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中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3

2018年秋開催の山形ビエンナーレ直前。全国のアートフェスのディレクターにフェスへの想いを語っていただきその魅力を紐解くトークシリーズ「ぼくらのアートフェス」第3回のゲストは志津野雷さん、聞き手は東北芸術工科大学中山ダイスケ学長です。

  〈 中山ダイスケ × 志津野雷 (前編)はこちら

中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3

自分たちで自分たちらしく
生きていくことを突っ走る

志津野:さっき話に出たWAVEMENTという活動で栗林隆というアーティストと初めて出会ったんですが、彼が逗子に現れたことによって、ぼくは脳みそをかき回され、その後も大きな影響を受けてきました。それまで知らなかったアーティストいう存在やその表現の仕方、そして世界を本気で変えようと世界中を動きまわっている彼の姿勢にいつも刺激を受けています。

彼のテーマは「境界」なんです。アジアの「屋台」という内と外の境界の曖昧な存在を持って国境にいくという「YATAI TRIP」というアート・プロジェクトで、彼に誘ってもらって一緒に世界を旅しました。韓国と北朝鮮との国境に行って撮ったり、シンガポールでは同じひとつの島の中に多国籍のいろんな文化が入り混じっているのを撮ったり。で、ネパールで写真を撮ったとき、そこでの人々の暮らしは電気も限られているし本当にシンプルで、だけどストレスなく生き生きとしているのを見て、「もしかしたらモノなんてそんなになくても、こういう幸せがあるのかな」なんて感じたりしました。そんなことを思いながら日本に帰った翌日、東日本大震災が発生しました。

3.11が起きて、本当にこれからどう生きていくんだって思ったとき、逆にスッとした部分もあったというか、社会に反対するとかじゃなくて、自分たちらしく生きていくってことに突っ走った方がいいと思ったんです。

じゃあじぶんのなかに何があるのか振り返ったとき、写真と、旅をした経験と、出会った仲間と、動き出したCINEMA AMIGOとCINEMA CARAVANとをやっていく覚悟ですよね。「これで生きて、子どもを育てていくんだ」っていう自分なりの旗をあげるというか。「はい!ぼくこれやります!」と提示しちゃうことで、いい意味でも悪い意味でもラクになれた。それは3.11がきっかけだったんです。

中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3

中山:ああいうことが起こると、逆境のアイデアみたいなものが生まれることもありますが、震災前から核燃料の再処理工場にサーファーのみんなと行ってみたり、砂浜で映画祭やったり、社会と関わろうとする意識は強かったんですよね?

志津野:社会と関わるつもりなんですけど、実際に知ってしまうと「関わりたくねえな」って思うところもあるから、じぶんたち寄りの社会に近いものをつくっちゃおうって感じになるんです。そのほうがストレスもないし。もともと人が集まって集落というものが生まれたわけで、なら、今この現代から新しい村や新しい歴史や新しいお祭りが生まれたっていい。長い歴史から見れば、はじまりは別にいつでもいいですよね。

中山:未来の人は、その誕生の経緯なんて知らずに、毎年5月は砂浜で映画を見るというのが習慣になっている可能性もありますよね。

志津野:だから、あんまり、映画祭というものをフェスとして捉えているというよりは、「生きていくうえでのやり方」みたいなものをみんなで共有していく場だといふうに考えていて。人間関係がどんどん希薄になっていくなかで、「この人ってこういう人だよね」みたいなものが、昔のコミュニケーションにはあったと思うけど、いまは失われている。その意味では時代に逆行しているようにも見えるけど、ぼくから言わせるとそれってけっこう最先端なことだろうと思っていて。映画祭を10回近くまでやってきた結果、今ようやくそういうことができているのかなって感じですね。

中山:なるほど。ところで、逗子映画祭はまた来年もやりますか。

志津野:次が10回目なので、やります。最初に「10回はやる!」って宣言しているので、そこまでは自分の責任として。

中山: CINEMA CARAVANのこれからは?

志津野:いまは、これまでの知識や経験を、どう地元の地域や暮らしに落とし込んでいけるか、ということをよく考えていて。逗子以外の三浦半島にも、過疎化がすごく進んでいるけど自然の豊かなところがあるんです。今年9月は城ヶ島でやりますね。あと今後は、まあ奈良とか福岡とか、いろんなところで仕込みが進んでいるところです。

 

バスク人とのリアルな関係性から学ぶ
自分たちの土地の愛し方

中山:バスクの話も、ぜひ、していただけたら。

志津野:バスクって世界でも珍しい、自治国として独立したエリアで、行ってみると海も山もあって規模感も逗子に似ているんです。本当に人があったかいし、信念がハンパない。おもてなしとか、本当にバスク人からものすごく愛をいただいて。

その理由や日本との違いを考えながら「逗子バスク勝手に姉妹都市」と呼んで、毎年、映画祭で「バスクデー」というのを1日設けて、その謎をこの6年くらい、彼らをこっちに呼んだり、ぼくらがあっちに行って「CINEMA CARAVAN」をやったりということをしながら探ってきました。

そうすると、彼らはじぶんたちの土地の愛し方とか覚悟がちがうなあと感じるんです。ただ、それは、ぼくらにもできなくはない、というヒントにもなっています。

中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3

たとえば、彼らの文化にはレシピシェアというものがあって、料理人が自分の店の隠し味とか必殺技みたいなものをまちの料理人同士で公開しているんです。街全体で食文化のレベルが上がれば、街に人が来るきっかけになるから。でも、じぶんの店の秘密を公開するなんてふつうは怖いじゃないですか、自分のビジネスを守ることを考えたら。でも、そうじゃなくて、街のためにそういうことがやれちゃう人たちなんですよね。

中山:バスク地方のサンセバスチャンは美食の街として世界的に有名だけど、そういうことをした結果、世界中の食通が食べに来るようになって、今や人口に対する三つ星レストランの数は世界一多くなったという、とても小さなアイデアから世界的都市になったわけですね。

志津野:そういうことを数十年前からずっと「今やっている」ことがスゴくて。ちがう人種ではあるけれど、同じ時代を生きてる人間として、これからの日本での生き方に可能性を感じさせるんですね。彼らのポテンシャルの高い考え方というものを、CINEMA CARAVANを通して、実際に行き来をしたり、実際に会ったり、実際に食べたりしながら、じぶんたちの生き方に落とし込めたらと。

中山:首長同士が握手する姉妹都市じゃなくて、人の交流で勝手に姉妹都市にしちゃっているんですねね。

志津野:逗子に来たら日本が気に入って住み着いちゃったバスク人もいるし、日本の他の地域に旅に出る人もいるし。逗子を玄関口に、どんどん関係性も広がっているんです。子ども同士だって、言葉で通じ合えなくても、笑顔で仲良くなって、分かり合えるということがいっぱいあって。そういう、映画祭の先にある関係性というものが、次の世代の明るい未来だろうと思うんです。

中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3
photo: Rai Shizuno

映画祭は、そういうバスクの考え方とか、写真を通じた出会いや経験を共有する場です。自分に自信がなくても、まずは表現し、さらけ出し、自分が何を知り何を考えているのかをわかってもらうことで、先に進めることもたくさんあるんです。

当たり前なんだけど、自然のなか、地球のなかでぼくたちは育てられてきて、自然のなかで人間ができることって些細なことにすぎなくて。そのなかで、人との関わり方とか、社会との関わり方とか、お金の稼ぎ方、遊び方というものを、自分で問うのもいいし、人を見て学んだり、教えられて知るようになる、ということまでも含めたところに、映画祭の意味があると思うんですね。

海外でのCINEMA CARAVANは、今はまだインドネシアとバスクでしかやっていませんが、もしぼくらが倒れたとしても、30年後も次の世代の子どもたちが続けてくれていて、世界50カ国でやっているみたいな状況になるかもしれないし、こういうリアルな現場を生み出し続けてくれてるといいなあ思うんですね。

中山ダイスケ × 志津野雷【後編】/ぼくらのアートフェス 3

中山:そういえば雷くんたちのイベントって子どもが多くて、遊んでいる大人たちの横にいつも子たちがたくさんいるんですよね。あの子どもたちは、お父さんたちが本気でイベントをつくって、おもしろいライブをやっている姿をいつも見てるから、将来自分たちでも絶対やるでしょうね。

志津野:楽しそうにやっているってことだけは伝わってると思うんです。実際何をやっているかは大人になってから知ればいい話で。とりあえず、世界にはいろんな人たちがいるっていうことと、それを超えて、常に笑っていて楽しそうだなという雰囲気さえこの場所でつくれていれば、まあ正解なのかなって。
(2018.7.3)

志津野雷 Rai Shizuno/1975年生まれ鎌倉育ち。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業 幼い頃より自然に囲まれ、いつしかその尊く美しい様子にファインダーを向け始める。近年、活動の場を国内外に拡げ、訪れた場所の背景にある文化やそこで暮らす人々に着目し独自の視点で写真を撮り続けている。ANA機内誌「翼の王国」等雑誌、Ron Herman等広告撮影の他、現代美術作家栗林隆氏、騎馬劇団『ZINGARO』ドキュメンテーションの撮影などARTISTとのコラボレーション制作にも力を注ぐ。2016年には初の写真集「ON THE WATER」を発表。移動式野外映画館『CINEMA CARAVAN』を主宰し、国内外で活動するなど、その活動は写真家の域を超えて多岐に渡る。https://www.raishizuno.jp/

中山ダイスケ Daisuke Nakayama/1968年香川県生まれ。現代美術家、アートディレクター、(株)daicon代表取締役。共同アトリエ「スタジオ食堂」のプロデュースに携わり、アートシーン創造の一時代をつくった。1997年ロックフェラー財団の招待により渡米、2002年まで5年間、ニューヨークをベースに活動。ファッションショーの演出や舞台美術、店舗などのアートディレクションなど美術以外の活動も幅広い。山形県産果汁100%のジュース「山形代表」シリーズのデザインや広告、スポーツ団体等との連携プロジェクトなど「地域のデザイン」活動も活発に展開している。2018年4月、東北芸術工科大学学長に就任。

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