独創的モノやコトが生まれてくる可能性はローカルにこそある
南アルプス北麓のデザインユニット、アトリエヨクトの記録 03.HOKUTO
帰国にあたって古川と佐藤は住むべき場所を決める必要があった。スウェーデンでは日常に自然があった。森がすぐ近くにあることで、一人でいることの安心感を知った佐藤、仕事ができる機能を求める古川にとって、東京に帰るという選択肢はなかった。島根や四国、岡山など候補地を上げていく中で、二人が描いたビジョンを実現できる場所が見つかった。それが山梨県北杜市であった。
二人は、この新しい土地で「アトリエヨクト」という屋号を掲げる。「yocto」とはものを量るもっとも小さな単位のことだ。「カタチではなくて、見えないほど小さなモノ、原因をデザインする」という、これまでの二人の様々な経験によって辿り着いた気付きの数々を象徴するこの最小単位を屋号としたのだ。
探していた作業所との縁を結んだのは、もちろん佐藤だ。この場所に呼ばれたとしか思えない奇跡のような出会いだった。作業所に加えて小さな建物もある。機能とその場所の持つ目に見えない力に二人は一瞬で虜になる。田園の中に取り残されたような森、雑草に覆われているが手をかけることでここは、北欧で散歩していた森のような場所に変わるに違いないと。アトリエヨクトにとって「原因」に向き合う場として理想的な場所だったのだ。不思議な符合もあった。ここの住所は横手。ホクトのヨコテ、ヨクトだ。
移住当初二人は自立するために、古川は大工や造作家具、佐藤は設計や不動産の仕事をした。同時にこの場所を整えつつ、少しずつデザインブロダクツを開発し発表することを始める。椅子やテーブルなどの家具、ペーバーホルダーや箸、古川がデザインしたブロダクツはどんなものであれ、そのモノと向き合った原因と生じる機能が明快にカタチに現れている。しかしどのブロダクツもアトリエヨクトの作品であることは一目で分かる。
「OKAMOCHI」は、今や代表作の一つとして様々なシーンで使われ始めている。昔から日本で使われてきた「岡持ち」の本質をアトリエヨクトとして研ぎ澄ませデザインしたものだ。軽い桐材とアルミ、そしてリノリウムという異素材を組み合わせ、箱の四辺を微妙にカーブさせる加工を施したカタチ。合理性と機能性に富んでいるにも関わらず、それを感じさせないデザイン。コンパクトな道具類を日常的に持ち運ぶ必要のある人であれば欲しいと感じずにはいられないものだ。
「OKAMOCHI」もそうだが、アトリエヨクトのブロダクツは普通の店舗では販売していない。プロダクツの誕生過程と同様、それを使う人の手に渡りその人のものとして使い込まれるまでがデザインの一部だとアトリエヨクトは考えているからだ。その手段の一つがイベント出店だ。自分たちが共感できるイベントへの参加、期間を区切って都心のショップやギャラリーを借り切って行う展示会。そして今年は海外で行われた見本市への出展も行った。
※現在、この夏オープンに向けてウェブショップを準備中
「地方でのモノづくりは純化できる。東京にいると強制的な情報が入ってきてしまう」
瞬間的な情報によって作られたモノが、時が経つとすぐに飽きられ、捨てられていく状況はそろそろ終わってもいいころだ。古材を使う、セルフで改修したり小屋をつくる、そんなムーブメントが地方では普通なことになりつつあるいま、独創的モノやコトが生まれてくる可能性はローカルにこそあるのかもしれない。
「今後は、垣根なく分野にこだわらずつくりたい。家具もテキスタイルも、家も」
その日、アトリエヨクトの二人のもとに、ドイツデザイン賞にノミネートされたことが記されたレターが届いた。ドイツでは最も歴史のある賞で、ノミネートされること自体が名誉な賞である。対象となったプロダクツは、木製(アルダー)で独特のカタチをしたスマホ用「Wood Speaker」だ。
据わりの悪さに自分を合わせることなく、抗いを続ける古川と、ヨクトの羅針盤としての役割を担いつつ建築設計に向き合う佐藤。これからのこの二人が途方もなく楽しみだ。不謹慎ながらこの先もしも「据わりの悪さ」を覚えることがあった時、アトリエヨクトがさらにどう変わりどう成長していくのか見てみたい気もする。
屋号 | アトリエヨクト |
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URL | https://www.a-yocto.jp |
住所 | 北杜市白州町横手757-1 |
備考 | ショールーム来場の際は事前にメールにて予約が必要 この夏のアトリエヨクト展示会と参加イベント |