【長野】栞日 sioribi 菊地 徹さん 好きな街との関係づくり
長野県松本市、なかなか大型書店では目にしないリトルプレスやZINEを中心にセレクトされたブックカフェがある。ここの店主が菊地 徹さんだ。
松本周辺で「なにかおもしろそうなこと」が起きるとき、その発信源に菊地さんがいることがある。
菊地さんの原点は、進学した茨城での学生時代。そこで始めたスターバックスコーヒーでのアルバイトだ。「自分が志していたはずの学問が、抽象的過ぎて現実感が感じられずモヤモヤしていた頃だったんです。接客をしていたら、さまざまな人が思い思いの時間を過ごした後、店を出る時、来る前よりも気持ちが上向いているのがわかるんです。そんな光景が実際に目の前で起こっているのを見て、これは良いなぁと」
そして菊地さんの「おもてなし」の心は開眼した。在学中には副店長に次ぐ職位にまでなった。この頃にはすでに「将来自分の店をつくりたい」という思いが湧いていた。
松本の街に出会うきっかけは就職だった。「より本格的な接客・サービスを学びたいという思いでホテル・旅館業に絞っていました。本屋に行って『人生で一度は行ってみたい世界100のホテル』という特集の雑誌を見つけてこれだ!と思って(笑)。そこに載っている日本のホテル・旅館の採用試験を受けて、縁があったのが松本市の旅館だったんです」
そこで人生の伴侶にも出会う。当時ホールスタッフをしながら個人で菓子作りを行っていた女性と結婚。奥様と話しながら、「自分のお店を持ちたい」という思いは日増しに強くなった。そして、より小規模な個人事業としての店舗運営を学びたいという思いから、軽井沢の有名ベーカリーに転職。早朝から夜まで忙しい日々を過ごしていたが、休みの日に足が動いたのは軽井沢ではなく、松本だった。「軽井沢はどちらかといえば観光客向けだなと感じられるところも結構あった。そう思ったとき、松本には僕が求めていた『暮らし』があったんです」
そんな実感を得るたびに、次第に松本での独立を考えるようになった。
「松本という街に、『まだないけど、あっても良さそうで、少なくともあったら自分は愉しいこと』をやりたいとずっと考え続けていたんです。ふと思ったのが、大型の新刊書店や良い古本屋はあるけどセレクトの利いた新刊書店はないなと。同時に、自分の棚卸しをしている中で元々本は好きなことに気づいたし、特にリトルプレスやZINEのような一般の書籍流通には乗らない、独立系の出版物をかなり持っていたんです」
そうして2013年松本の街に今までになかったブックカフェ「栞日(sioribi)」が生まれた。
2016年には現在の場所へ店舗を移転。
元・写真館だったビルをリノベーションした旧店舗は、1組限定の中長期滞在ホテルとしてリオープンした。また毎年、店舗のある国道沿いの個人店をつなぐスタンプラリーイベント「R143+」、アルプスの麓の湖でフェス形式でのブックイベント「ALPS BOOK CAMP」を企画している。これらの空間に入ってみると、いつもの街が少しだけ愉しい場所に変わっている。
「例えるなら栞日の店舗は『点』。「ALPS BOOK CAMP」は栞日が場所を変えた『大きな点』というイメージ。そして「R143+」は『線』。これからは、アーティストにこの街に住んでもらって愉しい空間を『面』でつくれたらと考えています」
好きな街に、自分にとっても街にとってもあったら良いなと思うことを生み出し、組み込んでいく。菊地さんが行っているのは愛する街との新しい関係づくりなのかもしれない。「『この街の人にとっての』本屋だったり、『この街の人にとっての』喫茶店であったりしないと、この街のここにある意味はないから。暮らしの中で日常的に使ってもらえる存在になりたいと考えています」