食彩やまがた12カ月 霜月「リンゴ」
地域の連載
このコーナーでは今が旬のやまがたの食材にフォーカス。その天の恵みを育んだ風土や歴史、ひとの営みにも手をのばしていきたいと思います。
山形市北部の七浦(ななうら)、そこは古くからヒトの営みが遺されており、弥生時代には集落が形成されていました。時はくだり、江戸期後半には地元の藍、くるみ、紅などを染料に麻布、木綿、絹地などの美しい絞り染め「七浦絞」がつくられていました。ここは馬見ヶ崎川の流域、その水利がヒトとモノ、知識や技術を集めてきたわけです。
そして戦前には地域を代表する先端農業のフロンティアとなり、その伝統はいまにつづいているみたい。今回訪ねたのは雪ノ浦邦恭さん(53歳)の果樹園です。
すでに収穫を終えたラ・フランスといま最盛期をむかえたリンゴの畑からなるこの果樹園、雪ノ浦さんがそのあるじになったのは50歳を過ぎてからのこと。東京に生まれ育ったため地縁があったわけでもなく、この機会に畑の営みを生業にしたシニアのIターン就農者なのです。
雪ノ浦さんは都内の大学の農学部を卒業後、ゴルフコースの芝の育成や管理、コースそのものの造営にたずさわることになります。グリーンキーパーと呼ばれる立場で、全国に限られた有資格者しかいない芝草管理技術者を務めてきました。
それがいまでは山形市内の果樹園のあるじに。畑には樹齢はかさねてはいるけれども、枝を横に広げる手入れの行き届いたリンゴの樹が7本。いざ畑に足を踏み入れると「そこは別天地」と思わせることが3点ありました。
① リンゴの根もとは有機肥料でふんわりとおおわれている。
② その周囲は雑草と見逃しがちなクローバーが生い茂っている。
③ 足もとから柔らかな土の弾力が伝わる。
これらすべて、雪ノ浦さんが在京の会社員時代に日常としていたこととは、ある種対極のもの。化学に頼らず、自然の力を信じ、生態系にストレスをあたえない農業がここにはあるのです。
少し説明すると有機肥料は落ち葉や籾殻を1年かけて発酵、熟成させた自家製のもの。その周囲に生えるクローバーには窒素をはじめとする植物に育成にかかせない養分を土壌に供給する役割が。結果、除草剤や化学肥料を使わない畑はふかふかと柔らかなのです。
雪ノ浦さんをこの地へ導いたのは、ひとの縁。在京会社員時代、ひとりの女性と出会い、結婚。ほどなく奥さまは家業を継ぐために生まれ育った山形へUターン。休日になると山形へ通う日々がつづくなかで、雪ノ浦さんは会社を早期退職、山形で自分の理想とする農家になるという第二の人生の青写真ができあがります。
50歳という節目のとき、会社員生活にピリオドを打ち、山形へ移住。高齢のため後継者を探していた先代の果樹園オーナーと出会い、弟子入りを志願。まる1年の果樹栽培実習を経て、51歳で畑を譲り受けることになります。
ひとの縁はまだつづきます。山形へ移住後、自宅周辺の街路樹や植栽の世話をだれに頼まれるまでもなく、みずから進んではじめます。その様子をみとめた地域の神社から、こんどは氏子総代をおおせつかります。それがきっかけとなり、神社の境内に発生する大量の落ち葉を有機肥料の原料にすることに。
有機肥料の原料となる籾殻も七浦の果樹園とは別所で手がけている田んぼから出る100パーセント自家製。ちなみに果樹の結実に受粉は不可欠、それも果樹園の目と鼻のさきに養蜂家がいて、花の季節になるとおいしい蜜を求めて蜂たちが盛んにやってくるのだとか。
新規就農、まして地縁のないところでのIターンとなると、まず立ち上がるのはつくった作物の売り方と販売先の問題。けれど雪ノ浦さんの場合、会社員時代の終盤に当時最新のマーケティング理論と手法を身につけていました。そして販売先のほうも在京時代のひとの縁がまかなってくれるそうです。おもに首都圏のお客さんたちは雪ノ浦さんが山形で農家に転じたことをよろこび、収穫の時期になると果物狩りに山形まで足を運んでくれるそうです。そのため雪ノ浦さんのリンゴやラ・フランス、サクランボのほとんどは生産者直販で完売。
こうした話しをしながらも雪ノ浦さんの手はやすまることがありません。「リンゴが均等に赤く色づくよう、こうして玉をまわししてですね」「光合成で葉につくられたデンプンが実に供給されると糖にかわるわけです。その役目を終え、黄色く枯れた葉は落としてあげて…」
リンゴの自然栽培で著名なかたの体験談として、農薬をいっさい使わないと決めてから畑にリンゴの姿は消え、ふたたびゴルフボールくらいの小さな実が成るまで7年を要したと聞いたことがあります。雪ノ浦さんがこの果樹園のあるじになってから、まだ3年。それは畑としてはもとより、生態系として成長過程にあるのだろうと感じさせます。
「自然に由来する農法だと、昨今の極端な天候の変化にもすなおに順応しながら開花、受粉、結実、完熟のサイクルがつながるように感じます。こうした自然の力はもちろん、ご利益を授けてくださる神社やご縁のあるひとたちとのあいだにもリンゴが循環の輪を結び、感謝のこころをお返しできているんじゃないかと思うんです」
「なにかをはじめるのに遅すぎるということはない」とはよく聞く金言ではありますが、これまで歩んできた道のりといまある日常のあちこちに、その実現の糧がある。健全でおいしいことはもとより、雪ノ浦さんのリンゴには人生の味わい深さも感じられました。
最後にリンゴをつかった当店のレシピを別掲します。
今月の旬菜メモ
リンゴ
バラ科ナシ亜属リンゴ科。ヨーロッパ南西部のコーカサス地方から西アジアの天山山脈にかけてが原産地とされている。日本には平安時代以降、酸味の強い「ワリンゴ」が中国から、こんにち食用とされている西洋リンゴは明治4年(1871)にもたらされた。現在、世界に1万5000種、日本国内でも2000種があるとされている。リンゴにはカリウムやビタミンC、食物繊維といった成分が含まれ、高血圧の予防やコレステロール低下が期待される。またリンゴポリフェノールには抗酸化作用、リンゴ酸には疲労回復、ペクチンには整腸作用などの効能があるとされている。
ワインビストロのレシピ
豚ロースとリンゴのロースト
① 豚ロースの塊肉を用意する。肉の重さの5パーセントの塩と砂糖をよくすり込み、できればひと晩置く。
② 肉から出た水分をよくふきとり、すりおろしたニンニクを肉全体にすり込み、つづいてこちらも皮ごとすりおろしたリンゴを肉のうえからかける。リンゴの量は肉全体を覆い、底面にすりおろしリンゴが1センチほどたまる程度。
③ 250℃に余熱をかけたオーブンで5分焼き、そのまま温度を150℃に下げ、50分ほどなかまで火が入るまで焼く。
④ 焼き上がったら20分ほど置いてから、できるだけ薄く切りわける。別に用意した焼きリンゴとともに皿に盛り、仕上げにエクストラヴァージンオリーブオイルをふりかける。塩が足りなければ天然粗塩をふる。