旅のはなしvol.5 / 岸真弓さん「ボキちゃんと出会って」
地域の連載
山形で独創して営む人たちに尋ねました。忘れられない旅のこと。歩んできた道のりのこと。そして、今について。ご本人たちの語りで届けるシリーズ「旅のはなし」です。
現在は山形県立図書館にて利用者サービス全般の統括やPRなどを担当していますが、これまでは県職員として保健所や養護学校などでの様々な業務にあたってきました。住まいを山形市内に移したのは、5年くらい前かな。当時私はまだ米沢に職場があったんですが、夫の勤務地が変わったので一緒に引越したんですね。
山形市内にはお気に入りの飲食店がいくつかあるんですが、そこでハロウィンやクリスマスの時期にイベントを勝手に企画しています。以前によくやっていたのは、その名も「私を囲む会」(笑)
県外に出た友人たちが長期休暇で帰省するときに、「私、誘われてないかも」ということが何度かあったので、ならば逆にこちらから誘ってしまおうと友人数名に「私を囲みなさい」と声をかけて(笑) そこから人数も増えて定期的に集まるようになったり。
お店は、山形市のリノベーションスクールなどの取組みで生まれた新しいお店や場所などをメインで選定することが多いですね。IターンやUターンで山形に来てくれた人たちには、「山形に来てくれてありがとう」という気持ちもありますし、そもそもそういったチャレンジをする方々のお店に行ってみたい気持ちが一番でしょうか。新しいことを始める方たちはおもしろい方が多いですし、プライベートや山形に関する突っ込んだことも話せたりで、美味しさと相まってとことん通っています。
こんな私ですが、小学校の頃は人見知りでした。でも海外への興味は早くからありましたね。もともと父方の叔父さんがアメリカに住んでいて、帰国するたびにおもしろいおもちゃを持ってきてくれるんです。母親は映画が好きだったので、よく一緒に観たりもしていて、『天使にラブ・ソングを…』などは、吹き替えと字幕とを何度も観て、その訳の違いを比べながら「ああこんなふうに訳していいんだ」と思ったりしていました。
そこから将来は翻訳士になりたいと思って高校に入ったんですけど、だんだん勉強することが楽しくなくなってきちゃったんです。そんなときに、母がかけてくれた言葉があったんですね。母は兄弟姉妹が多かったため経済的な理由から自分がやりたい仕事に就けなかったそうなんですが、「自分が仕事をするうえで大事なのは、小さいことでいいから目標を定めること。例えそれがやりたい仕事じゃなかったとしても、目標を持ってやれば楽しく生活できるんだよ」と。そこから楽しむことを大事にしようと殻が破れたところがあったのかもしれません。
なので海外は仕事でなくても趣味でかかわっていけたらいいなと思っていたんですが、そのきっかけは突然きたというか。高校時代の先輩で仲良くしてもらっている人がいるんですが、その先輩が大学を卒業して大韓航空に就職したんです。学生時代をお互い仙台で過ごしたことから仲良くなって頻繁に連絡を取り合っていたんですが、ある日突然、「今月、一緒に韓国行かない?」って誘われて、「え、今月ですか?」と(笑)
当時、私もすでに働き始めていたんですけど、卒業旅行で行ったきりの海外だったので、パスポートの期限も切れてしまっているし。先輩とはその後もそうなんですが、現地集合、現地解散なんですよ。
このときも先輩は成田空港に勤めていたので、「成田空港のターミナル集合ね」と言われて。当時の私からすると、山形から行くからなあ…とちょっと億劫に思ったりもしたんですが、そのときにいくつか悩んでいることがあって気持ちも後ろ向きになっていたので、ここで一度外に出るのも悪くないかなと「じゃあ、行ってみます」ってお返事して。
すると、パスポートもすんなり更新できるし、航空券もすんなり取れるし、空港だって新幹線と電車を乗り継いだらすぐ着いちゃう。「なんだ、海外ってこんなに近いんだ」と。当時の私にとってはだいぶ大きな一歩だったわけですが、それからは海外旅行も韓国という国もとても身近なものになってしまうんですね。
そのときのボキちゃんという友だちとの韓国での出会いが私にはとても大きな出来事でした。先輩の知り合いの韓国人男性と機内で偶然乗り合わせたんですが、「今日、友だちと飲むんだけど、一緒に行く?」と誘われて。それで、とりあえず行ってみようかと先輩と行ったんですが、そこで出会ったのが、ボキちゃん。
可愛くて機転が利くし、子どもたちに英語を教える仕事で海外の人とよく接しているからかオープンマインドだし、とにかくすごくいい子で。その反面、飲みにくり出す前には、お酒に入れ替えたペットボトルを携帯して、「これから飲みに行くのに素面で行ったらおもしろくないでしょ?」なんて言う飾らなさ(笑)
それからは半年に1回くらいは韓国に行くようになり、私が結婚するときにも山形に来てくれました。昨日もボキちゃんとLINEで話したんですが、「そろそろ山形に行きたいと思っていたんだけれどコロナで行けなくなっちゃって残念」と言ってくれていました。
ボキちゃんもその友だちも、みんなおもしろくて憎めない人たちなんですね。韓国に行くときはいつも、何かに行き詰まっていたり、今の状況をどうにかしたいなあというときなんですが、行くと必ず無償の愛で受け止めてくれる。いい具合にみんな適当なので、「ああ、私はこのままでも大丈夫なんだなあ」って自信を取り戻せるんですね。
こうして旅を通じて海外への興味はどんどん広がったんですが、もともと本や物語も異国の魅力を教えてくれて好きなものでした。実は今ちょうど借りて読んでいるんですが、『時計坂の家』(高楼方子著、千葉史子絵)という児童書を、先日に館内をまわっていてたまたま見つけて。
これは昔、大好きだった本なんです。フー子という女の子が従姉妹からの誘いを受けて、夏におじいちゃんのところに泊まりに行くんですね。そこで不思議な出来事が起こる。ベランダに出る扉に懐中時計がぶらさがっていて、普段は動かないはずなのに、なぜかカチカチと動き始めて。すると目の前の窓が秘密の花園に続く扉になり、異国のような世界が広がって。壊れたはずの懐中時計と死んでしまったはずのおばあちゃんの秘密が次第につながっていったりするんですが、この読み応えといったら、もう長いこと寝すぎて気持ちが悪くなった朝のようというか(笑)
独特な言い回しも妙に頭に残るんです。これが児童書なのかという驚きもありますし。この本のことは、初めて読んだ中学生くらいの頃からロシアの話を聞くたびに思い出していたんですけど、タイトルをすっかり忘れてしまっていて。図書館で見つけたときには、感動しましたね。
図書館は、全国的にも年度末頃からは新型コロナウイルス感染拡大防止のために休館しているところが多かったですが、山形県立図書館も5月11日まで休館していました。休館前は臨時休校でお家にいる子どもたちにたくさん本を読んでもらえたらと、小中高校生の貸出上限冊数を10冊から20冊に増やしてみたりしたんですね。その後当館も休館することになって、そこで利用が増えたのが図書宅配サービスでした。サービス自体は2010年に始まったのですが、こんなに利用が多かったのは初めてでしょうか。配送業者さんにも、本当にたくさんご協力いただきました。
この準備や発送作業も実は私の仕事の一つだったので、みなさん気持ちが落ち込む時期ではと、せめてもの思いで手書きのメッセージも添えてみたり。でも、5月の連休前には1日に50件ほどの申し込みをいただき、これはもう一人では到底できない…と挫けそうになっていたんですが、そんな私を見かねて司書のみなさんが手伝ってくれて。メッセージなんて入れなくていいんじゃないって言われるかなと思ったんですけど、「じゃあ1日に何枚も書かなくちゃね」って一緒になってもらえてとてもうれしかったですね。今は再び開館したので、宅配サービスは週に一度のペースに戻っていますが、このサービスも引き続き利用いただけます。
図書館を利用されるみなさんがこれだけ本を愛してくださっていることも、その手助けをする図書館スタッフの仲間に入れてもらって支えてもらえることも、とても幸せなことだなあと休館中の出来事を通じて感じました。
図書館で働く自分たちが最も力を発揮できるのは、来館される方がいてサービスを提供できるときだと思うんですね。スタッフはみんなそれぞれに仕事に対する姿勢や思いを持っているので、カウンターに出ているときが一番輝いているんです。その姿を見られてこそ、私自身も楽しく仕事ができるんだなあとあらためて思いました。
バタバタと走り回っているかもしれませんが、山形県立図書館にいらっしゃる際には、ぜひ気軽に声をかけてもらえたらと思います。旅の話や本の話も好きですが、お酒の話などもいいですね(笑)
<プロフィール>
岸真弓(きし・まゆみ)
山形県西置賜郡白鷹町出身、山形市在住。専門学校を卒業後に山形県職員として採用され、保健所や養護学校、農業高等学校、精神保健福祉センター等での業務に携わり、現在は山形県立図書館経営課に所属。来館者へ向けたサービス全般のマネジメントや各市町村の図書館支援などを担当している。趣味の旅行とお酒に関するエピソードは尽きず。好きなことは、美味しいものを様々な人と囲める場を企画すること。