名古屋の伝統文化を継承する覚悟とプライド。「か茂免」の三代目・船橋識光さん
インタビュー
名古屋城の城下町の一角、東区・白壁。江戸時代には尾張徳川藩の中級武家屋敷が集まっていたというこのエリアには、いまもその面影が色濃く残り、歴史と文化の薫りが漂います。名前のとおり白壁、黒塗りの塀が印象的な町並みに、豪奢なマンションや格式高いお屋敷が建ち並ぶ、市内でも指折りの閑静で高級な住宅街。老舗料亭「か茂免」は、そんなまちのなかでも圧倒的な存在感を放っています。
ーー白壁町の移り変わりを見守り続けてきた老舗料亭、名古屋という都市においても貴重な存在ですね。
「老舗と言われますが、実際にはそれほどでもないんです。創業は昭和初期で、白壁に移転したのが戦後のこと。大したことはありません。京都や東京には比較にならないほど古くから続く老舗がいくらでもありますから・・・。」
店の歴史について、船橋さんは控えめに語ります。けれども「か茂免」の敷地と建物は歴史的にも文化的にも非常に価値が高く、もとは尾張徳川家の中級武士・安藤十次郎邸の跡地であった場所。座敷として使われている母屋は、大正時代に京都の紙問屋・中井氏の別宅として建築され、第二次大戦前にはかつての宮家・東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)氏が歩兵団長の宿舎として、またその後は賀陽宮恒憲(かやのみやつねのり)氏の邸宅として代々大切に使われてきました。
名古屋の町並み保存地区にも指定されている白壁エリアはまた、明治から昭和へと続く時代の中で、名古屋の近代化を担った文化人や財界人にゆかりの建物が数多く残っていることから、「文化のみち」とも呼ばれています。
「創業者である祖父は白壁ではなく今の中区で料理屋を始めました。しかし戦争で焼け出されてしまって。祖父は陸軍の師団長だったこともあり、中井家から敷地ごと屋敷を買いうけ、戦後からこちらで営業をしてきました。このあたりは一区画が大体700坪に区切られているのですが、うちの敷地は1000坪。当時、皇族が住まわれるということで国が300坪を買い足して防空壕を作ったためだと聞いています。」
ーー特別な歴史を持つまちで料亭を営む家に生まれ育ったことについてはどう感じていましたか?
「子供の頃はあまり気にしたことはなかったですね。今は隣に自宅がありますが、子供の頃はこの屋敷に住んでいました。料亭の座敷の一室が自分の部屋で、母は当たり前のように毎日着物を着て働き、調理場にはいつもたくさんの人がいた。でもそれを特別だとは感じていませんでした。」
お客様のいない休みの日には屋根に登ったり、庭の池に船を浮かべて鯉を釣ったり。広大な庭とお屋敷は、わんぱく盛りの船橋少年には格好の遊び場だったそう。
「庭では火遊びもしてました。思えば随分と危険なこともしましたね。火事でも出していたら大変ですよね(笑)。家の前の道も、子供の頃はめったに車が通らなかったので、野球をして遊んでました。白壁には昔の風情が残っていると言われますが、僕が見てきた50年の間だけでも様子は大分変わりました。」
ーー家業を継ぐことは、文化を継承するプレッシャーもあるのではないですか?
「家のことを考え始めたのは大学を出た頃。兄はもともと継ぐ気はなかったみたいで。それなら僕が継いでもいいかなと。当時はバブルの真っ只中で、楽してうまくやれるだろうなんて簡単に考えてたんですが、現実はまったく違いました(笑)。バブルはすぐ弾けちゃって経済も傾いて。甘くはなかったですね。でも、継いだからにはどんなことがあっても続けていかなければという責任は感じてきました。料亭はいろんな伝統や文化とも繋がりがあります。そういう意味でも引き連れているものがたくさんあるんですよね。」
時代とともに移り変わるまちを静かに見つめながら、名古屋の伝統文化までをも守る立場として使命と矜恃を語る船橋さん。その上に襲った今年のコロナ禍は想像を超える痛手となりました。
「思いもよらない事態ですよね。日々の宴会はなくなり、結婚式の予定もほとんどが延期に。かなり滅入っていますが、こんな状況でも続けていきたいという思いは変わりません。これだけの白壁を残しているのはもううちぐらいになってしまいましたし、白壁エリアのランドマークだと思っているんです。同時に名古屋の文化の一端を背負ってきたというプライドもあります。もしこの建物を手放すようなことになれば、まち全体のイメージまで変わってしまいますからね。」
ーー老舗料亭として、まちのシンボルとして、厳しい試練を乗り越えるために今、思うことは?
「店を代々維持していく厳しさを痛感していますが、こういう店だからこそ、他とは違う価値を感じていただけるようなおもてなしをより一層大切にしたいですね。」
お料理に、お祝いの席に、四季折々の風情を添えてくれるお庭や、季節の食材の味を引き立たせる座敷の設えや和の器たち。歴史が薫る白壁というまちの持つ雰囲気もまた、ここで過ごす特別な時間に大きな価値を加えてくれる味わいのひとつ、とも。
「長く続けていくためにはこれまでのやり方に固執してばかりでもいけない。これはまだ個人的な構想ですが、うち以外に白壁周辺には素晴らしい料亭やフレンチの名店もあります。みんなでタッグを組めば、白壁エリアの魅力を発信することができるのではと考えています。こういう時だからこそチャンスだとも言えますよね。厳しい局面を乗り切るためですが、何より楽しそうじゃないですか!」
生まれ育ったまちへの愛着は、厳しい試練の時を乗り越えてさらに深まっていくものなのかもしれません。
ーー最後に、船橋さんの白壁で一番好きな景色は。
「空が広いところですね。まちの様子は変わっても、家の前の道に出て見渡す空だけは昔も今も変わりません。とくに夕暮れ時の美しい空を眺める時間が最高に気に入っています!」
名称 | 料亭 か茂免 |
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業種 | 飲食業・料亭・結婚式場 |
URL | |
住所 | 〒461-0011愛知県名古屋市東区白壁4-85 |
TEL | TEL:052-931-8506 |
営業時間 | 昼:11:30 ~ 15:00(13:00) |
定休日 | 定休日:日曜定休(営業日もあるためお問合せ下さい)・年末年始、お盆、GW(一部) |
アクセス | 名古屋駅バスターミナルから市バス10番のりば(基幹バス2) |