温泉コーデショップ「高湯堂」竹直也さん
移住者の声
山形暮らしを楽しむ #山形移住者インタビュー のシリーズ。今回のゲストは株式会社LABEL LINKの竹直也さんです。
県外から約8年間にわたって蔵王と関わり、2019年には盛岡から蔵王へ移住。2020年1月、蔵王温泉の高湯通りにて、温泉コーデショップ「高湯堂」を開業しました。蔵王に魅せられ、この土地に腰をすえてエリアに新しい風を吹かせる竹さん。そこに至る経緯や活動に込める思いをうかがいました。
生まれも育ちも北海道旭川市。高校3年生の夏休み、自転車で北海道を周って旅が好きになり、21歳で長野のスキー場でリゾートバイトをして観光業の楽しさに目覚め、その後は旅行会社の添乗員、旭川空港のレンタカー会社や帯広の観光協会など、観光を軸に働いてきた。
そんな中で2度の日本一周旅行を経験。立ち寄った広島県で、地元の人から地域が抱える悩みを聞く機会があり、各地域さまざまな問題を抱えていることを目の当たりにする。これをきっかけに、地域の課題と向き合いながら、その土地の魅力を発信することが観光業の重要な役割なのだと強く認識したという。
そんな竹さんが蔵王と結びついたのは、2012年のこと。震災後、自分もなにか東北に貢献がしたいとリクルート「じゃらん」の東北支社へ入社。最初の担当エリアが蔵王温泉だった。
宿泊施設の売り上げ向上のため、広告と事業提案をすることが当時の業務。配属されてまもなく、まずは温泉を体験しようと旅館に立ち寄ったところ、女将さんから「来週にイベントがあるから」と誘われ、翌週も蔵王を訪ねることに。そこから連続してイベントに参加したり手伝ったりするうち、気づけば約3ヶ月間、休日を使って仙台から蔵王へ毎週末足を運び、温泉街の人と交流するようになっていた。
仕事の垣根を超えて地域にコミットしていた様子だが、蔵王のどんなところに惹かれたのだろうか。竹さんは当時をこう振り返る。
「なによりも魅力は温泉街の人たちです。みなさんが蔵王に誇りを持っていて、そのパッションに影響されて自分からどんどん温泉街に関わっていきました。純粋に楽しかったんですよね。気づけばすっかり蔵王にハマっていました」
こうして蔵王の人々と交流を深めていくうち「将来的に自分も蔵王温泉で何か立ち上げよう」と決意した。配属後、わずか半年後の出来事である。
「当時はまだ震災の傷痕が残り、温泉街は元気がない状態。いくつかの旅館や飲食店、お土産店が後継者不足でいまの代で廃業するという声もちらほら聞こえるようになり、自分も一緒に温泉街を盛り上げていきたいと思うようになりました」
次の世代までつないでいくためには、温泉街が一体となった企画を打ち出して蔵王の魅力を発信していくべき。それには「地域経営」という視点を持つことが大切であり、自分は外から来た身だからこそ、蔵王全体を俯瞰(ふかん)の目で見て、中立的な立場で動くことができるかもしれない。自分だからできることを主体的にやっていきたいと考えるようになったという。
3年にわたって蔵王エリアを担当したのち、じゃらんリサーチセンターに異動し、四国4県を担当するエリアプロデューサーとなった。観光振興、地域づくりでは先進的と言われる西日本にて、2年間観光エリアプロデュース業務で知見経験を貯めて、東北へ戻り、2017年には青森県、秋田県、山形県を担当する傍ら、兼業で現在の会社「レーベルリンク」を立ち上げて、再び蔵王に通い始めた。
そこで竹さんは、「ソフト(企画)だけでなく、ハードでしっかり温泉街をつくっていく」という指針を掲げた。
旅行者が地域に求めるものが、モノからコトへと変わりつつある。「コト」とは、おいしいものを食べて、いい温泉につかり、豊かな自然に触れ、エリアを歩いて地域の人と交流する、それらをトータルで楽しむ体験。ところが蔵王温泉街では空き店舗が年々増えていくばかり。お客様が楽しめる「場」をつくっていかなければ、そのビジョンは実現できない。
ついに脱サラして、2020年1月に日本初の温泉コーデショップ「Zao Onsen 湯旅屋 高湯堂」をオープンさせた。選んだ場所は、交通量が多い「樹氷通り」ではなく一本奥に入った「高湯通り」。高湯通りに新店舗ができたのは15年ぶりのことだった。
竹さんは高湯通りでの開業に強くこだわった。ここは蔵王温泉が始まった歴史ある通りであり、この通りの発展が蔵王の本質的な盛り上がりにつながると考えたからだ。
高湯堂は、ショップ、コンシェルジュデスク、そして休憩所を備えた複合型の店舗。
ショップでは「あなただけの、温泉コーデ。」をコンセプトに、オリジナル商品のほか全国から温泉で使いたくなるアイテムがセレクトされている。現代的なセンスがありつつも、高湯通りの昭和風情にもマッチするような落ち着いた雰囲気をまとうものが揃っている(オンラインショップでも購入が可能)。
コンシェルジュデスクでは、蔵王温泉の各種パンフレットが揃っているほか、ファミリーから年配のご夫婦までお客さんのスタイルに合わせた旅行の組み立てや体験プランの紹介が受けられる。
これまで共同浴場や立ち寄り湯に来るお客さんが一休みできる場所がなかったので、休憩所も設置した。コーヒーが飲めたり、けん玉や将棋で遊べたり、さまざまな使い方ができる。
高湯堂のオープン後、インバウンドが増えていたタイミングも重なり、他にも新しく飲食店やショップがオープンするなど蔵王には明るい話題が続いたが、2020年春以降はコロナの大打撃を受けた。ところが、この危機的状況からもイノベーションが起きつつある。
これまでは県外からの観光客が圧倒的に多かったものの、最近では地元からの関心が高まってきているという。コロナをきっかけに、人々が周辺の地域の魅力に目を向けるようになったのかもしれない。
蔵王温泉からも地元に向けた企画やPRに力を入れている。高湯堂では夏から秋にかけて温泉街で謎解きをするイベント「ミステリーハント」を企画し、県内を中心に約600名の参加者が集まった。その大半はこれまで高湯通りに来たことがなかった人々。新しい客層を呼び込むことで、周辺のお店や施設への波及効果も狙っているという。
山形市の中心部から蔵王までは車でたったの30分。湯めぐりはもちろん、初級者から上級者向けまで豊富なトレッキングコースなど、数時間単位でもいろいろな角度で蔵王を楽しむことができると竹さんは言う。
高湯堂にはコンシェルジュ機能が備わっているので、気軽に立ち寄り竹さんに相談すれば、思いもよらない蔵王の楽しみ方と出会うことができるかもしれない。
最後に、蔵王での今後の取り組みについて竹さんはこう話す。
「蔵王には『温泉と自然のブランディングを推進する』という地域ビジョンがあり、温泉と自然の両輪で動いていくことが大切だと思っています。
温泉については、高湯堂からこれからもオリジナル商品を開発したり、温泉街を楽しんでもらえる環境をつくっていきます。自然については、新たに樹氷通りに誕生した『ワールドカフェ パレット』と連動して、SUPやサイクリング、スノーハイクなど通年楽しめるアクティビティを充実させようと計画中です。
そして、ソフトだけでなくハードも重要。高湯通りの新しいスポットとして、今年の冬には新たにプリンとサイダーのお店をつくろうと計画しています。この通りで事業をしたいという人が増えていってくれたら嬉しいですね。
県外からの観光客の方はもちろん地元の方も含めて、蔵王に興味を持った人に『とりあえず高湯堂に行こう』と思ってもらえるよう、これからも情報を発信し続けていきたいと思います」
写真:伊藤美香子
取材・文:中島彩