食彩やまがた12カ月 卯月「アスパラガス」
このコーナーでは今が旬のやまがたの食材にフォーカス。その天の恵みを育んだ風土や歴史、ひとの営みにも手をのばしていきたいと思います。
世界には歴史に名を刻む野菜があります。たとえばアイルランドでは「大饑餓前/後」と歴史区分される重大事件がありました。そのきっかけになったのは、じゃがいも。
1845年、じゃがいもが疫病におかされたため餓死者が続出、約150万人が命を落としたと伝えられます。その難を逃れるために国外へ渡る者もあとを絶たず、アメリカでは100万人以上のアイルランド系移民を生み出しました。
その子孫がジョン・F・ケネディ、ロナルド・レーガン、ビル・クリントン、バラク・オバマといった歴代大統領であることを考えると、アメリカ史のみならず、現代の国際政治にじゃがいもが果たした影響は底知れません。
じゃがいもと同様、新大陸からヨーロッパにもたらされた野菜で有名なのがトマト。その艶やかな色と形をはじめてみた当時の人たちは、これこそ神話に語りし伝説の果実「黄金のりんご」と信じこみました。イタリアでトマトを意味するポモドーロ(Pomodoro)の語源は「Pomo(りんご)」「d’Oro(黄金)」なのです。
さて新大陸からやってきたじゃがいもやトマトがヨーロッパで普及したころ、今回フォーカスするアスパラガスはすでに広く知られる初春の味でした。
なにせドイツのある街では17世紀中ごろにはじまり、350年以上の歴史をもつアスパラガスのお祭りがいまも毎年開催されているほどです。
アスパラガスがはじめて歴史に記されたのは古代ローマ時代のこと。大プリニウス(23年生~79年没)が地理学、天文学、動植物や鉱物など、あらゆる知識を著した『博物誌』には、アスパラガスの栽培法が記されています。
ところでヨーロッパでアスパラガスといえば、まずホワイトアスパラガスのことをさします。
地表から穂先をのばしたアスパラガスは、光合成により植物を緑色にするクロロフィルの生成が進み、ふつうに育てばグリーンアスパラになります。
それに対してホワイトアスパラガスは、緑化をふせぐために遮光して育てたもの。これは軟白栽培といわれるもので、チコリやねぎの白い部分などで一般的にもちいられています。
では、ホワイトアスパラガスの起源は? それは16世紀のイタリアのある村でのこと。天災に見舞われ農作物に甚大な被害を受けた村人たちが食べ物を求めて土を掘った際、偶然緑化していないアスパラをみつけた…という逸話が有力です。
ただ人為的に白いアスパラをつくるのはたいへんな手間がかかります。飢餓に瀕した庶民たちを救ったという美談と裏腹に、栽培もののホワイトアスパラガスは高嶺の花に成らざるを得なかった…。
それでもホワイトアスパラガスが絶えることなくつくられてきたのは、王侯貴族がこの味に魅了されたから。
きっかけは西洋料理史の最重要人物のひとり、イタリアはフィレンツェのカトリーヌ・ド・メディシス(1519~1589年)。ダ・ヴィンチやミケランジェロといったルネサンス芸術の大パトロンであった銀行家、政治家のメディチ家にカトリーヌは生まれました。
彼女がフランス王アンリ2世の王妃として嫁いだ際、さまざまな生活文化の洗練化と進化をフランス王朝にもたらしました。そのひとつにホワイトアスパラガスも含まれていたそうです。
そしてフランス王国最盛期を築いた太陽王ルイ14世(1638~1715年)は、みずからが建設したヴェルサイユ宮殿に1年中ホワイトアスパラガスが収穫できるシステムをつくらせたそうです。
日本のアスパラ栽培は1920年代の北海道に起源があります。歴史と実績を誇る北海道や長野の一大産地、温潤な九州各県などにつづき、山形県産はここ数年東北一の収穫量をほこります。
この時期、県内各地の産直などでアスパラガスをみかけることができます。それもそのはず、市町村別の収穫量の上位には鶴岡市、飯豊町、酒田市、最上町、尾花沢市が挙げられるように、県内広範で栽培されています。
品種も多彩になりました。酒田市の最上川河口左岸の「そでうら地区」ではホワイトアスパラガスに野生のアスパラと呼ばれるアスパラソバージュが。グリーンアスパラよりも風味がフルーティに感じられる紫アスパラガスも、県内各地で育てられています。
最後にアスパラガスをつかった当店のレシピを紹介しておきます。
(次回は5月上旬の掲載予定)
今月の旬菜メモ
アスパラガス
ユリ科アスパラガス属の多年草。
地中海沿岸から南ロシアが原産で、山菜のように野にその姿をみかけられたようです。
アスパラガスの栄養効果でよく知られているのは「アスパラギン酸」。これはアミノ酸の一種で新陳代謝を促進し、疲労回復やスタミナ増強に効果があると言われています。また利尿作用もあり肝臓や腎臓の機能回復にもいいとされています。
ワインビストロのレシピ
アスパラガスの三五八、シェリーヴィネガー、はちみつ風味のサラダ
敬愛する東京青山「ラ・ブランシュ」田代和久シェフのレシピをヒントにしたもの。山形の置賜地方や福島に伝わる「三五八(さごはち)」という塩こうじのぬか床をつかう。「三五八」とは塩、麹、蒸米を3・5・8の比率でまぜあわせたものです。
季節のあいのもの、菜花やスティックブロッコリー、スナップエンドウなどといっしょにアスパラガスを少しかために茹で、冷水に放って色止めする。
スプーン大1の三五八、シュリーヴィネガーとはちみつ、エキストラヴァージンオリーブオイル各スプーン小1をまぜあわせ、茹で野菜にからめる。
皿に盛りつけてから、ラディッシュやプチトマトをそえると、彩り豊かに食感の変化も楽しくなります。こんがり焼いた肉のつけあわせにも最適。
ワインビストロのレシピ
ホワイトアスパラガスのリゾット
アスパラガスの定番レシピに卵をつかったものをよくみかけます。それは鳥類の産卵期とアスパラの収穫期が重なる、季節のあいのものだから。
ここではアスパラガスの固い根元部分や口ざわりの悪い皮もつかい、いまでも高価なホワイトアスパラガスを比較的少量でも楽しむことができるレシピを紹介します。以下分量はふたりぶん。
ホワイトアスパラガス2本を用意し、穂先の手前からピーラーで皮をむき、固い部分を折る。小鍋に500ccの鶏ガラスープ(なければ水にチキンブイヨンを溶かす)を沸かし、アスパラの皮と根元、塩小さじ1を加え、弱火で10分ほど煮る。これをリゾットのだしとします。
フライパンにエキストラヴァージンオリーブオイルをしき、玉ねぎ1/8のみじん切りを加え、低温でじっくり炒める。玉ねぎが透明になったら白ワインを風味づけに振り、米100gを加えて油となじませる。
小鍋でつくっただしは1/3ずつ、3回にわけて使います。米が対流しない程度になるよう火力は弱火で。また調理中はターナーなどでまぜたりしないように。米からデンプンが流れ出し、炊きあがりがアルデンテにならなくなります。
炊き時間は12分前後をめやすに。4分ごとにだしを足しながら、つねに米にだしがかぶっている状態をキープします。
最後のだしを加えるタイミングにピーラーで皮をむいたアスパラガスをリゾットのうえに。
火を止めてから無塩バター大さじ1を加えてよくまぜあわせ、器に盛りつけ。べつに卵黄1個ぶんと生クリーム小さじ1をホイッパーなどでよくまぜあわせておき、リゾットのうえからまわりかけます。
仕上げにパルミジャーノレッジャーノまたはペコリーノロマーノのすり下ろし、粗挽き黒こしょうを散らして完成。