岐阜で林業を学ぶ。 40歳を過ぎた大きな決断。
ローカル気になる人
地球環境の持続に欠かせない森林と人との関わりを探求する林業。壮大な理念に反してその存在はまだまだ知られていません。自分らしさを取り戻そうと全国的にも珍しいアカデミーへ入学し、人々との出会いの中で、卒業後も山や森と生きていくことを決めた佐藤さん。企業の営業職から林業へと、自分でも予想すらしなかった転身を遂げた今、この先に何を見ているのか聞いてきました。
「このままでいいの?」という自分への問いに応えるため
もともとは、ビルメンテナンスの会社に勤めていたという佐藤さん。
時間に追われるようにして過ごす毎日に疑問を持ち始め、「このままでいいのか?」という思いがいつも頭から離れなかったと言います。
「自分ができることと、やりがいとのバランスが取れなくなり、モヤモヤと過ごしていた時に目に止まったのが「森女養成コース」の告知でした。ここに全く違う世界があるんじゃないか。と思えたんです。」
期待と不安の中、やりたいことを思い切りやれる最後のチャンスだと思うことで、自らの背中を押すようにしてこの講座に参加したのが2018年、ちょうど40歳をすぎた頃でした。
トライアスロンで知った山あい町の暮らし
会社に勤めながらトライアスロンに参戦するという、アスリートの一面を持つ佐藤さん。
自転車トレーニングで山道を走ればもちろん気持ち良いし、自然の中にいる爽快感も好きだけれど、山や森にそこまでの関心はなかったといいます。それが一変したのは、奥三河に拠点を作ってから。
「トレイルラン(※)を本格的にトレーニングに取り入れるため、トライアスロンの練習拠点として奥三河の新城市に家を買いました。当時の住まいがあった稲沢市と、トレーニングのための新城市とを行き来しながら、山あいの町の暮らしに少しずつ触れていく中で、山の暮らしに必要とされる森林ボランティアのことを知りました。」
※林道、砂利道、登山道など未舗装路の道を走ること。
そこにつながるような感覚で「森女養成コース」というのが目に留まると、何かお手伝いできることがあれば、サポートする側として関われることがあるかもしれないと思ったのだと言います。
林業で輝く女性に感化され自分の役割を見出した
「森女養成コース」とは、森林ボランティアなどで森づくりに関わる女性になるための基礎的な知識・技能を身につけられる講座。いきなりチェーンソーを使ってみたり、森の健康状態を評価する手法を学んだり、伐倒から製材、さらには木材の加工や活用を実践するなど、内容は多岐にわたります。
最初は軽い気持ちで参加した佐藤さんですが、ここでの出会いによってその先の扉が開けていったのだとか。
「森女養成コースの先生が、とてもかっこいい女性だったのが衝撃的でした。彼女自身が27歳でダンサーから林業の世界へ転身し、今は生き生きと活動している。
講座が進むにつれて、そんな先生みたいに林業に関わっていけたらと思うようになりました。山仕事は男性が行うイメージが強いだけに、彼女の存在は私にとっても大きかったです。」
生き生きと活動する先生がとても素敵に見えたのだとか。講座にはもちろん20代の女性も参加していました。そうした若い世代をサポートすることが自分の役割になる気がしたのだそうです。
森と木のスペシャリストを育成する森林文化アカデミーへ
林業を仕事にしたいという若い人たちが、長く安心して働けるような下支えに尽力する方が、自分を活かせるんじゃないか。
そのために、この業界の人材や雇用について学びたいと、佐藤さんは18年間勤めた会社を辞めて森林文化アカデミーへ入学。
佐藤さんが在籍するクリエイター科は社会人経験者が多く、経営や環境教育、建築や木工まで、林業の川上から川下までを体系的に学ぶことができるとあって、いろんな年齢層の人がそれぞれに強い想いを抱いて全国から集まってきているのだそうです。
アスリートの素質を活かしてチェーンソー競技にも挑戦
これから林業に関わりたいという人たちに向けて、この業界を俯瞰で見られるような素地をつくり、自分に合う会社を見つけて満足した就職につながるようなアプローチを見出した佐藤さん。こうした課題研究に取り組む一方で、入学時から挑み続けたのが「チェーンソー競技会」でした。
「ただ技術を競うだけでなく、作業の安全を図ることも目的としているため、競技には様々な規定があります。ほとんど毎日、授業後はチェーンソーを担いで練習していましたね。思った以上に面白くて、この2年間で楽しかった思い出のひとつです。」
あの時に一歩踏み出したから別の世界が見えてきた
アカデミー卒業後、この春からは和歌山の造林会社への就職が決まっている佐藤さん。
林業には「苗を植える」「森を育てる」「木を切り出す」と大きく3つの分野がある中で、「苗を植える」造林に特化した会社だそうです。林業と言えば「木を切り出す」キコリのイメージが強く、造林は地味で過酷ではあるけれど、危険性は低いので労災も少ないのだと言います。
営業職から山の仕事へ。環境が激変することへの不安を聞くと、やりたいことがその先にあれば、不安よりも期待の方が大きくなるはずだし、実際に今はワクワクしていると教えてくれました。
その眼差しは、穏やかで強く、生き生きとしていました。きっと佐藤さんが憧れた森女養成コースの先生にも、同じパワーを感じられたんだろうと思います。