岐阜美濃加茂市 旧中山道で出会った、 ゆるやかな時の流れる珈琲店。「コクウ珈琲」
ローカル お店の情報
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店名の由来となった“虚空(コクウ)”とは、「何もない空中」であり「すべてのものの存在する場所」。何を考えるでもなく、でも一切をとらえているような感覚で、ぼんやりと過ごす時間の心地よさは誰もが知っているだろう。美味しいコーヒーを味わいながら、そんな時間を持つことができるお店、コクウ珈琲の篠田さんに話をうかがいました。
心おきなく過ごす時間を大切にしたい。
その珈琲店は、旧中山道にありました。昭和初期に郵便局として建てられた築90年の建物をリノベーションし、その雰囲気を残しながらもシンプルに整えられた空間には、ゆったりと腰掛けられる椅子が置かれ、奥様がコレクションするアートが飾られています。
「ここでお喋りする人もいれば、一息入れるだけの人、本を読む人や、じっと考えごとをしてる人もいますが、それが喫茶店のあるべき姿だと思っています。
一人でもふらりと立ち寄って、心置きなく過ごす時間を大切にしたいですね。コーヒーカップを片手に、何をするでもなくぼうっとしているお客さんを見るのも好きです。まさに虚空を見上げる感じというか。そんな瞬間に嬉しくなります。」
通りの雰囲気と建物の雰囲気が気に入って、店を出すことを決めた篠田さん。宿場町の面影を残す旧中山道のこの先に、偶然にも虚空菩薩があると知り、何となく頭にあった「コクウ」という店名の後押しとなったそうです。
我流でなく、ちゃんとした焙煎を。
いずれは自分の店を持ちたいと、コーヒー専門店に就職して8年間の経験を積んだ後、焙煎を学ぶべく3年間、西尾市の珈琲店に通ったそうです。
最近でこそ、生豆をネット販売で気軽に買えるようになって、趣味として我流の焙煎をする人が増えていますが、焙煎を体系的に習得した上で自分の味を出すのがプロの仕事だと、篠田さんは考えます。
15年前は、焙煎をちゃんと学ぼうと思ったら東京に行くしかない時代でしたが、ようやく探し当てたのがフレーバーコーヒーさんでした。
「店主の中川さんは、同業者であっても自分の知識や技術を惜しみなく授けてくれる、人望の厚い人です。研究熱心な中川さんのもとで3年間、焙煎から抽出まで、コーヒーのいろはを学びました。
中川さんのお店ではいつも近所の方たちが立ち寄っては、話をして、コーヒーを飲み、そして帰っていく。そんな誰にでもウェルカムな存在になることが、喫茶の原点であることも再認識しました。」
苦み少なく、甘みを感じるコクウブレンド。
2009年にコクウ珈琲をオープンしてからも試行錯誤は繰り返され、ようやく納得のいく味わいや香りを出すことができるようになって、今の味わいに落ち着いたのが5年ほど前のこと。
店の名を持つ「コクウブレンド」は、お客様からも「苦みが少なく、甘みを感じる」と評価され、お店を代表するコーヒーに。コーヒーが苦手な人がブラックで飲んでもすーっと入っていく味をコンセプトにしているといいます。
篠田さん自身は苦味のパンチがある深煎りが好みだそうですが、いろんな人を迎え入れる喫茶だからこそ、訪れる人が心地よい味を楽しめるよう、味に幅を持たせて作っているのだとか。
自分の味を追求することもいいけれど、自己表現よりも商売として成り立たせることが、お店を続けられることにつながるのだといいます。
趣味の店ではなく、事業になることで地域が潤う。
この旧中山道界隈の雰囲気は、ここ3年ほどで随分と変わったといいます。というのも、同じように自分たちの価値観をしっかりと持ったお店が増えてきたからとのこと。
「いい店が増えるにつれて、この辺りでお店を出したいと相談に来る人も少なくありません。でも本気でないと続けることは難しいんですね。この地域を盛り上げたいし、アピールしていきたいけれど、それには今ある個々の店がしっかりと力をつけていくことだと思っています。
それぞれが事業として成り立っていることを見せること、この場所でも商売ができるんだということ。それを魅力に思う人が増えていくことで、人も経済も潤う地域になっていくんじゃないかと思います。」
厳しい現実を知るからこそ、お店が商売として成り立つことにもこだわる篠田さん。コクウ珈琲も、趣味の店ではなく、しっかりと稼ぐことを実践していきたい。それが、文化と経済が両立した本当の意味での地域の活性化なのだと言います。
旧中山道界隈
現在、この界隈ではコクウ珈琲さんの他にもお店があります。全く異なる分野ではあるけれど、それぞれが自分たちの世界を表現することで互いに刺激を受けながらつながっているのだとか。
また、現代美術が好きな奥様が中心となって、コクウ珈琲をオープンした翌年から「きそがわ日和」というアートイベントを行っています。美濃加茂市で開催するこのイベントをきっかけに、さまざまな人との関係が繋がってきています。
今後も喫茶の役割として、コクウ珈琲が人や町をつなぐハブになっていけたらと篠田さんは言います。この場所での売上に頼らず、他にも販路を持つことで商売の可能性を広げているようです。だからここに店を構えていられるとも言えます。今の時代、地域でやることにハンデはないことを、皆さんが証明してくれているようです。