ナチュラルワインと気まぐれキッチン「プルピエ」
地域のお店情報
山形駅から七日町方面に向かう中間地点の桜町。すずらん通りから霞城公園や山形美術館に続く公園通りにその店はある。
横長にガラスばりの外観。隣近所に飲食店はなく、夜になって反対車線側から少しひいて眺めると、にぎわう店内の様子が一枚絵のようにぼんやりと浮かび上がって見える。人々が食事やワインを囲む空間は活気があり、多幸感に溢れ、そのエネルギーがじんわりと外までにじみ出ている。いい店があるまちに住むことの尊さを感じさせてくれる、そんなお店だ。
ナチュラルワインと気まぐれキッチン「プルピエ」。2019年5月のオープン直後から、連日多くの人で賑わいをみせている。サービス全般を行う店主の佐藤洋一郎さんと、シェフの武田悠さん、二人のリズムから日々営まれているプルピエ。オープンして1年が経過したいま、その成り立ちやナチュラルワインの魅力、店に込める思いをじっくりとうかがった。
山形市で生まれ育った佐藤さんは、高校を卒業後、宇都宮大学に進学した。宇都宮は「カクテルの街」と呼ばれ、バーテンダーの数も質も全国トップレベルといわれている。ある日先輩に連れられたバーで飲んだジントニックの味が忘れられず、空間やサービスにも感銘を受け、直談判して働かせてもらえることに。その後ワインの世界にのめり込み、ワインエキスパートの資格を取得しながら接客のイロハを学んだ。
卒業後は上京し、旅行会社勤務を経て、輸入ワインの専門商社に転職。名だたるレストランのソムリエやシェフなどの飲食店や酒屋への営業を担当し、約5年にかけてワインの知識を深めていった。
地元の仲間と縁が深く、いつかは山形に戻ろうと考えていたという佐藤さん。山形も営業担当エリア内であったため、取引先で交流のあった山形市内のダイニングバーの新店舗立ち上げに声がかかり、Uターンを決めた。そこで料理長として参画した武田さんと出会うことになる。
武田さんも同じく、生まれも育ちも山形市。高校を卒業後は、パンや洋菓子の製造販売や飲食事業を手掛ける地元企業に就職し、飲食部門への配属をきっかけにシェフの道へ。約9年間、そば、洋食、イタリアン、フレンチなど、他ジャンルの調理を経験した後、佐藤さんと同じく新店舗立ち上げのスカウトを受けた。
こうして二人が出会い、同僚として約5年にわたって店に立ち続け、休日は一緒に全国のナチュラルワインが飲める店を巡ったり、生産者を訪ね歩いたり、多くの経験や時間を共有する中で、二人の間に自然と同じ方向性が見えてきた。
「お客さんとの対話を大切にできる、手が行き届く規模の店で、ナチュラルワインのおいしさをもっと丁寧に伝えたい」。そんな思いが募り店の立ち上げを決意した。
ナチュラルワインと季節感のある料理。強いテーマを持っているからこそ、目的や興味を持って来てほしいとの思いで、七日町でもなく駅前でもない、あえて繁華街から少し距離がある桜町を選んだ。
落ち着いた雰囲気に魅力を感じてエリアを歩いて回ったところ、ガラス張りのこの物件を見つけてすぐさまピンときたという。
店をつくる過程でキーパーソンになったのが、デザイナーの土屋勇太さんだ。土屋さんもナチュラルワインの魅力にすっかり魅せられ、3人で仙台や東京を含め多くのお店を共に巡ったという。
その後、建築家の川上謙さんがメンバーに加わり、佐藤さんが描くイメージを土屋さんに伝えながら、店名からテーマやコピー、空間デザインまでブラッシュアップを繰り返し、さらに家具職人や大工、グラスの卸しや配管、不動産の仕事をする高校の同級生など、ワインの魅力を共有する仲間が集まり店がつくられていった。
「プルピエ」という愛らしい響きの店名は、なんと「ひょう」が由来しているという。山形の人が食べる雑草の、あの「ひょう」だ。
「北海道でワイン造りに挑む知人が僕の実家を訪ねてくれて、ひょうのおひたしを出したとき『これ知ってるよ、プルピエでしょ』と。ヨーロッパでも食べる文化があり、フランス語で『プルピエ』ということを教えてくれたんです。山形特有の食文化だと思っていたけど、実は世界につながっていた。そもそもが雑草であり、強く根を広げていくことにも共感したんです」(佐藤さん)
こうして令和の幕開けである2019年5月にプルピエがオープン。開業日からあっという間に人気店となった。
私はいつも赤か白か、甘いか辛いかの希望をざっくり伝えて、佐藤さんのおすすめをいただくことにしている。するとワインと一緒にその名前やラベルデザインの由来、ぶどうの品種や産地の特徴、生産者の人柄まで、佐藤さんの口からきめ細やかな情報が語られる。その話に耳を傾けていると、グラスの向こうにぼんやりとその光景が浮かんでくるのだ。
背景を知るとおいしくなるとは聞くけれど、その通りだと思う。この一杯と“巡り合った”という感覚になる。大袈裟でもなく、本当にそうなる。この体験がプルピエの真骨頂だと私は思う。
佐藤さんが思ういいワインとはどんなものなのだろうか。聞いてみると、「人がわかるワインが好きだ」と佐藤さんは話す。
そもそもナチュラルワイン(自然派ワイン)には定義がないという。例えば『ビオワイン』と呼ばれるものには認証があるが、それよりさらにストイックに農薬をほぼ使わず、野生酵母で発酵させ、酸化防止剤など添加物を一切使わないか少量のみでつくられているのがナチュラルワイン。
ところが厳密な認証はなく、とても自由なワインであるという。機関による規格外でワインをつくっているため、ラベルのデザインはアート作品のように個性的でバリエーション豊かだ。
「ナチュラルワインとは、作り手の生き方そのものだと思っています。自然派だからこそ、同じ品種のブドウを使って同じ産地でつくっても、作り手によって味がまったく変わるんです。アーティストのような精神性で、自然をリスペクトしながらワインづくりを楽しんでいる。そんな人たちのワイン。つまりは『人』なんですよね」(佐藤さん)
なるほど、だから佐藤さんのワイン解説からは、生産者のプロフィールや人柄まで語られるわけだ。
旅先で産地を訪ねたり、来日した生産者に会いに行ったり、輸入元や酒屋からヒアリングしたりと、綿密な情報収集が欠かせないという。世界中の作り手の物語が今日もこの店に集まってきている。
「きまぐれキッチン」との名の通り、プルピエではジャンルを問わず、シーズンに合わせたシェフの直感によるフードメニューが日替わりで登場する。ロースト肉やカルパッチョ、パスタのほか、そばや芋煮が出るときも。和食も驚くほどにワインと相性がいい。フレンチからイタリアン、和食まで他ジャンルを経験してきた武田さんならではのペアリングの提案だ。
「今日みたいに暑い日は、こってり重たいソースをかけるよりも、野菜をおひたしにしたり、海鮮をマリネにしたり、シンプルなグリルがいい。朝起きて気候から感じたことをメニューにいかすようにしています」(武田さん)
「地のものを使うことももちろん大切にしていますが、うちの店は『地産地消』をうたっているわけではありません。ナチュラルワインは広く深い世界で、全国にいるプロフェッショナルから愛飲家までワインを通じて繋がることができます。ワインも食材もすべて縁があって出会ってきた、全国にいる尊敬する作り手さんのものばかり。それらをクレジットして使わせていただいています」(佐藤さん)
「県外から来た人には、山形のおいしいものを知ってもらい、地元の人には全国や世界の素晴らしい作り手の方を紹介する、そんな食のメディアのような位置付けでありたいと思っています。扱わせていただいているワインや食材の生産者の方に『プルピエで使われてよかった』と言ってもらえるようなお店を目指していきたいです」(佐藤さん)
いつも自然体で嘘のない、まっすぐで本質的な食事やサービス、お二人の人柄まで、プルピエの姿とは、まさにナチュラルワインのあり方そのものではないかと気付かされる。
ワインもフードもコミュニケーションも空間も、すべてが一体化したプルピエという名の“体験”をぜひ一度味わってみてほしい。
取材・文:中島彩 写真:根岸功