旅のはなし vol.1 / 熊谷太郎さん「お酒と人と」
地域の連載
山形で独創して営む人たちに尋ねました。忘れられない旅のこと。歩んできた道のりのこと。そして、今について。ご本人たちの語りで届けるシリーズ「旅のはなし」です。
意外と出不精で、近場でお酒を飲んでいるというのが多かったんです。まあ実家が気仙沼なもんで、その往復途中とかで寄り道したりはあるんですけど。あれ、するとちょこちょこ出かけてはいるのかな。
旅はおいしいものとセットですよね。私の場合、「お酒」という核を持っているもんで、例えばあそこにはこういう酒蔵があるなとか、このお酒が飲みたいなとか、まずそこから派生して、酒に合う肴や料理を見つけたり。おいしいものを見つける勘は、結構いいかもしれないですね(笑)
それはなんですかね、例えば自分が酒蔵で働いているとすると、こういう蔵の佇まいであればおいしそうだなあとか、なにか感じるものがあるんじゃないですかね。酒造りって、清潔感が実は非常に大事なんですよ。飲まなくても、すでに場所から感じるものがある。建物全体に沁みわたる小綺麗さや、酒蔵の事務所の人たちの雰囲気、あとはトイレとかも。そういうものが、おいしい酒蔵はやっぱり一貫しています。酒そのものというよりも、酒を造るためのトータルの考えが先に現れるので。
うちの店のプライベートブランドとして飲食店さんに卸している山廃純米「La Jomon」は、精米歩合70%の山廃なので、みなさんイメージするのはゴツい味だと思うんですけど、正直なところ純米大吟醸レベルの味だと思います。これが基準になっちゃうと、酒選ぶのが大変になっちゃうだろうなと(笑)値段が手頃で美味しいものこそ味わっていただきたいんです。そういう意味では「La Jomon」を山形から発信できていることも意味があるなあと思います。
2019年には「La Jomon」のプロモーションなどもあって香港に三度行ったんですが、現地のみなさんにも非常に気に入っていただきました。香港には驚くような食通の人たちがたくさんいて、みなさん日本酒が大好きで。実は頻繁に日本にも来ているんです。だから彼らが山形に来てくれるような仕組みをつくりたいんですよね。贔屓にしているお店によく通っているのに、山形にはなかなか来てくれない。「十四代」のようなお酒は当然知られているのに、山形と結びついていないみたいで。もっといろんな山形のお酒と食を楽しんでもらいたいという気持ちがあるんですよね。
香港の人たちとつながるきっかけになったのは、私が企画した「6号酵母サミット」という日本酒のイベント。香港人のカップル、ガーフィールドさんとオスカーさんが1回目からいきなり来てくれたんですよ。そのつながりで香港の酒コミュニティみたいなものとつながって。だから酒自体のつながりもありますけど、そういう人とのつながりが今に生きているというのは常々感じます。ガーフィールドさんとオスカーさんの口利きで、いろいろな方の助けを借りて「La Jomon」も輸出できることになったんです。すごいのは、彼らは仕事は関係なく純粋に日本酒ファンだということ。本当にありがたいですよね。その期待にしっかり応えなきゃいけないなって思いますし、一方では自分のお酒が世界に通用するんだっていう自信にもなりますよね。
今はコロナの影響でこちらは少し中断してしまっていますけど、また再開できる日のために今は準備しておかなくちゃです。今年の「6号酵母サミット」も中止になってしまいましたけど、新たな商品開発とともに、今は来年に向けて準備するときかなと思っています。そんなこんなで好きなことばかりやっていると、寝てるあいだも結局そのことを考え続けているんですよね。だからロスがないというか(笑)ときどき利き酒の夢とか、やっぱり見ていますもんね。
でもお酒を飲む人たちにだけアピールしていても始まらないので、日本酒を飲まない人たちにもアピールを拡げていきたいと思っているんです。La Jomonの店の3周年を記念して乃し梅本舗 佐藤屋さんに作っていただいた「星降る夜に」は大変な反響を呼んで、4月現在で6月中旬まで予約が入っている状況。メールでの注文がずっと続いていて。でも、ずっとやっていても飽きられますから、これは6月3週目の父の日でいったん打ち切りの予定。一つの成功にしがみついていたらおもしろくないですからね。いま、第2弾の企画を佐藤屋さんと練っているところです。
並行して企画しているのが、「La Jomonビール」なんですよ。天童市のBrewlab.108さんとビールを造らせていただくことになっていて。夏のビールが美味しい時期に、バーンといきたいなと思って。これももちろん6号酵母を使ったお酒にします。夏までには販売できると思うので、楽しみにしていてください。
だいぶ旅の話からは遠いところに来てしまいましたが(笑)ええと、また行きたいなと思うところは、やっぱり秋田ですかね。秋田市内にある永楽食堂さんとか。駅からもそう遠くない距離にあって、お酒、料理ともに豊富で。壁いっぱいにお酒の銘柄が書いていあるんですけど、それがどれもリーズナブルで。お料理もやはりお手頃。高くておいしいのは当たり前なんでね。いろんなお酒を飲みながらいろんな料理が気軽にいただけて、おいしいんです。秋田の永楽食堂さんは、また行きたいところですね。
あと、大阪のよしむらさんという居酒屋さんもよかったなあ。店主さんが俺と同い年なんですよ。ご夫婦でカウンターにいらして、山形の食材も結構使われているんです。お酒は店主が気に入ったお酒を集めていて。やっぱり関西の方というのはトークのセンスが光りますし、人柄もすごくいいですし。魚の焼き方が絶妙でしたね。
よしむらさんは、昔、うちの店に来てくれたのがご縁のはじまりなんですよ。以来ちょくちょくお酒を注文してくださって。今年の始めに初めてお店へお伺いできたんです。そうしたら、まわりのお客さんもまたいいかんじなんですよね。正直、居酒屋で隣の人とかとはあまりしゃべらないんですよ、俺。でもそのときは、山形から来ましたとか、その日まわった神社の話だとかをしながら、ごく自然に気持ちよく酔えたなあって。ただ酔っ払うなんてのは、そういうところにせっかく行っているのに嫌ですからね。
店をやっていると、顔を出したいところ、応援したいところがいっぱいあるんです。こういう世の中だからこそ、人と人とのつながりがより大事だし、結局それでしかないんじゃないかなってますます思いますよね。
<プロフィール>
熊谷太郎(くまがい・たろう)
1970年宮城県気仙沼市生まれ。大学卒業後、一般企業に就職するも、酒造りの職人として生きていく道を目指し、東京農業大学短期大学部醸造学科へ社会人入学、醸造の基礎を学ぶ。3つの蔵を渡り歩き、計18季の酒造りを経験。現在、1級酒造技能士、清酒専門評価者の資格を生かし、独自のオリジナル酒のプロデュース、「6号酵母サミット」を始めとする酒のイベントの開催、また平清水焼七右エ門窯と協同し、味の丸くなる酒器を開発している。
https://www.lajomon.com/