デザインをいかした、JA山形市のブランド戦略
山形市で暮らしていると、アパートの看板やポスターなどで見かけるこちらのお殿さま。
JA山形市のブランド戦略によって誕生したイメージキャラクターで、その名を「のんきな殿さま」という。
農業の生産振興や、農産物の販売、購買、JAバンク、JA共済、不動産、燃料事業など、農業をはじめ、日常生活にまつわるさまざまな事業を手がけるJA山形市。それらの発信力を高めるため、近年では、デザインをいかしたブランド戦略に力を入れている。
2016年には正職員として、東北芸術工科大学グラフィックデザイン学科卒の齋藤萌さんが入組し、デザイン・広報に特化した業務を行うことで、さらにその成果をのばしてきた。
なぜデザインの必要性を感じているのか。デザインを切り口とした独自のブランド戦略について、JA山形市の代表理事専務の佐藤安裕さんと、デザイン・広報担当の齋藤萌さんにお話をうかがった。
JA山形市がデザインに注力する大きなきっかけは、「山形セルリー」だった。
セルリーとはセロリのこと。山形市は気候条件に恵まれ、東北随一のセロリの産地。山形市特産のブランド野菜として、山形セルリーのブランド化を目指し、東北芸術工科大学の中山ダイスケ教授(現・学長)によって山形セルリーのストーリーが新しく創りあげられ、山形セルリー大使として、「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ奥田政行さんとパートナー協定を結んだ。
その後、手探りでPR活動を行ない、2018年4月には山形セルリーが地理的表示(GI)に登録された。GIとは、産地に由来する商品ブランドを、知的財産権のひとつとして保護する国の制度。農水省としては、「米沢牛」「東根さくらんぼ」に続いて県内3例目となり、国税庁においては、「清酒『山形』」も含め県内4例目の登録となった。また、本年10月には特許庁の地域団体商標にも登録された。
「山形セルリーの品質には自信がありました。そこに付加価値をつけたり、商品の魅力をさらに引き出すのがデザインの力。中山教授と奥田シェフと一緒にプロジェクトに取り組み、ブランド化していくプロセスとその重要性を肌身で感じました」(佐藤さん)
山形セルリーのブランド化において、2015年から中山教授と2年間のアドバイザリー契約を結び、「山形セルリー農業みらい基地創生プロジェクト」として、JA全体のブランド戦略を考えていくことになった。
そこで、JA山形市全体のイメージキャラクターとして誕生したのが「のんきな殿さま」だ。
1995年から「のんきな殿さま」というネーミングのオリジナルブランド米があり、お殿さまはそのパッケージに登場するキャラクターだった。そこに着目した中山教授は、このお殿さまをシンプルにリデザインし、JA山形市全体のキャラクターに押し出すことを考えた。
幅広い総合事業を展開するJA山形市。2016年以降、アパートの看板からJAバンクの封筒、ありとあらゆるものに「のんきな殿さま」が登場するようになり、「これはJA山形市だ」と直感的に伝わるようになった。
同年には、出荷資材のパッケージや段ボールのデザインもリニューアルされた。思わず目に留まるパッケージに梱包され、山形市の農作物は全国へと飛び立っていく。運搬の経路や流通先のスーパーでは、一般の人も目に触れる機会があるだろう。魅力的な広告塔である。
山形セルリーのブランド施策を経験し、佐藤さんをはじめ組織全体が、改めて今後のJA山形市全体のブランディングについて考えるようになった。
他地域のJAに比べて、JA山形市は作物の種類も生産量も少なく、直売所もない。しかし、品質には自信がある。スピード感を持ってJA山形市の魅力を伝えていきたい。
中山教授から「ブランド化するにはデザイナーが必要」とアドバイスをもらい、正職員としてデザインもできる職員を置き、デザイン性の高い商品や広報物を内製していくのが有効なのではないかと考えるようになった。
中山教授の推薦もあり、新卒の正社員で、JA山形市初のデザイナー職として、2016年に齋藤さんが入組することになった。
斎藤さんは、2016年に入組して以降、全部署と横断的に関わりながら、あらゆるサービスの冊子やチラシ、パッケージのデザインから、SNSやホームページの更新まで担当している。
学生時代から「デザインは、内容を理解して、外にわかりやすく発信する仕事」と学んできた。
まずは商品やサービスの中身を知り、情報を整理して魅力を見つけ出し、それをわかりやすく伝えるためにデザインを施す。商品が生まれる現場に出向くことも大切にしており、畑にも度々行く。オフィスには長靴を常備しているそうだ。
グラフィックデザイン学科では、チラシやポスターのつくり方、写真の撮り方まで学び、ブランディングのノウハウを身につけた状態で卒業した。学んだことを仕事に直結させていること、そして自分の組織で行うデザイン業務だからこそ、提案できる幅が広く、自由度が高い業務にやりがいを感じているそうだ。
お金をもらってデザインをするクライアント仕事とは異なり、内製では、お金を使ってデザインする。パッケージの素材や印刷費など、業者との値段交渉は、入組後に指導を受けて学んでいった。
そんな斎藤さんの仕事ぶりから、いまでは組織内で各部署から引っ張りだこだという。最近では、組織内でデザインに対する意識が高まってきたと斎藤さんは感じているそうだ。デザインをするうえで担当者と一緒に考えディスカッションできる土壌が組織の中にできてきた。
いまの仕事があるのは、職場環境のおかげだと斎藤さんは話す。
「デザインは時間のかかる仕事だと理解があり、そこにちゃんと時間を割かせてもらえるのがとても有難いです。事務仕事も行なっていますが、組織の理解があるからこそ、デザインを中心とした仕事ができているのだと思います」(斎藤さん)
デザインの多様性を身につけるために、JA山形市の仕事だけでなく、「他流試合も大切だ」と佐藤さんは考えている。
JA山形市の取引先からワインボトルのデザインの相談を受けたとき、組織内の承諾を得て、斎藤さんがボランティアでそのデザインを手がけることになった。組織外や社会のニーズに触れ、大きな学びになったという。
わかりやすく、親しみやすいデザインをすること。それは組織の内側に向けたメッセージでもあると佐藤さんはいう。
デザインが良くなることで、愛着がわく。JAの組合員、職員、職員の家族、関係者に、JA山形市について、事業やサービスについての誇りや自信を持ってもらいたい、という考えだ。そして、すべての職員に、クリエイティブな仕事について考えるきっかけにもなれば、という願いも込めている。
最後に、今後のJA山形市のブランド戦略について、佐藤さんに聞いてみた。
「山形セルリーのように、すべての事業をしっかりとブランド化していきたいと思っています。職員たちの力を合わせて、組合員の方たちとの信頼関係を築き、継続していく。そしてインターネットとデザインの力をいかしていけば、都市部の人とも繋がりを持って、山形に来てもらうひとつのきっかけになり、地域の活性化につながる。斎藤さんがデザインを創造して発信することは、まだまだたくさんありますよ」(佐藤さん)
【お知らせ】
山形セルリーの出荷時期は年2回、5月中旬から6月末までと10月中旬から11月末まで。シャキシャキした食感で食べやすい山形セルリー。パッケージデザインと一緒に、山形のみずみずしい恵を味わってみてください。
撮影:根岸功