食彩やまがた12カ月 文月「ブルーベリー」
地域の連載
このコーナーでは今が旬のやまがたの食材にフォーカス。その天の恵みを育んだ風土や歴史、ひとの営みにも手をのばしていきたいと思います。
江國香織さんの作品に『こうばしい日々』という中編があります。主人公は11歳の男の子。その子ども以上青年未満のもどかしさばかりの日常がいきいきと描かれています。育ち盛りの年ごろでもあるからなのか、1ページにいちどくらいの頻度で飲んだり食べたりのシーンが出てきます。
それら数ある11歳男子グルメのなかでも「大好物」と語られているのは、ピーナッツバターをぬったトーストにたっぷりのブルーベリージャムをのっけたもの。
この作品の舞台はアメリカ東海岸デラウェア州。そこは江國さん自身が20代前半に留学ですごした地。そして北米はまた、今回のテーマ食材ブルーベリーの原産地です。
建国の歴史よりもはるか先からこの地に自生きたことへの賛美なのでしょうか、アメリカでは7月を「National Blueberry Month」と制定されています。
そして山形ではこの季節「山形市内の住宅地の一角にある畑で、今年もブルーベリーの収穫を迎えています」といった報道が毎年のようにくりかえされます。
その畑がここ、石岡浩明さん(60歳)が2011年に開園した果樹園「ハンドレットベリーズ」です。
「無農薬栽培で樹上完熟が私のブルーベリーの特長です」
たとえばアボカドやラフランスなど、青果売り場に並ぶのはまだ身の硬い熟していない状態が少なくありません。買い手が好みの熟れ具合をつくることができるというわけです。
それらと違い、ブルーベリーは摘んでしまえばそれ以降、熟しません。樹に成った状態で完全に熟すのを待つしかないのです。
「その過程で実が割れて出荷できないロスがでることもあります。それでも安全で美味しいブルーベリーだけをお届けしたいんです」
よく見ると実のなりかた、粒立ち、葉の形状など、隣り合っている樹でも一つひとつが違うのに気づきます。
「はじめに植えたのはラビットアイ系。それからより寒冷地でも栽培しやすいハイブッシュ系を増やして。それらアメリカ原産種に加えて、大粒肉厚のユーリカというオーストラリア産もあります」
ラビットアイなどの名が挙がりましたが、これは大きな品種系統のこと。ラビットアイ系だけでも30前後の品種が数えられます。つまり石岡さんの畑ではさまざまな品種が肩を並べて、それぞれの発育の時を刻んでいるのです。
「多品種栽培なので収穫、つまり完熟のタイミングがずれてきます。それで収穫期間を長くとることができるのです」
足もとを見ると、土壌を酸性にする土と保水のためのチップが散りばめられた畝がきれいに整えられています。少し目を転じると、挿し木の苗床や30センチほどに育った株のプランターがあるのに気づきます。ブルーベリーは鉢植え栽培も容易で、家庭園芸でも人気の高い果樹のひとつなのです。
「当時小学生だった次男の学年便りに目をとおしていたら、近所の果樹園でブルーベリーの栽培体験ができるという記事がありましてね」
それはいまから10年ほどまえのこと。石岡さんは茨城県つくば市で会社員生活を送っていました。
「その栽培体験では、まず1本の樹をまかされました。そして次のシーズンになると『じゃあ、今年は2本やってみますか』と」
この経験が石岡さんのなかに漠然としていたヴィジョンをはっきり結実させることになりました。それは首都圏での会社員生活にピリオドを打ち、郷里山形へ家族とともに移住すること。そこでの第2の人生ではブルーベリーの栽培家になるのだと。
「妻に手伝ってもらいながら、自分のやりたいようにできる。完全無農薬で栽培すること。出荷も基本的には流通組織に頼らず、直販にする。50歳前後の脱サラの身でありながら、思いどおりの農業ができるのがブルーベリーでした」
聞けば石岡さんのご母堂はいまも現役の農家だそう。
「両親は農家だったのですが、その家業がイヤでイヤで山形を飛び出して会社員になったんですけどね(笑)。母はいまも畑で野菜を育ててますが、仕事のことではおたがい口出ししないことにしてます。母には母のやりかた、私には私のやりかたがありますからね(笑)」
山形へUターンしてからしばらくしたある日、茨城から電話がありました。石岡さんがブルーベリー栽培家になるきっかけをくれた果樹園のご主人でした。
「あのあたりも東日本大震災の被害はすくなからぬものがありまして、果樹園を閉じるご決断をされたと。そして樹を何本かひきとらないかというお誘いでした」
震災のつめ痕がなまなましい道を軽トラックで往復して運んだ、つくば市から受け継いだブルーベリーは、いまも山形の地に育ちつづけています。
その樹をはじめ、石岡さんの畑では実の収穫とともに苗木も育ちつづけています。
「山形市内のかたからはじまり、いまでは県外からも苗木の注文が寄せられるようになりました」
注文の主はほとんどが園芸未経験の中高年層の男性だそうです。かつて石岡さん自身が転機の一歩を踏み出すきっかけとなったブルーベリー。この果実には生き方のスタイルにも伝播する力があるのでしょうか…。
ブルーベリーを皮切りにパッションフルーツ、レモン、ライムと栽培品種を増やしてきている石岡さん。その挑戦は市街地の住宅街のこの地からさらに拡充をめざし、山形市郊外に準備している畑へと受け継がれようとしています。
最後にブルーベリーをつかった当店のレシピを紹介しておきます。
(次回は8月中旬の掲載予定)
石岡浩明さんの活動の詳細は、Facebook「ハンドレッドベリーズ」で検索
今月の旬菜メモ
ブルーベリー
ブルーベリーとストロベリー、どちらも「berry」がつく同種の植物のようですがブルーベリーはツツジ科、ストロベリーはバラ科の植物。「berry」とはナッツ類のような殻を持たない果汁の多い小さい実のことで、植物的分類とは関係ありません。
アメリカ建国の歴史において、ヨーロッパからの移民がもちこんだ作物が酸性の土壌にはなじまず苦労していたところを、先住民たちが差し出したのがブルーベリー。そのため「命の恩人」と称えられ、2016年には栽培種誕生から100年の祝賀が盛大に催されたりしました。
ワインビストロのレシピ
ブルーベリーと水ナスのサラダ、インドふうブルーベリーのソース
① ブルーベリー2パックぶん、無糖ヨーグルト180g、ココナッツロング(パウダーでも可)50g、青唐辛子1本をミキサーにかける。シノワやザルでこす。
② 大さじ2のサラダ油にマスタードシード小さじ1を入れ火にかける。マスタードシードがパチパチとはぜてきたら火を止め、カレーリーフを入れる。①にかけて、よくかきまぜてソース完成。
③ 水ナスはひと口サイズにできるだけ手で裂き、カボスやスダチなど柑橘をふる。粗塩とエクストラヴァージンオリーブオイルをひと回しする。
④ 皿にソースを浮べ、③と生のブルーベリーを飾る。