美しさを運ぶ「使いづらい」スプーン 彫金師 竹俣勇壱さん
金沢市の新竪町にある「KiKU」と東山にある「sayuu」は、彫金師の竹俣勇壱さんのオーダーメード・ジュエリーとカトラリーの店。どちらの店舗も町家を改装しています。
「ジュエリーでは、使い手の暮らしに合ったデザインを心掛けています。例えば調理師の方の結婚指輪であれば、職業柄、指輪の着脱が多いし、水で手の形が変わることもあるでしょう。そういうことを考えて作るんです」
ところがそんなKiKUに、「使いづらい」という評判のスプーンがあります。しかも、それがよく売れている定番商品といいます。竹俣さんの説明によると、こういうことでした。
「スプーンの頭が大きくて、柄が細い。だから持ったときのバランスが悪くて、言ってみれば食べづらい。でもね、軽くて食べやすいスプーンだと、食べ物をスプーンに山盛りにして全部口に入れる食べ方をしたくなる人が日本人には多いんです。そして、それは美しくもないし上手な使い方でもない。
僕のスプーンでは少ししか口に運べない。だから一口をきれいに流し込める。その結果、美しく食事ができる。
モノにはいろいろな面があります。使いやすさ、質感、美しさ、耐久性、流通、製造コストなどなど…。使いやすさは複数の特徴の中の一つです」
あるとき東京での工芸展がきっかけで、カトラリーの大量生産の提案が舞い込みました。食器製造の有名産地である新潟の燕三条市の工場でカトラリーを作ってみないかと。ずっと手作りだったので、かなり迷いました。
「やるならば、自分のモノづくりをきちんとしたい。どうしようか」
悩みつつも調査を進めるうちに、燕三条の工場の片隅から、長年放置されたままの古い金型を見つけました。それは明治時代、日本に洋食器が入ってきたばかり頃の金型でした。工場では廃棄寸前の物でしたが、竹俣さんにとってはこの上なく魅力的な宝物でした。
「これを基にしたデザインでの量産だ。そこに自分の趣向を重ねて、やってみよう!」
明治時代の型を基にしたスプーンの工業製品化を目指して、試行錯誤の末に出来上がったのが今の形です。
「作っているものが伝統工芸に入るかどうかなど、ジャンルへのこだわりは僕にとっては大事ではないんです。それよりも、美しいものを自由につくりたいと思う。でも、製作するなら商品としての製造過程でのコストや流通という課題がある。だからそこをきちんと見極めて、工芸と工業のバランスの取れたものを作りたいんです」
その実現のためにも、竹俣さんは常に勉強熱心だ。そのときそのときの流行のデザインの傾向を調べもすれば、歴史的なことついての資料の用意もある。実物が大事だからと、古道具店で古いカトラリーを探しては買い集めもしている。
デザインで参考にするのはヨーロッパだったりアジアだったりいろいろだから、ことさら金沢という主張をしたいわけではないんだけど…と竹俣さん。
「でも、自分が思う美しい家に住みたいと思ったら、結果的に東山の町家を選ぶことになりました。そもそも自宅用のつもりだった町家の一部に商品を置いたのが、sayuuという店。観光地だから店を出したということではないんです」
確かに観光客で賑わう東山にありながら、ここはひっそりとして、限りなく落ち着いています。美しい空間で、美しいものと佇む幸せがあります。
スプーンをおひとつ、いかがですか。食べるための道具にとどまらない哲学のある美が、あなたの食卓に舞い降りてくることでしょう。