「松田久直商店」商店街に行きつけの八百屋がある暮らし
夕飯の買い物は、どこでしますか? 何でも揃うスーパーマーケットや24時間営業のコンビニでしょうか。商店街の八百屋さん、魚屋さん、肉屋さんを回って買い物をする昭和的なスタイルは、全国的にシャッターを下ろす店が増え、今では少なくなってきているのではないでしょうか。そんななか、後継者のいなかった八百屋の事業を承継し、地元客だけでなく観光客も訪れる店を営む人物が金沢に。町家をリノベーションした店舗に色とりどりの野菜やフルーツが並ぶ「松田久直商店」で、お話をうかがいました。
アルバイトのつもりが、今では八百屋の店主に!?
新竪町商店街に2009年春にオープンした八百屋「松田久直商店」。創業100年を超える老舗の八百屋を事業承継しつつ、取り扱い商材も見直して、改装してのオープンなので、まさにリノベーションと呼ぶべき事例。店主は、店名そのままに松田久直さん。代々の家業でも農学部出身というわけでもなく、大学卒業後にフリーターをしながら自分の道を模索していたとき、「やる気があれば店を譲ってもいい、後継者になることも視野にいれて働いてみないか」と、跡継ぎのいなかった先代店主に言われた。
「大学の同期が卒業を機に八百屋のアルバイトを続けられなくなり、その仕事を引き継ぐつもりで行ったら『後継者にならないか』という話になって。まさか自分が八百屋を経営するとは思っていませんでしたが、何か小さいお店をやってみたいという気持ちは以前からあったんです。新竪町は若い頃からよく来ていて好きな町でしたし、古いものや伝統にも興味があった。野菜が特別好きだったわけではないけど、食に対しての興味や関心があり、ヨーロッパのマルシェにも憧れがあった」と語る松田さん。
そうして商店街の八百屋で働き始めた松田さんが、自らの店として「松田久直商店」の暖簾を掲げたのは37歳のとき。未経験の八百屋業で約15年の修行を積み、先代から野菜のこと、経営のことを学んだ。「たくさんのことを教わりましたが、いざ経営者として自分でやってみないとわからないことも多かったですね。今も日々、学ぶことだらけです」と松田さん。
行きつけにしたい、頼れる街の八百屋さん
古い町家を改装した店舗はモダンでスタイリッシュ、店先に並ぶ籠盛りの野菜も看板代わりに存在感を放っている。改装前にも八百屋はあったけれど「どんなお店だったっけ?」と実は筆者も記憶が曖昧でしたが、改装前後の写真を見比べると、その変化は歴然。以前はどこの街にもある古い食料品店で、風景に馴染みすぎて気付きにくかったのかも。つまり、今では新竪町の顔の一つになった「松田久直商店」の改装は大成功というわけだ。
改装を担当したのは、現在は新竪町にオフィスを構え、当時は東京と金沢を行き来していた建築家の小津誠一さん(有限会社E.N.N./studio KOZ. /金沢R不動産 )。昭和16年に建てられた町家をオリジナルの形に戻す方向で進められ、漆喰の壁や梁などの構造を活かしつつ、照明や暖簾などもモダンな雰囲気に仕上げた。品物を多く並べられるように店内レイアウトも大幅に変え、試食や調理に使えるキッチン、冷蔵室なども完備。平台にディスプレーする昔ながらの八百屋スタイルを復活させ、買い物カゴも竹カゴを用いているのがカッコいい。
何といっても「松田久直商店」の魅力はその品揃え。旬のもの、地のものを中心に、新鮮な野菜・フルーツ・加工品などが並んでいるが、それも扱う商品の一部。店内の冷蔵室や別の倉庫にさらに多くの品を保管しているので、店頭で見当たらなくても「◯◯◯ありますか?」と聞くと、在庫があれば奥から出てくることも。昔ながらのバラ売り、量り売りスタイルで、玉ねぎ1個からでも購入できるので、一人暮らしの個食にも意外と便利。「今日は何がおすすめ?」など旬の情報や、食べ方を聞きながら献立を考える楽しさがあるのも対面販売ならでは。とにかく品数が多いので目的の品を見つけるにも、お店の人に声をかけるのがベストです。
また、金沢は飲食店が多く、同店もお得意先の飲食店への配達が多い。フレンチやイタリアンで使う洋野菜やちょっと珍しいフルーツ、和食の飾りに使う食用花なども揃うので、見ているだけでもワクワクする。人気レストランと同じ食材を使って、ちょっと気合いを入れて料理してみようか、なんて気分にもなってくる。料理人やバーテンダーなどの食のプロから、「スーパーも行くけど、やっぱり松田さんの野菜は違うのよ」と話す上品な常連マダム、カメラを手に訪れる若い観光客まで、客層も年齢層も幅広い。
スーパーで必要なものは一通り買え、ネット通販で全国からお取り寄せもできる便利な時代。だけど、そんな時代だからこそ、対面販売の人と人のコミュニケーションが、とても貴重で豊かに感じられる。季節をつぶさに反映した店頭の野菜や果実は、思いがけない出会いや発見もあり、会話から得られるリアルな情報は食卓をより豊かにしてくれます。昔ながらの八百屋スタイルは、ノスタルジックな憧憬だけでなく、実はとっても現代的で今のニーズに合っているように感じられる。信頼できる行きつけの八百屋がある暮らしって、すばらしい。