美食倶楽部とローカル
美食倶楽部を日本のローカルでも展開できないか?(1)
今のような時期だからこそ考える時間が比較的確保しやすい。ということで、妄想プロジェクトについて整理しつつ、その解像度を高めていければ良い。
今回と次回は“美食倶楽部”について。これが日本の社会に実装できれば、多くの社会課題が解決しちゃうのではないか? などと大層なことを思い込んでいる。
サン・セバスチャンに行ってきた
美食倶楽部。この謎の響きに惹かれてスペインのバスク地方、サン・セバスチャンに行ったのは、一年ちょっと前のこと。サン・セバスチャンといえば、美食を切り口とした地域活性化の事例として有名である。実際に、ミシュラン星付きの店が人口あたり世界一ということや、旧市街のバル・ホッピングが有名でとにかく飲んで食べてだけでも行く価値があると言われている。
特別派手な観光スポットがあるわけでもないのに、リピーターが絶えないまち。
それは、今後の日本社会のローカル論、ツーリズム論を考えていくうえで、目指す方向ではないか。そんな気がして、是が非でも行ってみたかった。
場所はスペインの北東の辺りに位置し、スペイン王室の避暑地であった歴史や、フランスの国境と近いということも、美食というアイデンティティー形成に大きく関係してきたようだ。ワインで有名なボルドーにも近い。サーフィンができるビーチを持っているのも個人的に魅力を感じるところである。
サン・セバスチャンが活性化して来たその中心には食があった。レシピを公開しオープンソースとして共有することで新しい料理が広まる状況をつくったとか。料理で学位が取れる大学を設立し新しい担い手の育成に力を入れることによって美味しい店が市内に増えて行くエコシステムをつくりあげたとか。よく話に上るところだ。
加えて、市内の道路を歩道に変えたり車の乗り入れを禁止する街区をつくったり、いわゆるウォーカブルな街並みの計画を進めてきた点など、いくつも手立てを積み重ねてきている。他の詳しい説明は、高城剛さんの本とか、色んな文献があるので探してみてください。
美食倶楽部はローカルのインフラ
サン・セバスチャンの街に点在する美食倶楽部は、自分の家のもう一つの居場所が街なかにあるというようなイメージだろうか。
会員になるということは共同オーナーになるということであり、その場所の鍵を渡され、いつでも利用することができる。予約をして家族や仲間といった大人数で利用したり、毎週土曜日の朝いつものメンバーで集まったりと、その使い方は様々。キッチン付きの部室といった感じ?
基本は会員制で100人ほどの規模が多いらしく、入会するには会員の紹介が必須とされているケースが多いようだ。伝統のある倶楽部の中には何百人もウェイティングしているもところもあれば、比較的カジュアルに入会できるところもあるという。
複数の倶楽部に属している人もいれば、祖父から倶楽部の会員を引き継ぐということもあるらしく、都市インフラとして地域に根付いている印象だ。
美食倶楽部は20世紀に入った頃にはすでにあり、その後、フランコ政権が独裁色を強めバスク独自の文化が抑圧されていった時期、市民同士の団結・集結が自然と生まれ美食倶楽部は発展してきたと聞いた。またバスクは女性が男性より強いと言われるが、男たちのみが自由に料理して飲み食いできるダイニングキッチンという意味合いもあったようだ。だから美食倶楽部は伝統的に女人禁制だった。
休みの日に家でゴロゴロしていたら邪魔だとか言われた男性陣が集まって、料理して飲み始め、集まる口実に倶楽部を設立し、そこに女人禁制を盛り込んだという説が濃厚で、つまり家に居場所がなくなった親父どもがウダウダ飲む場が美食倶楽部の始まりだった。お酒の飲める会員制の公民館といった感じなんでしょうかね。そんな美食倶楽部だが、今では、男女関係ない倶楽部がほとんどになり、老若男女が集う場所となっている。
美食倶楽部を実際に体験
観光地ではないので、外部の人は通常なかなか入れないらしいが、今回は、現地に移住しようとしている友人ファミリーと一緒だったのでいくつかの美食倶楽部に潜入することができた。
僕らが到着すると、心よく受け入れてくれた。まずワインとチーズを振る舞われ、「ちょっと待ってろ!」とか言われ、キッチンに入るやいなや調理をはじめ、サーブしてくれる気前のよさ。カタクチイワシをオリーブオイルでさっと炒めただけなんだけど、本当に美味しくて、楽しくて。贅沢な朝食でした。古新聞の上にどかっと皿を置いて盛り付ける感じも個人的にグッと来た。
彼らは、地元の漁師やパン屋や大工で、朝の一仕事を終えて集まり、朝食を皆で取りながら、飲みながら毎週集っているということだ。僕らの一行の中には女子もいたので、女人禁制かもと緊張したのだが、ここは全然OKで、おじさま達はむしろ嬉しそうだった。
集まり、料理をして、一緒に食べる楽しさ
もうひとつは現地でガイドをお願いしたジュレンさんの美食倶楽部。サン・セバスチャン市内の旧市街にある、伝統的な雰囲気。
なんと僕らもここで料理をする成り行きになり、なぜかバスク料理VS日本料理という構図に。飲食関係の仲間がいたので、彼の指示に従い食材の買い出しをして、メニューを決め、料理してサーブ。そして、みんなで飲み食い、美食倶楽部の醍醐味を体験することができたのだった。
ライバルのバスク人シェフは、家からなにやら良い匂いをする鍋を持ってきて、現場では温めるだけだった。すでに数日煮込んできたらしく、正直、それでも良いんだ!?と思ったけど、そんなルールとかはどうでもよくて、皆が自分たちのペースで時間を過ごし、共有している感じがとても心地よかった。
なんだかんだ2時間くらいかけてつくって、徐々に人が集まってきて、気がつけば、20人くらいに。
自分たちで作り、みなが喜んで食べてくれるのは最高に楽しい。このあとみんなでデザートを食べて、また飲み直したりしながら、この宴は、夜中の2時くらいまで続いた。
美食倶楽部に秘められた可能性
美食倶楽部は料理をしながら飲みながら楽しむ場。今回、厨房内でのバスク人シェフとは日本語と片言の英語とスペイン語でのコミュニケーションだった。
でも料理という作業をしながらだと、初対面での人見知り感を緩和してくれるという効能もあるし、とりあえずフライパンで玉ねぎでも炒めていたら、ちょうどよい距離感でコミュニケーションが取れる気がしている。ジェスチャーでも何とかなったり。
美食倶楽部はそんな場所。コミュニケーションが目的ではなく、各々が楽しむことが目的で、結果的にコミュニケーションがたまに生まれる。
そしてこの美食倶楽部は、僕らのまわりで多くみられる、核家族化に関わる問題、少子化、待機児童、高齢化問題、空き家問題とか、人との適切な距離感の欠如からくる寂しい、なんか不安みたいなことも解決してしまうのではないかと思っている。
美味しいものをつくりながら、飲みながら、楽しめる場所。
美食倶楽部を訪れたことがきっかけで、そんな場所をデザインしたいという気持ちがフツフツと沸いてきている。
つづく