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【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか

2016.07.08

日本の住宅の未来について情報発信する研究所「HOME’S総研」所長を務める島原万丈さんは、独自の視点から都市を論じたレポート『Sensuous City[官能都市]』の中で、金沢の街のことを高く評価しています。どんなところが「センシュアス(官能的)」なのか?お聞きしました。

(以下、島原さんからの原稿)

1.金沢は全国でトップクラスの官能都市である

HOME’S総研『Sensuous City [官能都市]』(2015年)(図1)で発表された、全国134都市に住む男女18,000人を対象に調査した“魅力的な街”の新しい指標、「センシュアス・シティ・ランキング」において、金沢市は全国8位に輝いた。1位の東京都文京区をはじめ東京23区と、大阪市の北区・中央区・西区の大阪の中心部の都市が上位を占めるなか大健闘の結果と言える。東京・大阪を除く地方都市では、福岡市や仙台市など、倍以上の人口を持つ人気都市を押さえて金沢市がトップである。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
図1 『Sensuous City [官能都市] 』(HOME’S総研、2015年)。HOME’S総研ホームページで全文がダウンロード可能。

数ある都市評価調査の中で、『Sensuous City [官能都市] 』のも最もユニークな点は、動詞で都市を評価したところにある。都市生活者のアクティビティーを「関係性」と「身体性」という2軸に分類し、関係性について、「共同体に帰属している」「匿名性がある」「ロマンスがある」「機会(チャンス)がある」の4指標、身体性について、「食文化が豊か」「街を感じる」「自然を感じる」「歩ける」の4指標を設定し、各指標につき4つずつ、「◯◯した」という動詞で合計32項目の選択肢を提示し、住んでいる都市でのアクティビティーの経験頻度を尋ねた。

具体的な選択肢は、例えば「神社やお寺にお参りをした」、「馴染みの飲み屋で店主や常連客と盛り上がった」、「素敵な異性に見とれた」、「商店街や飲食店から美味しそうな匂いが漂ってきた」、「木陰で心地よい風を感じた」、「遠回り、寄り道していつもは歩かない道を歩いた」などなど、日常生活のシーンをリアルに切り取るようなワーディングを心がけている。

こうして都市ごとに得られた経験頻度で8指標それぞれの偏差値を算出し、その合計点からなるセンシュアス度スコアによって、より豊かなアクティビティーが観測された都市をより官能的な都市であるとして順位づけをしたのが、センシュアス・シティ・ランキングである。(図2)。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
図2 センシュアス・シティ・ランキング上位20都市。

2.センシュアスな都市の特徴とは

では、ランキングの上位に位置したセンシュアス・シティ(官能都市)とは、実際どのような都市だろうか。併せて調査した項目とのクロス集計結果から、その特徴を簡単に整理しておく。

第1に、センシュアス・シティは、住む人の居住満足度・幸福実感度が高い都市である。センシュアス度スコアと10点満点でたずねた居住満足度と幸福実感度は、それぞれ相関係数0.4以上の連動がみられ、センシュアス度が高ければ高いほど、住人の満足度・幸福度が高まることが確認された。

第2の特徴として、都市を構成するエレメントの多様性・雑多性があげられる。具体的には、商業・飲食施設でいえば、大手チェーン店もあれば個人経営のお店も元気で、それらが集積した商店街や横丁が残る。住人構成も多様で、外国人やLGBT(性的少数者)など少数派に対する寛容度も高い。

第3に、都市空間的な特徴として混在というキーワードがあがる。センシュアス・シティ・ランキング上位の都市群では、用途の混在、古い建物と新しい建物の混在、小さな街区など、ジェイン・ジェイコブズが大名著『アメリカ大都市の死と生』で明らかにした、都市の多様性をうみだす4原則が確認できる。また、働く場所と住む場所と遊ぶ場所が近いというコンパクトさも特筆すべき傾向である。

3.センシュアス・シティ金沢の横顔

センシュアス・シティ調査における金沢市の特徴をみると、8指標それぞれバランスよく高スコアを取りつつ、加えて「食文化が豊か」という指標が突出していることがわかる。ローカルフードに象徴される地産地消型の飲食経験などを特徴とする「食文化が豊か」の指標は、上位にランキングされた地方都市で共通する強みであるが、金沢市はその指標で全国のトップである。その他にも「ロマンスがある」や「機会(チャンス)がある」など、大都市の都心にみられる都会的な要素についても、金沢市は他の地方都市を引き離している。金沢市は都会的な要素と地方都市の魅力を兼ね備えた都市であると言える(図3)。

気になる京都市(24位)と比較してみると、「街(の活気)を感じる」と「歩ける」以外のすべての指標で金沢は京都を上回っている(図4)。「刺激的で面白い人が集まるイベントやパーティに参加した」などで構成される「機会(チャンス)がある」や「食文化が豊か」について、金沢のスコアは京都を大きく上回っている。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
図3 金沢VS他の上位地方都市。
【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
図4 金沢vs 京都。

4.センシュアス・シティ金沢を歩く

このようなデータの裏付けを下敷きにしながら、あらためて金沢の街を眺めてみよう。

金沢というと、一般的なイメージは確かに加賀百万石の伝統が息づく歴史と文化のまち、いわゆる古都である。しかし、京都や奈良や鎌倉ほどの歴史があるわけではない。まち並みにしても、ヨーロッパの都市の中心部のように、あるいは京都のように、統一的なビジュアルイメージで語りうるまちでもない。

近江町市場の混沌、ブランド店が立ち並ぶ香林坊の商業的華やかさ、明治・大正時代のレンガ造りの近代建築、現代建築の傑作・金沢21世紀美術館と自然林を背景に凛と佇む鈴木大拙館。あるいは、北陸随一の繁華街である片町の路地には昭和な小さな飲食店がひしめく。浅野川と犀川のほとりの茶屋街には、まだ江戸の風情の残る明治初期の風景。金沢の中心部は歩ける範囲の中に異なる時代の風景がコンパクトに凝縮していているのが特徴である。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
繁華街・片町の裏手、飲食店が並ぶ「木倉町」。

そんなわけで金沢は歩いて楽しいまちだ。なかでも私が好きなのは、前述したような観光で人気の定番スポットだけではなく、特に何という名前もついていないような、小さな道沿いに連なる普通のまち並みだ。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
寺町寺院郡の路地裏。

そこは観光地ではなく、普通の人々が普通に生活を営んでいる場所である。金沢ではそれら普通の小さな家々が創りだすまち並みに、どことなく品性が感じられるのである。視覚的に不快な建物が少なく、小さな植栽や庭木は手入れが行き届いていて、涼しい音色を奏でながら流れる用水路の水は素晴らしく透き通っている。そのような裏通りが、まち歩きの途中で不意に現れるのだ。

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金沢では日常の風景の中に用水がある。こちらは鞍月用水。

これらの裏通りには、伝統的建造物群保存地区のように強力に景観をコントロールする力は働いていない。所々に古い町家は残っているものの、多くの建物は戦後になって建替えられたりリフォームをされたりして、単体でみればごくありふれた普通の古い住宅だ。それでも風景全体にどことなく落ち着いた統一感があるのは、まさに歴史のおかげと言うべきかもしれない。道幅が狭く少し緩やかにカーブしながら、複雑に入り組んでいるのは、これらの街区が江戸時代の町割りをそのまま踏襲しているからである。そこここを流れるせせらぎは、暗渠化していた江戸時代の用水路を開渠したものだという。

このように金沢は、古い都市の骨格の上に時代に合わせて新しいものを積み重ねて来た。しかしその手つきは日本中の他の都市でみられるような粗雑なものではなく、慎重で抑制がきいている。歴史を売り物にする観光都市で見受けられる、テーマパーク的な物欲しさもない。

5.金沢はいかにして金沢になったのか?/金沢らしさとは何か?

いかにして金沢が金沢になったのかを考えるのに、『金沢らしさとは何か』(北國新聞社出版局、2015年)という一冊が多くのヒントをくれる。これは、山出保前市長の5期20年に渡るまちづくりの過程を著した『金沢の気骨 —文化でまちづくり』(北國新聞社出版局、2013年)を巡って、大学教授、大学院生、芸術家、美術館長、建築家、実業家など、種種雑多な金沢のクリエイティブ人材が山出前市長と語り合ったディスカッションを起こした本である。

【特別寄稿】金沢はいかにして“センシュアス・シティ”になったか
山出前市長の著書、『金沢らしさとは何か』(左)と『金沢の気骨』(右)。

山出前市長は『金沢の気骨 —文化でまちづくり』の冒頭で言う。「金沢に際立つ個性があるとしたら、それは紛れもなく歴史と文化だ」。しかし、「歴史と文化」は魔法ではない。同じような言葉でまちづくりの方針を掲げた都市は日本全国に数多あるが、金沢のようにうまくワークしている例は少ない。

歴史と文化。それはつまるところ、人なのだと思う。まちづくりにおいて、都市計画や施設の建築計画などのハードだけではなく人材育成にも力を注いでいることが、山出前政権の大きな特徴である。

例えば、職人大学校の創設、金沢伝統芸能振興協同組合の設立、金沢料理人職人塾の開設など、伝統文化の担い手の支援だけでなく、現代的な芸術活動をする市民のための金沢市民芸術村の設置など。山出前政権の人への投資は本書から拾い上げるだけでもキリがない。山出前市長は「まず人、そして建物はあとに、というのが論理だと思う」と、自身のまちづくりの哲学を主張している。

元々金沢は、加賀藩前田家が湯水のように金を使ったと言われるほど、古くから芸術文化に投資をして来た。文化への投資というのは、すなわち、それを担う人たち及びそれを楽しむ人たちを育てるための投資である。山出市政に至るまで面々と連なるその蓄積は、さぞ金沢市民の文化的教養を育てて来たことだろう。さらに重要なのは、本書の存在自体が示すように、彼らが年齢や立場を超えてフラットに議論を交わすコミュニティーが存在していることである。そのことは、センシュアス指標の「機会(チャンス)がある」の高さでも裏付けることができる。

文化的教養レベルの高い市民が互いに金沢について語り合い刺激しあうことで、共同体として「金沢とは何か」を広く緩やかに共有していくことが可能になる。観光地でもなんでもない普通のまち並みにも感じられる品性は、市民の誇りの表れのように思う。そして、実はそれこそが「金沢らしさ」の核心なのではないだろうか。

(島原万丈/HOME’S総研)

プロフィール
島原万丈 Manjo Shimahara
株式会社ネクスト HOME’S総研所長。1989年株式会社リクルート入社、株式会社リクルートリサーチ出向配属。以降、クライアント企業のマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略のプランニングに携わる。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクストHOME’S総研所長に就任。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2014年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City [官能都市] 』を発表。
Website:HOME’S総研