中毒性のある人、「ろくろ舎」酒井義夫
インタビュー
開け放した工房の窓から初夏の風がカーテンを膨らませ、風鈴が鳴る。
梅雨入り前の6月某日。酒井義夫さんの工房「ろくろ舎」を訪ねた。
酒井さんは木地師である。越前漆器の産地である鯖江市の河和田地区で伝統的な丸物木地師として技術を継承しながら、自身で様々なプロダクトを作成している。
取材日をさかのぼること数日前。久しぶりに酒井さんから連絡が来た。
「知ってると思うけど、車にろくろ積み込んで行脚できる『ろくろ車』の作製、クラウドファンディング始めたから、応援よろしく!」
「あんま宣伝にならんと思うけど友達限定のステッカー貼るやつおすすめ。一口どう?笑」
宣伝にならないって言っちゃうんだ。思わずほおが緩んだ。
すでにこのクラウドファンディングは友人知人周辺で大いに話題を呼び、スタートしてからわずか数日で目標金額に達成していた。
なんだか敵わないよなあと思いながら、このご時世に面白いクラウドファンディングを仕掛けた酒井さんに無性に会いたくなって取材を申し込んだ。
ろくろ車は今の僕のひとつの解
―ろくろ車クラウドファンディングはコロナきっかけで思いついたの?
「いや、そんなことなくて。実は4年くらい前から構想はあったんだよね。
大阪のトークイベントの中でアイディアはできたかな。で、今やるのがベストだなって思って動いたわけさ。
コロナあってもなくても変えなきゃいけなかったことに何ら変わらない。
これってコロナのせいにするより自分のせいにした方が早いよね。だって変われば前より強くなれるって分かってたんだから。
個人だから言えることかもしれないけれどね。
常にテコ入れしているから焦ることないな。切り替えは早いよね。
だから今回、1つの解としてろくろ車が出たんだよね。
色んなところを廻りたい。
でもさ、本当は家に帰りたいんだ。
フェスとかにもよく誘われるんだけど、音楽やお酒楽しむよりも家に帰りたいが勝つんだよね。」
酒井さんは、煙草をくゆらせながら飾らない自分の言葉で飄々と話す。
工房には自然光が入り、酒井さんを中心としてゆるやかな時間が流れている。
原動力は、自分で見つけること、どうありたいか常に考えること。
―色々なイベントやトークショーに呼ばれたりするんじゃない?今だとオンラインかな。
「最近行かないんだよ。人から聞いたことあんまりしたくない。
自分で見つけたいわけ、基本。よしやったったぞって。
色んな情報得ちゃうとあたかも自分のものだと錯覚しちゃう。
昔は入れてたけどね。ほんとあまのじゃく。同じもの持ってると捨てたくなっちゃう。」
―でもさみしがり屋だよね?
「めんどくさいよねー。
あぶない、だいぶあぶない。ギリギリの社会性。
社会にのっているかも分かんない。
ヨメさんからはあなたは何の人なのってよく言われる。
人って2つパターンがあって、積み上げて目標達成していく人と今日MAX最高の人。
後者なんだよね。押し引きが強いのかな。
行き当たりばったりなんだけど、本能的にどうありたいかってところを考えている。
どうありたいかでやっているから今が一番いい。
後悔がないんだよ。ずっとゴールを切り続けているから後悔の起きようもない。
そんなこと言っているとヨメさんに怒られるんだけどね。それを全部支えているのはこっちって。あざーっすって言ってる。軽いね。」
そう、そこなのだ。酒井義夫という人は。本能的に面白いコトを嗅ぎ分けている。
軽やかに。
一見捉えどころのない、世捨て人に見える。けれど人の作ったレールを走ることをきちんと厭い、自分の行きたい道を歩いているのだ。一番大切なことなのに一番忘れやすいことをこの人は決して忘れていない。それは生きている核心だと思うのだ。
自分のポジショニングを見極める。
―目標どおりになったことってある?
「目標を立てなさいって言うでしょ。
向いている人はいいんだよ。TSUGI新山くんとかね。負けず嫌いだから絶対そこにたどり着こうとするし。みんな違うからいいよね。
僕に目標はない。社会人としてギリギリなんだけど、プライドは高いのよ。
だから絶対に自分が関わったことはぽしゃりたくないし、ろくろ舎をつぶさない。PARKとかもそう。何とかするし、助けてくれる人がいるから何とかなっているね。それを含めて何とかする。
ポジショニングって大事だよね。
木地師とか工芸とか言っているけど、同じフィールドで戦ってない。
競技人口がなるべくいないところで勝とうっていう。
例えば木地師だとお隣の山中温泉には沢山まだいるのよ。
レッドオーシャンなわけさ。役に立つ人いっぱいいるのよ。
だからラッキーだよね。こっちだと一人だから。若手。
いきなり何十年ぶりの木地師さんとか騒がれたもん。それだけでも1歩出された感じ。
ポジショニングがあった。たまたま目の前に出された。
その時にバッターボックスに立たないとだめだから。で、立った時に目立たないと。
それがポジショニング。投げれて打てるみたいな。
なんかそれを感覚的にやっている感じかな。単に目立てばいいってもんじゃないしね。」
産地のことを想う。仕組みをつくる。
「実際自分だけが儲かるようなコミットの仕方はしたくないよね。
孤高の存在になりたいなんて1ミリも思ってないから。
うまいことやりやがってって思っている人もいるだろうし、職人としてどうなんだって思っている人もいると思う。
でもよっぽどその人たちより産地のことを考えている。だから仕組みも大事だし、つぶれたら作れないし。どうやったらモノがつくれるか、そこからできたのがオンリー椀だし。しごくシンプルです。
早く引退したいの。やめたいの。この時間からビール飲んでマンガ読んでごろごろして将棋指したいの。
でもうっかりこの業界入って、仕事くれた人、信頼してくれる人にその人たちに辞めましたってこのままじゃ言えないから。僕がやめるには僕みたいな人が木地師始めましたって言える環境になってなきゃじゃない。
そのためにやることはなにか。それができたらお役御免かな。肩の荷が下りるね。
それが最低限、僕のルール。一応目標かな。
そう思っている産地の人ってほんといないから。外国人だと思われてる。
職人としては技を積んで高みを目指すっていうのは尊敬している。
でも食えない。それとこれとは違う話。
感情的になると話になんない。
まずは食えるようになりましょう。
若い子らが仕事できる状況をつくりましょう。
自社内ではやるんだよ。じぶんとこで若い子を育てる。
結局それって問題解決してないのよ。産地としては。
もうちょっとマクロでみる必要があるよね。
RENEWや産地の合説みたいのは入口になっているかな。」
目減りしない価値を目指して
―楽しみだな、ろくろ車。なんか希望だよね。
「オンラインイベントが続く中でオフラインだーって言ってるからね。一点張りだしね。
まあまあ突拍子もないことしたと思うよ。
自分も気持ちよくて相手も気持ちよかったらそれって価値だよね。
目減りしない価値。
すごく稼ぐより、日本中に友達がいて泊めてくれる方がいい。
だんだん体現できてるなあ。」
酒井義夫には中毒性がある。
この人に好かれたいなと思わせる何か。引き寄せられる何か。
自分の本能への向き合い方、関わってくれる人、土地、モノへの感謝の仕方。
そしてあまのじゃくな部分。
その中毒性にやられた人達がきっと全国にいるのであろう。
この人の魅力はオンラインでは決して語ることはできない。
2021年春、酒井さんはろくろ車に乗って、あなたの町へ来るかもしれない。
ろくろ車にもたれてボーっと煙草を吸っていたら、声を掛けてみるといい。
私はそんな未来を想うと、ワクワクするのだ。
(テキスト/牛久保星子、写真/石原藍)