移住者たち

土地の明るさと同じように移住者たちは明るい

写真1
南アルプス

最初の頃、ここはアメリカ中西部のテキサスのようだと感じた。もちろんテキサスは行ったことがない、僕の中のイメージだ。

移住者たちの多くは、自分でできることは自分でする。あたりまえのようだが、都心暮らしの場合できることは限られていて、必要なものはネットや店でお金を使って手に入れている。衣食住に関係するほとんどのモノやコトは、時間がなかったり、道具がなかったり、技術がないと思っていたり、作業する場所がなかったり、あるいはそもそも自分で作るという発想がなかったりで、必要なものを手に入れるために、消費するために、稼ぐ、があたりまえとなっている。

もちろん、僕自身もどちらかというと都市側なので偉そうなことは言えない。ここの移住者達を見て気が付いたことを主観的に伝えているだけだ。

18年前に東京から鎌倉に引っ越したときに価値観を揺さぶられる人たちに出会った。波乗りをする人たちだ。人生の価値観の軸がサーフィンという行為に集約されて、よい波に出会うために仕事も家も暮らしすべてが波乗りを前提に考える人たち。

ここの移住者たちにも同じような印象を持った。軸がある、別のいい方をすると自分や家族にとって大切なことが分かっていて、それを真ん中におくことにブレがない人たちという表現だろうか。

波乗りもそうだが、嫌なことは真ん中におけない、真ん中にあるのは人間として本質的に楽しいことなのだろうと思う。
自分で家を建てている人、改修している人、小屋を作っている人、道具をつくる人、広大な庭をつくる人、畑で作物を育てる人・・・、きっとこうした行為は、時間があって、作業する場所があって、家族がいて、友達がいれば、なによりも楽しいコトに違いない。自分ですることでお金は節約できる、そうすると都会生活を維持するために必要な稼ぎはいらない。自分の軸をどこに定めるかで生き方、暮らし方はずいぶんと違うものになるのだと思う。

写真2
八ヶ岳と牧草地

移住に際して、仕事や稼ぎで諦める人たちは多い。しかし生き方、暮らし方には少し別の選択がある、そして実は、そちらにこそ人間として本質的な快楽を揺さぶってくれる何かがあるかもしれない、とそんな想像を巡らせてみることが都会を出る一つの出発点になるのではないかと、ここに暮らす明るい移住者たちと出会って思うことだ。