である。

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森の中に佇む「やまのかみ木工所」。冬期は茎ストーブの煙が絶えることはない。

佐藤の木工所は森の中だ。1週間程前に降った雪は取材時まだ敷地全体を覆っていた。「班に市から支給された除雪機を借りたんです」佐藤は作業場から公道までの林道を一人で除雪した。木工所の裏手には展示場と材料置場を増築中だ。佐藤が時間のあるときに少しずつ作っているのだという。

佐藤は、家具以外にも端材を加工して積み木を作っている。無垢材の質感をてのひら全体で感じ取りながら遊ぶ子供たちにとってその触感は、ずっと記憶のどこかに刻みこまれるものになると思う。

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つむくむつみ木。
屋号

やまのかみ木工所

URL

やまのかみ木工所HP

住所

山梨県北杜市高根町村山西割字山ノ神4069

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