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“欲張り”な移住の先輩

塗師・赤木明登さん、智子さん

奥能登・輪島市へ、人気漆作家のもとを訪ねました。1988年に東京から移住されました。

“欲張り”な移住の先輩
赤木さんのご自宅兼工房の前での一枚

「赤木明登の携帯番号にいつもお電話を頂いている方へ。
 輪島の工房および自宅は携帯圏外です。
 ゆえに輪島にいる間は不通なのです。ご了承ください。」

赤木明登さんといえば、全国にファンがいる“人気漆作家”。 奥さんの智子さんも、生活道具展を開けば大盛況の“主婦のカリスマ”。 多忙なご夫妻ながら、自宅は携帯圏外だなんて…!! ホームページでこんな一文を見つけて、ますます取材日が待ち遠しくなった。

今回は、金沢からちょっと足を伸ばして、奥能登は輪島に、赤木夫妻に会いに行く。

“欲張り”な移住の先輩
「この先に民家はあるのかな…」と呟きながら心もとない気持ちで進む
“欲張り”な移住の先輩
すると、灯りともる一軒の家が!写真は二階の明登さんの仕事場

赤木夫妻は移住の大先輩だ。移住という言葉さえ耳慣れないバブル前夜・1988年に1歳の百(もも)ちゃんを連れて東京から輪島に移り住む。当時、明登さんも智子さんも25歳。

東京時代、赤木さんは「家庭画報」の編集者として、智子さんは目利きギャラリストとして多忙な日々を過ごしていた。当時を振り返り「仕事が楽しくてしかたなかった。」と二人とも口を揃える。しかし、ある時期から言葉にできない違和感を感じ始めたのだという。

「編集の仕事は会いたい人にも会えるし、面白くて夢中になるんだけど、ある時ふと自分がつまらなく感じたんです。どんなに魅力的でおもしろい人がいても、自分の中に何もないとそれ以上のことが書けないんだということがわかった。
自分の中にしっかりしたものをもっていないといけない。それは何か、ものをつくることだなと漠然と思っていました。」

そして智子さんと結婚してからも明登さんの編集者生活は多忙を極め、付き合いで飲みに出ては御前様という日々が続いた。「“普通の生活”というものが、僕達には全くなかった。」と明登さん。

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穏やかな口調でゆっくりと話す明登さん。ご自宅にて

そんなある日、たまたま輪島市出身の漆工芸家・角偉三郎氏(*1)の展覧会と出会い、そこに並んだ漆塗りの椀に衝撃を受ける。そして明登さんは漆職人になることを決意し、会社に辞表を提出した。智子さんも、ギャラリストとして自身のキャリアを築いていたにもかかわらず、「私もいつかそんな生活をすると思っていた。」と承諾。そして二人は細い縁を辿って能登の輪島市にやってきてた。

「東京を離れることに未練はなかったけれど、“私達、ここで骨を埋めるのね…”みたいな覚悟で来てるわけじゃない。ホントに何も考えずにきました。笑」と明るく笑う智子さん。

明登さんは塗師(*2)としての修業に入り、智子さんは初めての土地で子育てと家事に奮闘する。

「こっちにきて変わったことは経済が本当に小さくなった。当初は東京にいるときの10分の1くらいのお給料だったのに、美味しいものが食べられる!みんな野菜や魚をくれるし、栗や柿をとったり…。現金は全然ないけれど、私達、すごい欲張りだねぇって言ってたの。」

ここで、先輩から移住の心得をひとつ頂戴した。

「移住を楽しむには、ある才能が必要なの。都会の人は、田舎暮らしはエコだとか頭で考えてイイと言うけど、そんな理論だけじゃ暮らせない。ものすごく慎重に考えて、問題をクリアしてからじゃなきゃ引っ越しできないと言う人には移住は向かないんじゃないかな。大切なのは目の前のことを楽しむこと。おいしい!きれい!うつくしい!って感動すること。楽天的であることが大切ね。」

“欲張り”な移住の先輩
明るくチャーミングな智子さん

明登さんは夏場になると「サマータイム制」を工房に導入して、海に潜りに行くそうだ。

「魚を見つけたときの、あの興奮を何といったらいいのか…。僕にも狩猟民族の血がながれているんだと感動するね。」としみじみ。

大自然の中に生活の拠点はあれど、赤木夫妻の暮らしは厭世的でも隠居のようなものでもなく、とっても賑やか。全国からたくさんのお客さんや友人が訪ねてきて、赤木夫妻も仕事でしょっちゅう東京や全国各地に出向いている。

「僕らにはまだ欲があるからね(笑)。 都会で遊んだり、美味しいもの食べたりもしたいよね。」「だからさっき、私達は“欲張りだ”っていったのよ。」と笑い合う二人。

直感に導かれるように軽やかに生きる、“欲張り”な移住の先輩夫婦。「それに僕だって、一生塗師をやるかはわからないよ。漁師にもなってみたいし、秘湯の湯守にもなりたいな。」と明登さんがニヤリ。生きることに正直な二人の“欲”は、当分尽きることがなさそうだ。

“欲張り”な移住の先輩
能登で採れた漆を塗った赤木さんの作品「能登飯椀」

*1 角偉三郎氏 (かどいざぶろう 1940-2005):輪島出身の漆工芸家で、漆芸界の革命児。能登の合鹿地方に伝わる無骨で力強い漆器「合鹿椀」の復興でも知られる。
*2 塗師:分業制がとられている漆芸において、木地に漆を塗る職工をさす。

(Photo:Kota Yamada)

屋号

赤木明登うるし工房

URL

ぬりもの | 赤木明登
http://www.nurimono.net/

住所

石川県輪島市三井町内屋ハゼノキ75

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