まちのキーパーソン遠矢弘毅とは

1967年 鹿児島生まれ

(本人に話を聞いて文章に起こしています)

インキュベーションカフェ、ゲストハウス、まちづくり会社を経営しています。思い描いていた人生とはかけ離れていて、我ながら今後の展開を楽しみにしているところです。

鹿児島の小さな港町で生まれ、「人様に迷惑かけるな」と言われ続けてきました。公務員である父を尊敬しつつも「いつか社長になりたい」との思いが強く、経営学を学べば近道だろうと北九州の大学に進みました。

大学では落語研究会に入り、飲食店のアルバイトに明け暮れ、酒・音楽・本に溺れていました。卒業後すぐに飲食店をたちあげたかったのですが、親、先輩の忠告に従い就職の道を選びます。リクルートの求人広告営業ののち「資格でもとって社長になりたい」と税理士事務所に転職しますが、ここも続かず地下潜伏の人生に突入しました。

バーテンダー、ネット回線のフルコミ営業、携帯電池の海外輸出、など「カネ」になりそうな職を転々とするなかで、結婚、子供ができ、やっと「なんのために生きているのだろう」と考えるようになります。

人生の先輩からの話しや本などから、「人生を豊かに生きている人は、まず目の前のことに真拳に取り組んでいる」ことに気づき、地道に働きはじめて。やっと地下から這い上がるきっかけをつかみます。

市の外郭団体で起業家支援の仕事に就くことができ「これが天職かもしれない」と思ったのです。4年間の勤務ののちインキュベーションカフェを創り独立、面白い人たちの拠点に育っていきました。このころから急に「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」というかつてのリクルートの社是が常に自分の行動規範になっていきました。

オープン後すぐに建築系・デザイン系のネットワークが広がり、のちに一緒にまちづくり会社を起こすことになる建築家の嶋田が店を訪ねてきて、「似たような考えをする人:人生は自分で切り拓けると信じている」に初めて出会います。

地価が下落し、通行量が減り続ける北九州の魚町で、嶋田は若手クリエイターが街中で活動できる拠点を作ろうとしており、その人探しを手伝うところから面白い展開になっていきました。プロジェクト名メルカート三番街、使われなくなってしまったビルの2フロアを細かく区切ることで若手も借りることができる賃料を設定、入居者も厳選し、エリアへの波及効果を狙うというもの。北九州のリノベーションまちづくりのはじまりでした。

2011年8月第1回リノベーションスクール@北九州が開かれ、その後の株式会社北九州家守舎設立へとつながっていきます。2012年10月には北九州エリア初となるコワーキングスペース&シェアオフィスMIKAGE1881をオープン、その後シェアハウスcoclass、古民家再生住居、イタリアンバルTORIYONなどリノベーションによるまちづくりをすすめ、Hostel&Dining TangaTable、子育て世代支援長屋comichiかわらぐち など、新しい働き方、暮らし方のための提案を続けています。

これからもこの北九州家守舎での活動が私の人生の柱のひとつとなっていきそうです。

それぞれのプロジェクトを成功させるポイントは「人」、そこに暮らす人、そこで働く人を探しだし、新しくできるコミュニティを自走できるように育て、事業を開始した人をバックアップしています。

これらの仕事は、いろいろな事業を経験し、情報が集まる仕組みをもつカフェを運営してきたことが貢献していて、今後も「人」に関わるところを担っていきます。

縮退局面に入った日本でどう暮らしていくのか、おそらく答えはひとつではなく、様々な情報を自分で収集し、判断して実行する。この繰り返しにより「幸せは自分の手でつかむもの」を当然とする人が増えることがよい世の中をつくっていくと信じています。

そして私は、いろんなご縁をいただきながらチャレンジし続けるのだと思います。

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