山形県寒河江市・移住者インタビュー/JEEN’S TABLE 渡辺稔さん
移住者の声
今回、移住者インタビューに登場するのは、寒河江市にあるイタリア料理店 JEEN’S TABLE のオーナーシェフ、渡辺稔(わたなべ じん)さん。長い歳月におよぶ東京暮らしを経て、生まれ育ったまち寒河江にUターンし、自分の店を開いて3年目の春を迎えようとしています。
渡辺さんが移住するきっかけはなんだったのか、移住と創業という大きな契機によって仕事と暮らしはどう変わったのか、そして今どんな楽しみを感じているのか…、寒河江での日々のことを語っていただきました。
ゆっくり流れる時間のなかで
素材と料理の可能性を探りたい
この店を開いたのは2019年4月のことです。
寒河江に戻ってくるまでは、東京暮らし。イタリアンレストランに勤めていました。東京での暮らしをはじめてから15年以上にもなって、店のなかでの地位もそれなりにいいところにまでなってはいましたけど、毎日忙しく厨房でクタクタになるまで働いていました。
30代も半ばになって、ここからさらに東京で歳を重ねて暮らしている自分の姿を想像することがどうしても出来なくなってきました。その先のビジョンを描けないんです。単純に、忙しいことに疲れてきていたのかもしれません。もっとゆっくりと日々を過ごしたい。そう思うようになりました。
それにくらべ、たまに帰る田舎には、ゆっくり流れる時間がありました。だんだん、それが素晴らしい価値なんだということに気づくようになったんです。
それに、料理の環境としても、たしかに東京には全国や世界中から食材が集まってくるわけですけど、田舎にはものすごく身近なところにおいしい水があり、いい空気があり、素材があるということも自分の目に映るようになってきて、むしろ東京よりもずっといい環境に恵まれているんじゃないか、もしかしたら田舎で料理するっていうのが面白いんじゃないかって思えるようになったんです。
それで、地元のいい素材をつかった地産地消の料理を通して地域を盛り上げるようなことをやろうと、寒河江で起業することを決心しました。
地元銀行や寒河江市からの
助言や創業支援を生かしながら
とはいえ、自分の店を開くのって、けっこう大変なことでした。たとえば、親戚などはあまり積極的に応援してくれるような態度ではなく、むしろ「大丈夫なのか?」とか「やめとけ」とか、どちらかというとネガティブな反応だったんですね。でも、だからといって諦めるわけにはいかないし、「自分でやるしかない」「どうしてもやりたい」っていう想いが強かったので、とにかく自分の足で調べたり、情報を探しに行ったりしました。
当然、物件探しとか資金調達とかが必要になるわけですけど、これにもひと苦労しました。私にとってはどれもはじめてのことでしたし、自分ではここがいいんじゃないかと思って選んだ物件の見積もりと自分でつくった事業計画書を持って銀行に融資のお願いに行ってみると、すごく厳しい反応をもらったり。逆に銀行からもらったアドバイスや条件に寄せていくことで、なんとか融資にこぎつけたり…。
そうした厳しいことがたくさんありましたが、もちろん、ありがたいこともいろいろありました。たとえば銀行から「田舎では無料の駐車スペースがないお店には誰も行かないよ」とか「駐車場は絶対に必要」などと助言をいただいたので、目の前に3時間まで無料の大きな駐車場があるこの店に決めたんです。実際、その助言に従って本当によかったと思っています。
また、寒河江市からは創業支援というサポートをもらうことができたのも大きかったですね。これは空き店舗を活用して創業する人向けの支援制度で、それを利用させてもらって、店をはじめてから一定の期間、家賃補助をもらうことができました。私のような起業者にとってはすごくありがたい支援制度でしたね。
生産者や仲間と一緒に
地域全体を盛り上げていきたい
店の名前は私の稔(じん)という名前からとって「JEEN’S TABLE(ジーンズ テーブル)」と決めたのですが、この「’S」をつけたのは、「自分ひとりではなく、生産者の方々やたくさんの人の協力があって成り立っているお店だ」っていう意味を込めたかったからです。
たとえば、私の親友が近くで育てている野菜が本当においしくて、彼には「育てたいものを何でもいいから育ててくれ」って伝えています。私はそれをとても楽しみながら料理させてもらうんですね。また、彼のお父さんが育てている葡萄もすごくいいので、それも使わせてもらって、シャーベットにしたり…。
地域の産直販売所に行ってみれば、見たこともない食材に出会うことができたり、珍しい加工品を見つけたりして、生産者と近いこの土地ならではの魅力というものをすごく感じます。こういういろんないい素材があること、頑張っている生産者がいっぱいいること、寒河江がいい地域なんだということを、料理を通して知ってほしいし、そういう情報を発信していけたらな、と思っています。
東京から寒河江に来て、暮らしの中で物足りないことなんて、何もありません。むしろ、すごく充実しています。優しくてあったかい人もたくさんいて、ちょっと何かあると心配してくれる人もいて、ゆったりとした暮らしのなかで心に余裕さえ生まれたような気がします。
ただ、料理についてはまだまだ自分では納得していませんし、常に勉強しているというか探究しているというか…、そんな気持ちでいますから、悩みや葛藤はいつもありますけどね。
自分の周りを見てみれば、高齢化や人口減によって活力を失いかけている地域をなんとかしたい、盛り上げたいって、そういう意識を持っている同世代の人が多いように感じています。そういう人たちとともに、みんなで協力しながら地域を盛り上げ、寒河江がもっともっと注目されるようになればと思いますし、自分としてもそういうところに貢献していきたい…と願っています。
text 那須ミノル
photo 伊藤美香子